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『ブレイン・フィールドファンの皆様、大変長らくお待たせしました! 世紀の一戦がもうまもなく始まろうとしております』
そのアナウンスに会場が一斉に沸く。この闘技場はすでに立ち見まで出るほどの人の集まりで入れない人間は中央ロビーでモニターを見ている。このゲームを登録している人間の九割は来ているだろう。今回はインターネット配信されないのでこの一戦は自分の目で見なければならない。自分が証人になるべくアクセスが殺到した。
『今やヴァーチャルリアルフィールド最強の称号を完全に手に入れたBことサン・オブ・バトルマスター!!』
「じゃあ、……行くとしますか」
控室でBは静かに周りの仲間に言う。
「いってらっしゃい~」
モエはいつもの様に能天気に手を振るがランディとクロードは声もなしに真顔で頷く。
「言うまでもないけど……あたし以外に負けないように」
ニーナは激励の声こそ明るかったが心中は穏やかでなかった。
『その最強に対しますは先日まで行なわれてました「ザ・リアル」での異種格闘技戦で各界の猛者、それも脂ののった年齢の格闘家達をものともせず勝ち進んだ齢64歳の米田勲夫! 今もっとも空手界で注目浴びている闘王流の創始者であり最高師範。数々の伝説をもつ生ける闘王!』
ちなみに今観客席に備えつけられた四つのモニターと中央ロビーのモニターにはその米田の戦いぶりがダイジェストで映し出されている。それはBと同様に名だたる猛者に圧勝している映像だった。
「まあVIP席で見ていて下さい。確かに強い相手ですけどね、格が違うわけではありませんよ。……苦戦は免れないでしょうがね」
普通の戦闘ならばまず負けないだろう、自分たちも勝つ自信がある。しかし今回もまたパラメーターは高校生並み、重力も通常と同じ。ハンディ戦といえるほど厳しいものがある。 Bは皆と別れ闘技場へと続く通路に向かう。蛍光灯で照らされているとはいえ少し薄暗い。しかしそのほうが光溢れる華やかな空間に出るまで心地よい緊張感を与えてくれるような気がしている。もっとも時と場合によるが。
『なお解説は闘王流師範代、紫電こと筑紫電童さん。実況は古田でお送りします。紫電さん今日はよろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
と模範通りに応える紫電の表情は複雑だ。同じ闘王流ということもあるが、両方の人間の実力を実際に知っているということで今回解説に選ばれた。
『米田最高師範は圧倒的な強さを我々に見せつけてくれた訳ですが、正直年齢のことを考慮にいれると信じがたい光景でした』
『そうでしょうね。実際闘王流の者でなければにわかには信じられない光景だったと思います。しかし我が道場で行なっている五分組み手というモノが有るんですが、言葉の通り五分間技のかけあいというか、試合というか、まあ積極的な乱取りが有るんですがそれで未だに師匠に負け知らずなんです』
『なんと! それは紫電さんも含めてということですか?』
古田の正直な疑問に事実を述べる。現役の格闘家としては屈辱ではあるのだが。
『ええ、師範代以上の力を持った人間ですら歯が立たないというのが現状です。60をすぎている人間に現役の人間が歯が立たないということはどれほどのことか分かって頂けるでしょうか?
師匠は高齢とは思えない筋肉を持ち、そして幾多もの修羅場をくぐった経験をもっています』
それは聞くものに衝撃を与えるに十分な一言だった、打撃系格闘技日本最強と言われている男のこの独白は。冗談でも師匠を立てるにしても言えない一言であり、
『今、画面に映っている映像を見てもらっても分かると思います。決して相手が弱いのではなく師匠が強すぎるのです』
この間行なわれた出来事はやらせではないことは誰もが知っている。なぜなら参加者の誰もが「本物の格闘技を見せる」「ガキの勝利がまぐれだと証明してみせる」などと息巻いていたのだから。そんな彼らが老人だからといって手を抜くだろうか?
『しかも師匠はゲームの特性上、肉体をある程度昔の肉体レベルまで戻すという選択をしませんでした。今の肉体の方が慣れているからという理由で。ただスタミナだけは欲しいと希望はしましたが。さすがに高齢故、全力で闘える時間が少ないからです。
でもこのゲームでは自由に動けるし、痛みも感じますがスタミナという概念は無いそうです。実際に身体を動かすように動けるそうなんですが、実際に自分が動く訳ではないからだそうです。専門的なことは詳しくないんですがどうやら精神力がイコールスタミナになるようなことを言ってました。もっとも先の大会では五分以内にKOしてましたので現実の闘いでも勝利したと思います。詳しくは知りませんが相手はおそらく最盛期の肉体の持ち主でしょう?
(厄介だな)
通路を歩きながらため息がでそうになる。
確かにこの世界では肉体的に疲労することはない。疲れるとしたら精神的にで、それで集中力がなくなり判断力が落ちることは多々ある。今回はそれが相手に期待できるだろうか?
