17
――カーーン!
本来なら合成音で「レディ ファイト」の号令で始まるのだが今回は前回と全く同じシステムを使っている。
Bはゴングと共に飛び出す。一瞬大きく伸びをしたかと思うとすかさず、沈むように身をかがめ手を地につける。相手の視界を上下に動かすことでフェイントになることを期待してだ。前回はマットだったので布地を握ったのだが今回はいつのもように地面は硬質ゴムなので両手の平をペタッと地につけることで支点を確保する。そこから弧を描くように左足を米田の右足、それも後ろからアキレス腱を狙うように蹴る。米田は慌てることなく足を上げかわす。それを気にすることなく逆に反転、右足で米田の左足を狙う。
『おっとこれは紫電戦で見せた技か!』
『師匠はこの技を見ています。通じることはありません』
紫電の落ち着き払った声が耳に届く、まるで自分の手柄のように。見られている、研究されているという可能性は既に頭に入っている。米田は左足を上げ、同じようにかわそうとする。Bは始めからかわされると思っていたので左足に当たる直前で止め右足の裏を地につけ、両手で地面を押し前にでる。
米田は刹那、腹をガードしようと肩が動くのが視界の片隅で確認し、前回のように肘打ちを狙うのではなく片足を地に着け踏ん張り、下半身のバネを器用に使い、左回し蹴り。
(できるはずだ!)
米田は回し蹴りを上体をそってかわす。できれば当たってほしかったというのが本音だが、かわされる可能性も考えていた。今度は上半身のバネを回転させるようにつかい、
『こ、これは旋風脚』
見よう見まねで使ってみる。いつもの軽い重力ならこなす自信はあるが通常の重力ではどうだろうか?
しかも利き足の右足ならともかく左足で。微妙とは思いつつも上手く回す。
――カツ!
踵にどことが当たったというよりかすった感触があった。が確かめることはできなかった。
初めて使った大技が当たったまでは良かったが相手に背を向ける形で着地をしてしまった。相手に無防備に背を向けることがどれほど危険かは分かっている。すかさず逃げるべきなのだろう、自分に迫ってくる足音が聞こえた。位置をもう一つの視点で確認すると、2歩ほど離れている気がした。かすったときによろめいたのではないだろうか。ならば左足を軸にして素早く、
『両者右のハイキック! 相打ち! 相打ちです!』
振り向いたとき米田は脇腹を狙って蹴りを放っていた。しかしこちらが攻撃に転じるとは思っていなかったのか、逆にそこまでする相手ということの喜びを感じたのかニカッと笑って足の向きを変え迎撃に転じた。二人は示し合わせたかのように間合いをとる。
『一度見て研究されていると思ったのでしょう。本来なら肘打ちに行くところを蹴りにまわったのでしょうが、いかんせんその場しのぎで技が練れていませんね』
「下手なこと言うな! お前には分からんかったかもしれんが、この小僧はワシが腹をガードしたことを見極めてから蹴りに転じた。それも人真似の技だがキッチリと置き土産までくれたわ。お前にはできんだろう、初めて旋風脚使ってワシにかすらすような芸当は!」
少し赤くなった鼻をつまみながらどこにいるか分からない紫電に叫ぶ。
「あのまま脇腹を狙わず、わざわざ相打ちにしたのは手加減ですか、御隠居?」
「褒美、そういって納得してもらえんだろうな!」
言うが早いか右の正拳突きを放つ。無駄のないスピードのある拳だったがもってこいだった。
――むしろ誘っているようだった「風神」を。
迷いが無かったわけではないが自分に拳が迫ってきた瞬間、手首を持ち引きながら肘を突き出し前に出る。しかし肘の先に米田の鳩尾はなかった。
手首を引いた瞬間、「軽い」と思ったのだがそれは小柄の老人ゆえではなく自ら勢いに逆らわず身をひるがえしながら斜め前に跳んだのだ。
「風神」の破れた瞬間だった。
しかしBは慌てることなかった。手首を持って密着しているのには変わりは無いので両足を刈るべく足を伸ばした。
「――!」
当たったと思った瞬間、米田は手首に力を込め筋肉や腱を異様に張らせ握られていた手を離させた。そして前に跳ぶように前回り受け身をする事で投げまでも完全に防いだ。
『紫電さん、……今のは一体?』
『……おそらく師匠の正拳をかわすときに足を掛けようとしたのでしょう。ただ支えていた手が外れたので上手くいきませんでしたが』
