第11話。『第1回クラス対抗洞窟山登り合戦』~(洞窟編)~ 2。
(──ピチャン……)
洞窟の天井の氷柱みたいに伸びる岩から、水滴の落ちる音が聞こえる。
たくさんの生徒の子たちは、みんな静かに黙ったまま、ちんちくりんのハゲちゃびんお爺ちゃん校長先生の方を向いて、体育座りして見ている。
(ゴオオオォォォォ──……)
洞窟の中を流れる地下水の音だろうか。
青紫に光る幻想的な洞窟の岩肌を背に、お爺ちゃん校長先生を中心にして、先生たちが僕らの方を向いて立っている。
何処からか誰かが用意した小さな赤いお立ち台の上に立つ、お爺ちゃん校長先生。
「うぉほん! ──……。(……楓くん、マイク、マイク──!!)」
お爺ちゃん校長先生が、咳払いをしてから何かを言おうとして──何かを思い出したらしく、隣にいる川岸教頭先生に小声で耳打ちしている。
グーパーを繰り返すお爺ちゃん校長先生の左の手ひらに、川岸教頭先生から拡声器が手渡される。
「(──ピー……。ガー……)あー。アー。うぉほん!! えー。生徒たち諸君!! お疲れさまなのである!!(である……である……である──……)」
(──シーン……)
それだけ?
拡声器の音量を上げた、ちんちくりんのお爺ちゃん校長先生の声が、洞窟中に響き渡る。
体育座りをして聴いていた僕ら生徒たちの目が点になる。
さらに、僕らの頭の上を『?』マークが飛んでいく。
川岸教頭先生、叶先生、黒井戸先生、白銀先生、ヴィシュヌヴァ先生も──、みんな一斉にお爺ちゃん校長先生の方へと振り向いた。
「……そ、それだけですか? 叶校長先生?」
困った表情の川岸教頭先生が、何かお爺ちゃん校長先生の方を向いて話しかけた。
「ん? 楓くん。いや、川岸教頭先生。『間』じゃよ? 『間』。何事も、『間』が肝心じゃろ?」
「……ま、そうですが……。って、スピーチ! スピーチ!!」
「ふぉ、ふぉ、ふぉ……。──そうじゃの……。では、生徒たち諸君!! 改めましてなのじゃ!!(なのじゃ……なのじゃ……なのじゃ──……)」
またしても、拡声器を通して──お爺ちゃん校長先生の声が、洞窟中に木霊した。
もう一度、改めて僕らへと向き直る先生たち。
洞窟の天井を見つめて立っている川岸教頭先生が、きゅっ!──と、首もとのネクタイを締め直した。
白と黒の紋付き袴姿の着物から右手を出して、何度目かの咳払いをしたお爺ちゃん校長先生が、静かにゆっくりと話し始めた──
「この洞窟に入ってから、動けなくなった生徒たちは、手を挙げてみるのじゃ!!」
お爺ちゃん校長先生の声に──おずおずと、みんなが体育座りをしたまま手を挙げる。
僕も轟さんも幽霊女の子の南さんも、手を挙げたけど、虎みたいな大山君は、手を挙げようとしない。
「(──なに、カッコつけてんのよっ!?)」
小さな声で轟さんが、隣にズーン……と大きな身体で胡座をかいて座る大山君のお腹を、グイグイと左の肘で押した。
「お、俺は、全然、動けてたぜ……」
なにか、汗をかいたような表情で──鋭い目つきの大山君が、唇を尖らせたまま、そう言った。
「カッコ悪……」
プイっと、横を向いた轟さんのポニーテールが、轟さんの赤いジャージ服の背中で揺れた。
「うっ……」
それを見た虎みたいな大山君が、大きな自分の身体をデーンと洞窟の岩肌に座らせたまま、腕組みをして身動きが取れなくなっていた。
「赤羽君は……素直」
幽霊女の子の南さんがチラリと僕の方を向いて、長い睫毛と大きな瞳をパチクリ! と、させた。
そして──、
南さんは耳もとの長い髪の毛を、左の手でかき上げながら僕にそう言った。
「ど、どうも……」
僕は、なんだか恥ずかしくって、そんな風に、たったひと言だけしか南さんに言えなかった。
「フフ……。照れ屋さん」
幽霊女の子の南さんが、僕の方を向いて笑っている。
「え?」
なんか、僕は、どんどん恥ずかしくなって──それ以上、南さんの方を向いてられなくなった。
手が汗ばむ。
な、なんでだろ……。
僕が、お爺ちゃん校長先生の方へと向き直ると、お爺ちゃん校長先生が、話の続きを話し始めた。
「ほうほう。ほとんどの生徒たちが、身動きとれなくなったようじゃの? お気づきのとおり、この洞窟は、霊力を始め妖力をも吸い取る。その昔、修行のために用いられた天然の洞窟──その名も『修験洞』じゃっ!!」
(……『修験洞』──?)
