お話しましょうそうしましょう
次の日、俺は昨日と同じように学舎に向かった。教室に入ると、例の子が既に席に座っていた。相変わらず静かで下を見ている。
「なぁ、お前の名前ってなんていうんだ?」
着席しながら名前を聞く。コミュニケーションの第一歩としては、やはり自己紹介が大事だろう。しかし返答が来ることはなく、それを見ていたであろう太郎が俺の机に駆け寄ってきた。
「楽、おはよう!」「おう、おはよう太郎」
太郎は俺の隣の席をちらりと見ると、手招きして自分の方に呼び出した。
太郎の方に行くと、神妙な顔で声を潜めながら話し始めた。
「楽、その子に話しかけない方がいいよ」「ん? なんでだよ?」
「その子さ、翠って名前なんだけど、話しかけても絶対に返事しないし、近づくと呪われるって噂なんだ」
呪われる? 何それ、中二病か? お前らまだ小学生だろ。
「あの子の周りで変なことが起こるって、みんな言ってるんだ。前に話しかけた子が、次の日大怪我で休んだりとか」
他の子たちも集まってきて、口々に言い始めた。
「そうそう、翠ちゃんは幽霊みたいなんだよ」「一度も笑ったところ見たことない」「きっとなんか呪いの力を持ってるんだ」
俺はその話を聞きながら、後方にいた翠をちらりと見た。相変わらず動かずに座っているが、微かに肩が下がったように見えた。
(呪いとか馬鹿らしい……って一蹴したいが、こんな魔法がある世界だしなんかあるんだろうな)
「楽、絶対に話しかけちゃダメだよ」
太郎が真剣な顔で言った。
今の状況は一見いじめだけど、こいつらだってそうしたくてしてんじゃねぇんだろうな……確かに近づいたら怪我するとかこえーし、親から何か言われてる奴だっているだろう。ならすることは一つ、その呪いってやつの正体を解くってだけだな。
(おせっかいかもしれねぇけど、こういうの見逃したら後々後悔する事になるってのが、俺の経験則なんだよ)
「分かった分かった」
とりあえず太郎たちには適当に返事をして、授業が始まった。
今日の最初の授業は読み取り。泉先生が古い書物を読み上げて、その内容について質問する。俺は昨日同様、特に苦戦はなかった。
授業中、時々隣の翠の方を見ると、彼女はちゃんと授業を聞いているようだった。ただ、手を挙げることもなく、当てられても小さく首を振るだけだ。
昼休みになると、太郎たちが俺を外に誘った。
「楽、一緒に外で遊ぼうよ」
「ああ、俺今日はいいわ」
俺は翠の方に向かった。太郎たちが慌てて俺の袖を掴む。
「楽、やめろって! 本当に呪われるかもしれないよ」
「大丈夫だって。それに、そんなもん俺には効かねぇよ」
俺は太郎たちの制止を振り切って、翠の隣に立った。彼女は俺の方を見上げてきた。近くで見ると、その瞳は透明な氷のように美しかった。
「なぁ翠、ちょっと話さないか? なんでもいいぜ」
翠は少し驚いたような表情を見せたあと、またいつものように下を向き始めた。
(これは話しかけても反応してくんねぇな。いや、寧ろ嫌われるまである。でも感触は悪くない……気がする)
「いつでも話しかけてくれよ」
翠は俺をじっと見つめた後、小さく首を横に振った。
「ん、じゃあな」
そう言って、俺は外に向かった。太郎たちが青い顔で俺を見ていた。
「楽……大丈夫?」
「全然余裕だって。可愛いし、いい子だよ」
「でもよ……」
「まぁまぁ、いずれ分かるって?」
午後の授業が終わると、俺は再び翠に話しかけた。周りの子供たちがざわめいている。
「翠、今日は返事なかったけど、明日は返事してくれるか?」
翠は俺をじっと見つめていたが、やがて小さく頷いた。ほんの少しだけ、唇の端が上がったような気がした。
「おお、やったな! じゃあ明日、楽しみにしてるよ」
みんなが帰り支度を始める中、泉先生が俺に声をかけてきた。
「楽君、少しお話があります。放課後、残ってもらえますか?」「ん? 別に構わないですけど」
他の子たちが帰っていく中、俺は泉先生の前に座った。翠もまだ席に座っていて、じっと俺たちの方を見ている。
「楽君、今日翠ちゃんに話しかけていましたね」
「はい、何か問題でも?」
「いえいえ、問題どころか……実は、先生からお願いがあるんです」
泉先生は珍しく、少し困ったような表情を浮かべた。
「翠ちゃんは、とても優秀な子なんですが、みんなと打ち解けることができないでいます。他の子たちも、変な噂を信じて近づこうとしません」
「呪いの噂ですか?」
「ええ……厄介な事に、完全に間違いというわけでもないんです」
翠は何も言わない。
「翠ちゃんは固有魔法を持っているんです。彼女が喋ると、その声に魔法が込められてしまい、聞いた人に影響を与えてしまうんです」
固有魔法、それは一般魔法と違い、特定の個人しか持たない特別な魔法。種類は色々あるが、翠のはその中でも特に厄介なものとのこと。
「影響って? 具体的に?」
「転べと言ったら転んだり、どっか行けと言ったらどこかに飛ばされたりですね。さらに言葉でなくとも、声に魔力が乗るので、聞いた相手は体調不良を起こしたりしてしまいます。そして翠ちゃん本人には、その力をコントロールする術がまだないんです」
成る程な、そんな魔法があったのか。つまり翠は、みんなや俺の事を気にして喋ってないわけだ。
(なんとかしてやりてぇけど……どうすっかな)
「だから翠ちゃんは、他の人を傷つけないために、自分から口を閉ざしているんです。とても優しい子なんですよ」
泉先生は翠の方を見て、優しく微笑んだ。
「でも、そのせいで孤独になってしまっている。なので楽君にお願いがあります、翠ちゃんと仲良くしてもらえませんか? 楽君なら、あの子が安心して話せる相手になれると思うんです。翠ちゃんにとって普通に会話できる友達ができることは、とても大切なことなんです」
泉先生の真剣な表情を見て、俺は頷いた。
「分かりました。別に頼まれなくても、俺は翠と友達になりたいと思ってたんで」
「はい、あなたならそう言ってくれると思ってました。翠ちゃん、こっちに来なさい」
泉先生は手招きして翠を呼び、目線を合わせた。
「翠ちゃん、楽君は私が担当してきた子供の中で、最も聡い子です。物事を俯瞰して見ることができる、稀有な才能がある」
目の前でこれを言われるのは、なんというかこそばゆい。しかもその理由が、前世があるからってのも。
「彼は優しい、その優しさに頼りなさい。貴方はその魔法のせいで、一人で抱え込む癖がある。それは六歳の子供がすることではありません。大丈夫です、彼は強い。少し吹っ飛べとか言っても大丈夫です」
(……まぁ、いけるか?)
「分かりましたか? 翠ちゃん」
何も言わない翠は、ただ頷いた。それに対し、泉先生はおでこにチョップをかます。
「はい、ですよ。返事は」
言い終えると、泉先生はこちらを向き、ただ一言。
「楽君、貴方は反魔病です。お忘れですか?」
最後にそう言い残し、その場を去った。
(……あぁ、成る程ね?)
やっぱりあの人は先生らしい。人を導くプロなだけある。感心も束の間、困惑といった表情をした翠が、こちらを見てる。色々言う必要がありそうだったが、俺が言うべきは一つだけ。
「なぁ翠、少し外に出ようぜ。修行だ」
さぁ、久し振りの頑張りどころだ。