また最盛期の肉体を選ばなかったことは意外でもあり、頭痛の種でもあった。
人は自らの力を過信する。自分が一番強かったと思っている過去の栄光を美化するあまりその当時の実力は誰よりも強いと勘違いする。
故に精神的に付け入る隙ができ、揺さぶれる。それがないということは骨が折れる。
闘王流のビデオを数本見たが参考になりそうには無かった。闘っているのが紫電を始め大型選手のみのビデオでどんな技があるのかは何となしに分かるが、小型選手には小型選手なりの闘いがある。つまりはほとんど未知であると思ったほうがいい。
Bは立ち止まる。まだ闘技場につながる扉は開かれていない。見るからに分厚そうな白い大理石をイメージして作られた扉であるが、それは仕方ない。試合中は闘技場の壁になるのだから。
『ではおまたせしました! 両者入場です!』
アナウンスに呼応するように扉が自動ドアのように横開きに重そうな音をたて開く。
パッと視界に眩い光が入ってくる。と同時に観客の声援も耳に入る。すぐには入らず、少し間を開けその独特な空間にいつものように慣れようとする。目が慣れはじめ床に硬質のゴムが敷きつめられた地面が見え、対面には自分より背の低い老人が中央に向かって歩いているのが確認できた。Bはユックリとそれでいて大きな歩幅で老人に向かう。
「やれやれ、貴様と闘うのまでがこんなに面倒だとは思わんかったわい」
声が届く位置で米田が声を掛けてくる。白い空手着であるところを見るとどうも闘王流でも黒い空手着を着ているのは紫電だけなのだろう。
「ご足労かけました。でもここまでくるまで大した手間ではなかったでしょう、御隠居にとって。一回戦見せて頂きましたが対戦相手は貴方だと直感しましたよ」
にこやかに笑いながらも、大体闘技場の中央、相手との間合いから離れた位置と確認して止まる。そのしたたかさが分かったのだろうか米田も立ち止まる。
「ほう、それは辛いな。じっくり研究されたかな」
「まさか」
言葉とは裏腹に余裕の顔の米田に、同じく余裕を見せる。
「あの力王選手に手の内隠して勝てる人です? 研究どころか見るだけ無駄だと思って残りの試合さえ見てもいませんよ。余計な知識は無駄になると思いまして」
「なるほど……、いや、やはりというべきか」
米田は自分自身が納得したかのようにうなずく。Bにはその真意までは分からなかった。それでもどこかいつでも放たれるような弓矢のような老人から目が離せない。
「ニヤけた顔に、人を食った言葉を吐くわりにいい目をしておる。筑紫が負けたのもよう分かる。久々に出会ったかな? いや試してみんことにはわからんか……」
右手で口を隠すような仕種でつぶやいたと思うと即座に身体が近づいてくる。
なんとなく嫌な感じがし、早速いつものチートで2画面で見るようなスタイルに入る。
『おっと! 米田選手仕掛けたぁぁぁ!』
一歩跳ねるように地を蹴りすかさず右の回し蹴り。これは届かないことは距離から判断できた。奇襲を避けるために少し大きめに間合いを取っていたのだから。しかし自分の危機を察知する能力が安心させてくれない。とりあえず守りに徹すことにした。
――ザッ!
顔の前を蹴りが空振るとき生半可の蹴りではないことを証明する風が顔面にあたる。米田は蹴りを戻すと同時に半歩だけ前に踏み出し、地を蹴る。米田の顔が自分よりも高い位置に、宙に跳んだかと思うとすぐに背中が見える。それを見てとっさにBはしゃがむ。
『これは旋風脚です!』
宙を舞いながら回転を加え、右の踵を顔面にぶつける大技。しゃがまなければまともに食らっていただろう。しかしそんな一瞬の出来事の考察よりもBの目は米田の軸足になっていた左足に釘付けになっていた。勢いをよく回したので足がクルッと回転しているところを見るとおそらく全身も回転しているのだろう。
その爪先が自分のほうでピタッと止まった。そのことに一瞬背筋が寒くなった。と同時に両手を頭上でクロスさせ、膝を思い切り伸ばす。クロスさせた腕にズンと衝撃を受けるが気にせずに押し返す。
にわかに信じがたいことだが旋風脚から踵落としに移行したと思われる。
さらに、もう一つの視点で動きを察し、咄嗟に海老反りになった。すると米田はバク宙でもするように間合いを取り体勢を戻す。
『旋風脚から踵落としです。師匠のあの技をよく防ぎましたね』
紫電が解説者らしく語る。確かに老人とは思えないほどのスピードであり軽業にも見えた。故に紫電に分からなくとも無理は無いのかもしれない。
Bは驚愕した。こんな事が普通の重力で出来るのか?と。
避けれたのはまぐれではなくかつて同じような技をよけた経験が有るからだ。「ブレイン・フィールド」では登録さえしておけば、その技の名を口にすれば勝手に身体が動き使えるようになっている。「螺旋旋風脚」という技がブレインにある。それは接近した状態から数回回転し踵を相手に何度もヒットさせる技だ。その上あちらは重力が若干軽いので宙に浮いている時間も長い。闘い慣れている人間はその技後、踵落としをしてきた人間もいた。故に今見ている「ブレイン・フィールド」経験者の観客はいつもここで行われているレベルの高い攻防を見たくらいにしか思っていないだろう。いつもと条件が違うことを忘れて。それでもそこまで理解できた人間は若干はいるだろうが、その後のことまではどうだろうか?