ハタから見ていたというのにもかかわらず攻防を完全に理解していない弟子に舌打ちをしながら立ち上がりBの顔を見る。しかし表情に変わりがないのを不信に思い、
「お主まで筑紫のようなことは思っとらんだろうな」
「……一撃必殺の不敗の技が有るようなら世の中に技は無数の技はいらないでしょう?」
「……フッ、いいおる」
自分の得意技「風神」がアッサリと返されたことに動揺一つしないBをますます気に入った。
Bは口にこそ出さなかったが「別に初めて破られた訳でもないですしね」と思い動揺しないように努めていた。――この世には絶対はないんだと。
「それよりもやはり破るために誘われたんですかね、あの腑抜けた正拳は」
「さっきのとその前のワザと相打ちにした件だが……そうだなワシの実力の程を見せつけてやろうかと思ってな。まあわかったのが貴様だけだったようだが」
確かに、先程の攻防の詳細な全容がわかったのは当事者のみであろう。
「……何の為に」
手加減する事はあってもされることは久しい。思った以上に屈辱がある。
「お主に闘王流を継いでもらいたくてな」
「――!!」
その何気なく言った一言はBだけでなく会場を激震させるには十分な一言だった。特に紫電の狼狽は一際目立っていた。何か言おうとするのだが声がでなかった。
「後継者は腐るほどいるでしょう。今解説をしている紫電さんを筆頭に」
その一言にフンと鼻を鳴らし、吐き捨てるように
「確かに師範代以上の奴らは6人いるがどいつもこいつも、この老いぼれにかないもせん。精進が足りん。それどころか格の違いさえ分かっておらん。それに引き換えお主はその若さでワシと同格じゃ。資質は十分じゃろう」
「……確かに若さは見た目通りの年齢ですが、肉体のあり方は見た目通りでは無いのですよ、御隠居。これはゲームで借りものの肉体です。身長こそ同じですが筋肉などは全然劣ります。ご期待にはそえませんよ」
(借りものの肉体)
自分で言っておいてその言葉がひどく引っ掛かる。間違ってはいない。こっちの世界に来るための仮初めの姿といっても過言ではない。借りもの身体の方が強いのは確かだが操っているのは、その性能をフルに発揮しているのは自分の脳だと言える。強いのはどちらだろうか? しかし深く考えることはしなかった。
「身体など若ければいくらでも鍛えられる。しかしその天賦の才は誰にでも手に入る訳ではない。分かるだろう」
それは同格の人間のみにわかるという格闘家の勘なのだろうか? 冗談で言っているのではない。本気で言っているということは目から伝わってきた。
「その天賦の才を作り物の世界で終わるというのは惜しいとは思わんか? 今までお主の強さの本質を誰も理解してくれなかったのだろう。だから仕方ないかとも思わんでもないが、今は違う。お主の本当の強さを理解している人間が目の前にいる。いやワシはそのためにわざわざここに来た。ついてこい、ワシがお主を最強にしてやる」
一瞬、静寂が流れた。実況、解説はおろか傍観者として見に来ていた観客さえ固唾を飲み見守る。
(天賦の才)
自分の強さを眼前の老人はそう称した。悪い気はしなかったがそれが自分に当てはまるとは素直には思えなかった。自分の強さはチートで手に入れたモノであることを知っていた。この世界、ヴァーチャルリアルフィールドと呼ばれる世界の特性を教えられていたからだ。故に現実の世界の限界も知っている。
「折角のお誘いですがお断りしますよ、御隠居」
いつものように人をくった笑顔と口調で応える。
「何故に、更なる強さを欲しいとは思わんのか」
「格闘家に興味がないという事実もさることながら、御隠居の下で現実の世界で強く、御隠居の言う最強の格闘家になったところで何の利益があります? 貴方の言う格闘屋だらけのこの世界で。格闘技は一人だけ強くて、精進を積み重ねるだけで何が楽しいんですか? 闘いは相手ありきでしょう、出来ることなら同格の相手と」
いつものように相手との会話から、その人間が心の奥底で感じている図星を察し、指摘する。心を揺さぶるために。その言葉は図星だったのだろう。米田は何も返してこない。
「ここなら武器あり、魔法あり、何でもありでそこそこ同格の人間と闘えます。僕にとってはそれで十分ですよ。それに……」
少し言いよどむ、フリをする。口を手で隠しクスッと笑う。
「残念ながら貴方には資格がない。僕は正体をある理由から隠してまして、それでも知りたいという人のために知る唯一の方法は僕に勝つことです」