修験道じゃなくて、『修験洞』……。
いかにも険しそうな名前だ。
お爺ちゃん校長先生のその言葉を聞いて、体育座りして聞いていた周りの生徒の子たち皆がザワザワと騒ぎ始めた。
みんなが、体育座りしてザワザワとしている中、急に──青いジャージ服を着て、関節部分にプロテクターをあてた子が背中に忍者刀(間違いない)を背負ったまま立ち上がった。
さっきのC組の忍者少年の子だ。
「修験道……もとい『修験洞』。 ここは修験者の修行の地でござったか……」
「何か知ってるの? 御剣君?」
「姫花殿。父上の話では霊力を高める秘境の地とは、世界各所に点在するでござる。ここはその一つ。合宿にこの地を選んだのも、我らが霊力を高めさせる目的にござろう……」
「御剣君、カッコイイ……!!」
「照れるでござる……」
いや。立たなくて良い。
僕なら恥ずかしくって、立てない。って言うか、立つ必要がない。
一気に、みんなからの注目度が上がったC組の忍者少年の男の子。
謙虚そうに見えて、目立ちたがり屋なんだろうか?
また、C組の忍者少年の子と青風さんと満天君のいるあたりが、ワチャつき始めた。
「ぐっ!! ググッ……!! ふー……。立てたよ?」
──もう一人。
忍者少年の子に対抗するように、フラフラと立ち上がった。満天君だ。
いや。今、立つ必要はない。
「おぉ!! 満天殿っ!! 流石に、ござる!!」
「へへ……。僕だって、出来たさ? 御剣君?」
なにか、フラフラとした満天君と忍者少年の男の子が、その場で立ったまま、固く握手してから抱き合っていた。
な、なんなんだ?
なんだか、よく分からないけど──、熱い。
熱い友情みたいなのが、忍者少年の子と満天君のいるあたりから、伝わって来る。
なんか、その場所から「パチパチ!」と拍手と、「おー!」って言う歓声が何処からか自然に湧いて、皆が前よりももっとザワザワと騒ぎ始めた。
「ふぉふぉふぉ……。これは凄いの。出来る生徒が一人、おったようじゃの?」
お爺ちゃん校長先生も感心したようで、スピーチ中の突然の出来事にも驚かず、目を細くして──白いアゴ髭を触っていた。
「花園君? 植物霊……出せる?」
「ふぁ……。眠……。ん? 紅か。まだ出せねーな。って言うか、出ねー。C組のアイツ、凄ぇな……」
見渡すと──、
B組の黒井戸先生みたいなショートヘアをした火の鳥妖魔の紅さんが、赤毛を耳もとでかき上げながら、隣に座っている男の子の顔を覗き込むようにして会話している。
良かった。紅さんは、ちゃんと、B組の黒のジャージ服に着替えれたみたいだ。
紅さんの隣に座る男の子は、韓流アイドルみたいなセンター分けヘアスタイルのイケメン君だ。うらやましい限りだ。
「ぐもももも……。さっきの『阿修羅百足』の変身で妖力をかなり消費したでやんす。残りのオイラの妖力も、ほとんどこの洞窟に持って行かれたでやんす……」
「フガ……。フガフガ、フンガ……」
僕の見渡せる範囲の洞窟の一番奥。
毬栗頭の同じA組の百足妖魔少年の子と、柔道着「フンガー!」幽霊少年の子だ。
見た感じ、すっぽんぽんだった百足妖魔少年の子も、ちゃんと僕らA組の赤ジャージ服を着れているみたいだ。良かった。
だけど──、
「フンガー!」幽霊少年の子も、幽霊女子の南さんも、幽霊な子たちは皆ツラそうだった。
ひょっとしたら、肉体が無い分……かなり、ツラいのかも知れない。霊体そのものだから。