あの時踵落としを押し返したときにすべてを受けきったと思ったのだが不意に目に入った米田の瞳はまだ自分を見ていた。本来ならここまで技を防がれたのなら驚くなり体勢を立て直すためにバランスをとろうとするはずなのに。それなのにまだ自分を凝視しているということは、何か仕掛けてくるという可能性があった。自然と身体を、頭を後方にそっていた。 すると刹那、顎先に風を感じた。信じがたいことだが踵落としを押し戻された反動を利用してバク宙をしつつ左足の爪先で顎を狙ったのだ。その事にまで気がついた人間は何人だろうか?
Bは踵落としを防いだ腕が多少痺れていることを感じつつ、驚愕と同時に自分の勘が間違ってなかったことを理解した。
眼前の老人の強さを見誤っていなかったことに対して。
同じように米田も驚愕しつつも自分の勘が正しかったことに喜ぶ。ここまで技をだした挙げ句に全てかわされたことはここ最近では記憶にない。それが不意打ちであるのだからなおさらだ。
「やはり久々に出会ったな、本物の格闘家に」
米田は唇の両端を上げる。Bは眼前の老人の動きに納得できないものを感じつつというよりむしろ理不尽を感じつつその言葉に応える。
「格闘家? この間までの異種格闘技戦でさんざん闘ってきたでしょう、それに御隠居のお弟子さんも本職の格闘家でしょう」
「フン、あいつらは本物の格闘家じゃない。ワシの馬鹿弟子を含めてな」
「一度負けたら馬鹿弟子ですか、かわいそうに。結構強かったですよ、ただ相手が悪すぎただけで」
吐き捨てるように言う米田の言葉に同情を見せる。もっとも言葉だけのだが。
「さっきの攻撃をただの三連撃だと思っとるような奴は馬鹿弟子で十分だ!」
その言葉に紫電はビクッと反応するが何が間違っているのかわからなかった。
「それに他の奴も格闘家とは呼べん! 小僧、格闘家はどういう人間か知っておるか?」
「闘うべき時までに心身共に万全な状態を作り、いざその時に100%以上の力を出し切れる人間。僕はそう思ってますが」
以前誰かに言ったなと思いつつも、即答した。
「なるほど、その定義だと筑紫の奴も格闘家といえるか。でもそんなのはワシに言わせればせいぜい格闘『屋』だ。格闘技を本来の目的を忘れてただの商売にした奴らのことだ」
「……なら貴方のいう格闘家とは?」
現在の格闘技によほど不満があるのだろうか、含むところがある米田に少し時間を稼ぐために聞き返す。腕の痺れを取りたいのもあるが心を落ち付けたい。
「いつ何時、どんな状況下にあろうとも、また相手が誰でルールがどうとか関係なく常に臨戦態勢。正面からの奇襲ごときで怯まない人間」
「……なかなかのご高説ですね。一つの考え方としてはそれもありですね。格闘技をスポーツと見るか見ないかの差ですかね。……それでいくと僕は格闘家と認められるのですか」
「十分じゃあないか、闘いがなんたるかよう知っとる」
(いや、……でも)
その米田の考え方には特に疑念は無い。むしろ自分はこのゲームで、スポーツではない疑似とはいえ本物そのものの闘いにおいて、そのような心構えでいることには違いない。でなければ今まで最強の地位を守れていないだろう。しかし自分が格闘家かどうかには疑問があった。では何かと聞かれたらハッキリと応えれない。
「だからこそお前は……」
「……どうしました?」
急に口ごもる米田。聞き返すも軽く首を横に振り
「いや、後にしよう。折角久々に同格の格闘家に出会えたんだ。少し楽しませてくれ」
何となく言いたいことがわかった。レベルが違いすぎると闘っていてもスリルが無い。相手が自分と同等だからこそ、自分が負けるかもしれないというスリルが生まれ、そのギリギリの緊張感はある種の快感でもある。おそらく米田は十数年そんな体験をしていないのだろう。話によると彼の高弟すら全く歯が立たないというのだから。
「随分と勝手な言い分ですね。自分はゴング前に仕掛けておいて、人には正面きってかかってこいですか……まあいいですよ。ゴングお願いします」
『……あ、ハイ』