「それはワシが勝てば資格があるということか」
「もちろんです。まぐれでも僕に勝てたのでしたらね。僕に負ける人間に弱点の指導することはあっても教わることは何もないでしょう」
「フン、言いおるわ。まあその若さでそれだけの強さを手にした人間が言うのじゃからあながちハッタリでもないじゃろうがな」
米田は嬉しそうに笑い構える。それを見て挑発に失敗したことを悟る。
「それなら久々に楽しませてもらうかの、確かに同格の相手と闘い勝ってこその喜びもあるからのぉ。実力でお主を屈伏させてやることにしよう」
『おおっと、予想もしない展開になりました、紫電さんこれは知っていたのですか?』
『いえ、……まさか師匠がそんなことをいうとは。……ええ、ただ彼と闘いたいとは言っていたのですが』
師匠自らのスカウト宣言に驚きと戸惑いを隠せない。確かに今の段階で師匠にかなう人間は闘王流にはいないが、だからといってほとんど同じとはいえしょせんは疑似体感ゲームで強い少年を後継者として選ぶとは思わなかった。しかしそれを口にするのははばかられた。また格の分からぬ愚か者扱いされそうだったからだ。
『最強決定戦かと思いきや新たな展開をみせるこの闘い、一体どうなるのか!』
古田の実況に動揺しながらも観客は湧く。
(誰も気づいてはいないな)
挑発は成功しなかったものの逃げ道は作った。いま誰もがBが負ける=闘王流に入門の図式を描いているだろうが一言も入門するとは言っていない。正体を明かすと言っただけだ。
卑怯な言い訳かもしれないが最悪の場合それでかわそうと考えていた。
初めてだった、戦う前から負けたときの事まで考えたのは。とはいうものの当然の事だが負ける気は毛頭ない。ただ格闘技という相手の得意分野で展開が読めないことは事実である。それだけ相手の実力は強い。
『米田選手動いた! 右のローキック!』
バランスを崩すために足を刈るのではなく、上から下にたたき落とすローキック。咄嗟に体勢を変え、脛で受け止める。ズシッと痛みを感じた。このスピードと威力ならバットでも折れるのではないかと思いつつ反撃に転じようと顔面に拳を入れようと踏み込もうとするが何か視界の左奥に入った。ヤバイ、という危機を感じ素早く左腕ですばやくガードする。
『B吹き飛ぶ。そのまま右のハイキックですか?』
『あ、はい、ローキックから足を下ろさず、そのままハイキックに繋げる師匠の得意技です。死角からだというのによくガードしましたね』
師匠の真意がわからず戸惑いながらもどうにか解説をする。
Bはガードしたがその凄まじい威力に、そのまま立ち止まるよりは自ら跳んだほうがいいと判断した。
――ウワァァァ
会場が大きく揺れる。地に叩きつけられるBの姿。そうそう見れるものではない。
本人のダメージより観客の心的ダメージの方が大きいかもしれない。タッタッタッと足音が素早く近づいてくるのを感じ、両手を頭の方の床につけ、腹筋を使い伸び上がるように、三点支持の倒立の体勢を取り、そこから腕を思い切り伸ばし足音の方向に向かって、矢のような跳び蹴り。まさかそうアクロバット的にくるとは思わなかったのか米田は一瞬驚いた顔を見せるが、既に跳び蹴りに入っていたのでそのまま放つ。
『両者、跳び蹴りの応酬。相打ち! 相打ちです』
互いの胸に当たり、両者バランスを崩し倒れる。
『……まさかあの体勢から師匠に仕掛けるとは……さすがに一筋縄ではいきませんね』
痛みの確認しつつもすかさず起き上がる。胸が一番痛み、ガードした左腕も痛みはあるが問題は無い。二度も地につけられた背中はまだ痛むという訳ではない。
ただ、優勢かと言われたら口ごもる。
『米田選手、休むことなく動いた!』
地を滑るように進み、正拳突き。それをBは左腕で外に弾き、一歩強く踏み込み下からすくい上げるように右のショベルフック。しかしそれは不発。
『正拳突きで間合いを詰め、一気に跳び膝蹴りで顎を狙います』
Bの拳は空振ったが、その腕の振りで米田の身体を少し止めるとができた。膝は空振る、そう判断したがそれでも軽く上半身を反り、その足を取って地面にたたきつけようとした。しかし、
『おおっと、そのまま足を伸ばしたぁぁ!』
『跳び膝からの変化技です。膝を伸ばして爪先で腹か胸を狙う技です』
紫電の言葉通り衝撃が腹に来た。
――ガハッ!