「ちょっとー? 百会っち? 話、まだ終わんない? 長時間、この洞窟に生徒の子たちを長居させるのは、ヤバいよ? 特に、幽霊な子たちが心配だよー?」
「ふむ。そうじゃの。ヴィシュヌヴァ先生。では、もうちっと多めに霊力と妖力回復の癒しの『風』を吹かしてくれんかの?」
「ふー。そう来ると想ったよ。オッケ、ラジャー。んじゃ、多めに風吹かしとくよ?」
なにか、ちんちくりんのハゲちゃびんお爺ちゃん校長先生に、耳打ちしているヴィシュヌヴァ先生。
ヴィシュヌヴァ先生も小さいけど、お爺ちゃん校長先生は、もっと小さい。
ちんちくりんだから。
赤いお立ち台の上に立ってるお爺ちゃん校長先生と、ヴィシュヌヴァ先生の身長は、同じくらいの高さだ。
ヴィシュヌヴァ先生が、両手を広げて前にかざすと──
風が舞って、ヴィシュヌヴァ先生の着ている白衣がブワッと、浮いた。
洞窟中に強く、風が吹き渡る。エアコンの風を『強』にした時みたいに。
「おぉっ……。良い風だな。心地良い……」
C組の白銀先生が、両手を広げて風を感じている。白銀先生の腰まで届く長くて綺麗な金色の髪も、風に揺れている。
「さて、そろそろ行かなきゃだね、楓? 次の段階にっ!」
僕らA組担任の叶先生が、黒のツインテールを風に揺らしながら、川岸教頭先生の肩をポンポン! と、軽く叩きながら微笑んでいる。
段階? なんのことだろう……?
「お、俺も生徒たちにレクチャーするのか? あんまり、教えるのは得意じゃないんだが……」
レクチャー……。そうか。僕らが、この洞窟に来た意味。
今から何かが、始まるんだ──
革靴にスーツ姿の川岸教頭先生が、頭をポリポリと掻きながら、視線を斜め上に逸らしている。
両方の手で、もう一度、赤色のネクタイを「きゅっ!」──と、締め直す川岸教頭先生。
「なーに、言ってんの? 楓くん? 楓くんなら出来るよ? それとも、もう一度……。私と『復習』、する?」
川岸教頭先生に、妖し気な雰囲気で近づくB組担任の黒井戸先生。
──B組の黒井戸先生が、黒のショートヘアを耳もとでかき上げながら、川岸教頭先生の耳もとに、そっと手で触れ……何かを囁いていた。
「ちょっ!? 黒音!! 生徒たちの目の前だよっ!?」
「なーに? 夢葉? さっき、楓くんに抱きついたお返しよ……?」
「うっ……」
なんなんだろう……?
この三人。
川岸教頭先生に、叶先生に、黒井戸先生。
なにか、イケない大人の事情ってヤツなのかな……?
そんな空気を肌で感じる。
僕は、なにか、見てはいけないものを見てしまった気がした。
「では、生徒たち諸君っ!! これより、霊力及び妖力の扱い方の初歩スキル──【『間』】を体得してもらうっ!! 先生方、よろしくレクチャー頼むぞいっ!! 制限時間は、1時間っ!! 出来た者から先に行って良しっ!! 出来なかった生徒は、合宿訓練で後から追加補講じゃーっ!!」
「「「「「 えぇーーーーーー─────っ!! 」」」」」
岩肌が青紫色に光輝く洞窟内に、みんなの声が、響めいた──
「フフフ……。何か、楽しげですねぇ……? 待ちくたびれましたよ? 私も混ぜてくれませんか?」
突如として、洞窟の奥から響く声。
再び、洞窟内が、シーン……とする。
黒のピチッとしたズボンに、白の長袖のカッターシャツ。
オールバックのヘアスタイルに、チョビ髭を生やした男。
青白い顔に、赤い目を光らせながら──妖しげに、こっちに近づいて来る。
まるで、ホラー映画のヴァンパイアみたいに。
いったい──誰……?




