第1話「終わりの始まり」
――それは、あまりにも突然だった。
「サクヤ、遅刻するぞ」
ドアを勢いよく開けながら、姉のナツキが言った。
「……うるさい、起きてるって」
布団にくるまったまま、サクヤは適当に返す。
「その状態で言うな」
容赦なく布団を剥がされる。
「ちょっ、おい!」
結局、いつも通り叩き起こされる朝。
特別でもなんでもない、普通の日常。
それが、当たり前だった。
「おっせーぞサクヤ!」
校門の前で手を振る金髪の男――レン。
「悪い」
「毎日それ聞いてる気がするわ」
呆れながら笑うレンに、サクヤは軽く肩をすくめる。
「おはよう、サクヤ」
隣で穏やかに微笑むリン。
整った顔立ちに、落ち着いた雰囲気。近寄りがたい美しさがあるのに、不思議と居心地は悪くない。
「おはよ」
三人で並んで歩くいつもの通学路。
他愛もない会話。
変わらない空。
――それが、ずっと続くはずだった。
授業中。
ぼんやりと窓の外を見ていたサクヤは、ふと違和感を覚えた。
「……なんだ?」
空が、妙に“歪んで”見える。
気のせいかと思った、その瞬間――
ゴゴゴゴゴゴ……ッ!!
「っ!?」
突然、激しい揺れが襲った。
「地震!?」「やばっ――!」
教室が大きく揺れ、生徒たちの悲鳴が響く。
机が倒れ、窓ガラスが軋む。
「サクヤ!!」
レンが叫ぶ。
「大丈夫か!?」
「ああ、なんとか……」
だが、違和感は消えなかった。
むしろ、強くなる。
サクヤは再び空を見る。
そして――固まった。
「……なんだよ、あれ」
空が裂けている。
まるで紙を引き裂いたように、黒い“穴”が広がっていく。
「え……?」
誰かが呟く。
次の瞬間だった。
その裂け目から、“何か”が落ちてきた。
ズルリ、と。
形の歪な、明らかにこの世のものではない存在。
「な、なんだよあれ……」
校庭に落ちたそれが、ゆっくりと動き出す。
そして――
人に襲いかかった。
「きゃあああああ!!」
悲鳴が響く。
一瞬で、日常が壊れた。
「逃げるぞ!!」
レンが叫び、サクヤの腕を掴む。
「あ、ああ!」
リンも顔を青ざめさせながら頷く。
三人は教室を飛び出した。
◆
廊下は混乱していた。
逃げ惑う生徒、泣き叫ぶ声、転ぶ人間。
「どこ行く!?」
「外は無理だ!あいつらいる!」
「じゃあ中だ!!奥に行くぞ!」
レンの判断で、三人は校舎の奥へと走る。
とにかく、逃げる。
それしかなかった。
ドンッ!!
「っ!?」
どこかで壁が壊れる音が響く。
「やばい、近い……!」
リンが震える声で言う。
振り返る余裕はない。
ただ前だけを見て、走る。
足音がやけに大きく響く。
息が荒くなる。
「はっ……はっ……!」
心臓がうるさい。
恐怖で、足が重い。
それでも止まれない。
「こっちだ!!」
レンが扉を開け、三人は空き教室に飛び込んだ。
バタン、と扉を閉める。
「……はぁ……はぁ……」
しばらく、誰も言葉を発さなかった。
外からは、悲鳴と破壊音が聞こえてくる。
それが現実だと、嫌でも分かる。
「……何、あれ」
リンが小さく呟く。
「分かんねぇよ……」
レンも、珍しく余裕がない。
サクヤは何も言えなかった。
頭が追いつかない。
ただ一つだけ、はっきりしていることがある。
――もう、元には戻らない。
その時だった。
ミシッ……
「……っ」
嫌な音がした。
教室の外。
何かが、いる。
三人は息を殺す。
足音。
重く、ゆっくりとしたそれが、近づいてくる。
――扉の前で、止まった。
「……」
誰も動けない。
心臓の音だけが響く。
そして――
ドンッ!!
扉が、外から叩かれた。
「っ……!」
リンが息を呑む。
もう一度。
ドンッ!!
軋む扉。
「やばい……」
レンが低く呟く。
三人は、ただその場に立ち尽くすしかなかった。
逃げ場は、もうない。
――終わりが、すぐそこまで来ていた。