肺の空気が一瞬で全て強制的に吐き出されているような感覚を感じるが攻撃はそれで終わらなかった。
『髪を掴み、頭を強引に下げる! あっと、何でしょうか? B後方に飛ばされたぁ!』
『膝です、もう一度膝で顔を狙ったんです』
痛みと呼吸の出来ない苦しさ何もできずそのままダウンすると思ったのだろう、米田は更なる追い打ちはしなかった。実際Bは苦しさで苦悶の表情を浮かべている。受け身だけはと両腕を伸ばし地面に手を付け、痛みの走る腹を無理やり曲げ少し崩れたバク転をした。どうにか着地はできたものの、ダメージからそのまま堪えきれずすぐに片膝と左手をつける。
「おそろしい小僧だな。最小限でおさえるとは」
米田がひとりごちる。膝は完全に入り感触があったので受け身さえ取るだけの余力はないと判断し追い打ちをかけなかったというのに、Bは受け身をどうにかとった。何故かと顔を見ると鼻の頭を狙った膝だったが実際に傷を負っているのは顔のなかで一番固い額である。
髪を掴んだとき顎を引いたのだろうか、それが意識してなのかそうでないかは別として急所を避けダメージを最小限にしたことには変わりない。
「…………お褒めいただき、……光栄、です」
強制的に呼吸を整えながらなんとか言葉を紡ぐ。腹と額がひどく痛むが骨や臓器に異常があるほどでは無いと思う。ただそれほど余裕はないので、立ち上がることはせず片膝をついた体勢のままに、それでも奇襲に大して避けれるように備えだけはしておくが。
(おそろしいのはどっちだよ)
とても老人の動きではない。いやそれどころか人間の動きでさえない気がした。
神業と呼んでも差し障りのない猛攻。外見に惑わされないつもりではいたがこれでは反則に近い。
一方米田も驚愕を隠せない。Bに避けるテクニックのあることは前回の大会のリプレイを見て知っていた。それは先読みの速さと思い、変化技からの連続攻撃が有効だと判断していた。それもできることなら小手先ではなく高度なテクニックでの変化技。高弟に教えはしたものの完璧にこなせる人間は少ない。本気でその技を二回も使ったというのに倒れない。ガードし、もしくは自ら前に出る、後ろに跳ぶ等の処置で抑えた。
自分の予想を越えているかもしれない強さを目の当たりにし、生まれる感情。それは恐怖と歓喜が入り交じった感情。根っからの格闘家しか理解できないモノかもしれない。
「……なるほど、闘王流には身体が小さくても、というか、大きい人間を翻弄する技がいくらでも有るのですね。……大型選手のビデオで技を研究したところで……意味が無かったですね」
Bはとりあえず時間を稼ぐため声をかける。
「まあワシが闘ってた相手が大きかったから自然に技もそうなったと言えなくとも無いが、……弟子は自分より大きい外人にアッサリと負けるんだから、そんな試合を見て参考になるとも思えんがな」
米田は駆け出し再びローキック。変化技を警戒してか、それとも余力の無さか後ろに重心をおいて立ち上がる。米田は当たらないと見るや足を素早く戻しながら、
『右手の正拳、いや貫手。Bそれをかわす! おっとそこから肘打ち』
どうにか身を沈めることでかわす。そしてがら空きになっている腹に固く握った右の拳をめがけ突く。
「――――!」
Bにとってそれは未知の経験だった。米田はBの手首に自分の左の手首を軽く触れさせたかと思うと絡ませながら下にさげ、自らは一歩後方に下がる。さほど力が入っていなかったのに不思議なことにBは前につんのめる。米田はそのまま手首を触れさせたまま、手を挙げる。するとBの右腕は上に弾かれそれにつられ上半身も棒立ちの様になる。
一歩踏み込み、そのガラ空きになった腹に、左の手の甲を右の手の平で押しつけるようにぶつける。
――ガハッ!!
再び肺の空気を強制的に出される。衝撃をまともに食らい、くの字に崩れる。
その激しいバトルから一転、急に滑らかでいてスローで再生したかのような、その場の雰囲気さえ変えた柔の技に会場が一瞬凍りつく。
そしてその光景を理解した者から悲鳴まじりの驚愕の声が闘技場内に響く。それだけBが何度も攻撃をまともに食らい、倒れる姿はここでは異様な光景だった。
『ダウン! B、堪えきれずその場にダウンです! 紫電さん、先程の技は一体?』
2、3歩下がりつつもBから眼を離さないままの米田を見つつ、首を横に振る。
『……分かりません。闘王流に、あのような技があるなんて聞いた事も見た事もありません。何らかの方法で上体を開かせ、腹に掌底だと思うのですが』
観客のざわめきで聞き取りにくかったが、それでも弟子の間違った解釈に鼻をならす。
「全くもって馬鹿弟子だな。……貴様はどう思う? そう思わないか」
その言葉に反応するかのように右の手の平を地に付けユックリと上体を起こす。内からくる衝撃。吐き気をもよおしそうになったが歯を食いしばりながら呼吸を行う。
頭を打ったわけではないが目がチラつき、米田がハッキリと見えない。
(痛みは偽物。傷は幻。身体は借り物……)
呪文のように呟く。それで痛みが実際に無くなるわけではないが、気力を振り絞ることができた。左手も使いどうにか両膝立ちになる。腹部のダメージは足に来るのですぐに起き上がれそうに無かった。しかしそれを見越おしての米田の質問かもしれない。自分をBという人格を保とうとする。
半分とはいえ起き上がったことで場内は一気に沸き上がる。
「…………そう、ですね。……僕を、欲しがる気持ちも、……わかります。でも、酷じゃないです、か?……教えてない、空手にない技が分からない……くらい」
「ほう、あの技が何かわかるか?」
「多分……最初のが合気道の、……『合気上げ』の様な技で、腹の一撃が、柔術か……何かの『重ね当て』じゃあ、ないですか」
あの一撃で終わるとは思わなかったが、さすがにあの技が理解されるとは思わなかった。
Bの言う通りだった。無駄な力を使わず――相手の力を利用し、受け流し――体勢を崩させる『合気上げ』。
戦国時代、鎧を着た相手に無手の相手が衝撃を加えられるように編み出された『重ね当て』であった。
米田がかつて闘った合気道の達人と柔術家に実際に使われ身体で覚え、両方の技を上手く加え練り上げ、奥義といって過言でない技になるはずだった。
それをまさか簡単に言い当てられるとは思わなかった。眼の色が変わる。
Bの方もどちらの技も知識として知っていた技だが、実際に見たことも食らったこともない。受けた技を思い出し、その時の感覚と今の痛みから照合し、それぐらいにしか思いつかなかったからハッタリ半分で言ったのだ。正解しようとしまいと、時間さえ稼げればそれでよかった。もっとも正解をだしたのなら話は変わる。
「これはルールなしですから……、空手家がどんな技を使おうとも、構いませんよ」
まだかなり苦しいのだが顔はニッコリと笑いながらユックリと立ち上がる。膝が震える感覚が多少あるのだが、意識を集中して平然と立ち、振る舞う。
「教えなかったんじゃない。教えれなかったと言うのが本当のとこじゃ」
「……教えられない?」
怒るかと思いきや、米田はどこか自嘲気味に言葉を紡ぐ。
「若いころ何度練習しても出来なかった。だから手本を見せることも出来ず教えれなかった。頭ではどうにか理解していたのだが、……身体で体現することは出来なかった。今日は技のキレが最盛期並だったのでな。試してみたら出来た。ただそれだけのことだ」
(頭では理解してたか、厄介な)
Bはその怖さを知っている。故に背筋がゾクッときた。『合気上げ』も『重ね当て』もそれぞれ非常に難しい技である。一瞬の間合いに、力加減、タイミングどれをひとつ失敗しても成功しない。それを両方とも一度に行うということは非常に困難な作業である。
しかし現実の世界でできなくとも、仮想現実空間の中ではできる可能性がある。実際に身体を動かす時、人は脳から指令を出している。それが各部の神経を伝わって筋肉を動かすことで行動を行う。だから自分の筋肉のこなせる限界や一瞬の伝達の遅れなどで上手くできるかどうかが決まる。
この世界ではイメージが最重要となる。実際に身体を動かすように動ける世界ではあるがそれは脳からの指令を、脳波を感じ取り、借り物の肉体に電気で伝達するシステムである。故に「こういう動きがしたい」等の具体的な欲求を頭のなかでイメージを強く具現化することにより現実にできないことができたりもする。現実ではできなかったバク転がここではできたという例もある。米田が技のキレがいいと言ったのもそれと関係しており無意識だが自分の出す技のイメージが非常に強く正確だから動きがいいのだ。彼ほどの本物の格闘家がかつて夢に描いていた幻の技を繰り出せたのはその当時のイメージトレーニングの賜物であり、思い描いた技の捨てきれない未練の産物であるともいえる。
(イメージか)
知る人ぞ知るテクニックである。Bが人の真似をすぐにできたのも良く技を見て本質を理解したせいもあるが、つぶさに自分でもできるかイメージを強く正確に具現したことにある。それを教える気はない。これ以上強くなられても困る。
「……夢の産物ですか、どうですか成しえた、今の気分は」
多少呼吸が整ってきた。それでもダメージは少なくない。もう少し時間が欲しい。
「さあな、思ったほどの感慨はない。余りにもアッサリ自然にできたもんでな。……そうそうできたら名前をつけようと思っていた。……闘王流奥義……『闘王』。コツが分かった気がする。お前も早く諦めて弟子になれ。その天賦の才さえあれば必ずモノにできる。お前は闘王の後継者になるのだ」
一度できてしまえばそれが自信となる。ましてや奥義クラスの新技であるならできるかどうかの不安との闘いでもあるのだから。米田に限らずイメージトレーニングためにこのゲームを使い、コツを覚えるというのも今まで誰も考えもしていなかったがこのゲームの使い方としては有りだろう。少し微笑みながら、
「それでも奥義と言うまでにはどうですかね。まだ僕は負けたわけではないのですから」
「確かに一撃で倒すにはもう少し技を練らねばならんな、まあそれはお主が練ってくれてもいい。それでも立っているのがやっとだろうが」
(手強すぎるぞ!)
実際まだその気になれば身体は動くだろうが、鈍ることは間違いない。いつものようにいくら挑発しても通じない。こうも柳に風のように流された経験は初めてである。こちらの思惑通りにはまることなく、怒りもせず、あると言えばスカウトしたいという雑念くらいで、それも勝てばいいと思っている以上逆に闘いに専念している。自分のしたことは裏目とまではいわないが、何一つ成功していない。これが老獪というものであろうか。
それでも諦めるわけには、負けるわけにはいかない。
「サン・オブ・バトルマスター、これがここでの最強の称号です」
Bは呼吸を整え、再度の挑発と自らを鼓舞するために言葉を絞る。
「直訳すると『闘神の直系』なんだそうですよ。『闘王の後継者』よりも響きがよく、強そうな気がしませんか? まるで僕のために作られたかのように」
「闘神の直系ねぇ、確かにそう名乗るだけの強さはあるかもしれん。その若さでそれだけの強さを手に入れてるのだからな」
米田は肩を竦める。聞き分けのない孫の相手をあやすかのような感じさえ受けた。
「ならもう少し痛い目を見てもらおうか」
米田は構えをユックリととる。挑発には失敗したが、自らの精神力、集中力を高めることはできた。自分の背負っている称号の重みは、時に気力を振り絞る力となる。




