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「……で、俺はもう何から怒ればいいのか教えてくれるか?」


 久遠社、最上階の社長室。

 菅信二は怒りを抑えつつも、抑えきれず全身からにじみでている雰囲気で社長専用の机に両手をつき、その机の主を睨みつける。その手の下には本日発売の「ゲーム ウェイ」の問題のページが開かれている。そこにはシルバー社の「ザ・リアル」の特集がメインであり、この間の戦闘についての記事も載っていた。事実のみで臨場感、脚色を加えて盛り上げようとしていない経緯と結果だけの戦闘の記事、動きなどの出来のよさを強調する記事。

 Bが勝てたのはヴァーチャルリアルシステムに慣れていたからと書かれるかと思ったがそれは無かった。考えてみれば「ザ・リアル」とは現実そのものを再現したゲームであるのだから、また現実そのものであったという記事を載せた以上それは言い訳に出来ないのであろう。そしてそのどの記事よりも大きく取り上げられていたのがシルバー社主催の異種格闘技戦の開催の事だ。全国には格闘技の猛者とやらがわんさかいて「自分はあいつらよりも強い」だの「あれは格闘技じゃない本物を見せてやる」との要望が高かったという。それで稼働前だというのにもう一度デモンストレーションをして盛り上げようと異種格闘技戦の開催となったらしい。

 そして勝者には現時点で暫定チャンピオンBことサン・オブ・バトルマスターとの対戦の権利を与えられると


「何からって選択肢はないだろう。もう一度闘うことになったって事以外は」


 総一郎は弟のほうには目もくれずパソコンを何やら操作している。柳に風のように弟の怒りを受け流す兄を見て榊原はつくづく思う。大物か馬鹿かではなく紙一重の天才だと。


「……その再戦の了承を本人のいないところで本人になりすましてな。ここも怒るべきところだろう」


「あれは行かなかったお前が悪い。その日最大の話題の主がいかないって訳にはいかないだろう」

「そんなの俺の勝手だろう! だからって何で兄貴が行くんだよ!」


 格闘家との戦闘のした日から次の日の昼過ぎまで眠りこけ、昼食後少し起きていたものの再び睡魔が襲い、次の日の朝まで眠ってしまった。その直前にニーナにメールはしておいたから、もしも行かなくても問題ないと思っていた。

 確かに総一郎の言うように行った方が良かったのはよく分かる。最強である自分が敵地でのハンディ戦にもかかわらず結果大勝利。それは「ブレイン・フィールド」を愛する人にとても誇らしいことである。

 しかし勝利の代償は安いものではなかった。

 初めての身体で自分がどの程度動けるのかが分からない状態で挑み、見た目ほど圧勝ではないぎりぎりの戦いを休憩をはさまず4連戦。ゲームの特性上、怪我一つないが尋常でなく精神力を削った。

 それを見た総一郎はいつものようにBの身体を借りてゲームをプレイしにいった。もちろん本人に了承を得ていない代理という肩書だが、目的はもう一つあった。


「なんとなく、榎本さんが来るような気がしたからな」

「榎本?」


 聞き慣れない人物名に首を傾げる。榊原は頭痛の種がまた増えたといわんがばかりに指で目頭を軽く押さえる。


「僕らの大学時代のゼミの先輩だよ。賢くて常識人だったけどね。……今シルバーに行ってることは知ってたんだけど、まさか今回の企画立案者になってるとは思わなかったよ」


 榊原は前回の打ち合わせでシルバー本社に訊ねていったとき迎え出てきた人間が昔の知り合いということと驚いた。同世代だというのにこんな大がかりな企画を通すほどの実力者になっていることに――自分も人のことはいえないと言われるかもしれないが、一から企業を作り副社長になった自分と違い――大企業に就職しどのような権謀術中を使ったのか5年足らずでビックプロジェクトを任されるようになったかつての先輩に驚いた。


「総の数多い敵の一人だよ」


 そして未だ総一郎を恨んでいることに驚き、でもそれも分かる気もした。


「大学院までいって大学に残るかと思ってたんだけど、それまで教授に気にいられてたのに総が入ってから教授の関心が移ったことが一番の原因かな」

「それよりも俺が大学残ることを蹴ったのが原因じゃあないか? それでようやく准教授の道が開けたんだから」


 榊原と違いどこか人ごとのように言う総一郎。この人を食った性格が一番の原因ではないかと信二は疑う。


「で、まあ結果的に話題が高くなったものの向こうとしては予期せぬ敗退で面子もあるんだろう。再戦を申し込んできたんだ。何にも知らず同じ方法でね」


 先に実際に闘う人間の言質をとり、それからおもしろがりの社長に話をつけ雑誌などのメディアで強制的に火をつけ、気がついた榊原副社長が止めようとしても今更撤回できないようにさせる。前回と動揺の手口で、一方的なある種卑怯ともいえるやり口ではあるが100%勝てるというのなら、こちらの優位に闘えるというのならそれも一つの手段だ。


「クソッ、あの日俺が行っとけば意地でも拒否できたのに」

「それはどうかな。何せ四天王勢ぞろいだったからな、拒否は逃げに見られたろうよ」


 いまいましげに吐き捨てる信二に冷酷に告げる総一郎。言われてみれば基本的に強者の挑戦は受けてきた。それなのに闘いたくないことを逃げたのではないように上手く説明できただろうか? この前のハンディ戦を逆手に取れなくもないが結果的に圧勝した、理由には弱すぎる。ダメージを回復してくれないアウェーと言っても今度はキチンとすると言われたらお終いである。


「だから俺が上手い具合に逆にこっちから条件だしといたから前より随分楽だろう。闘うのは一人でいいし、パラメーター等の設定は前と同じだけど今度はホームだ」


 総一郎がBになりすませて再戦を申し込まれたとき条件をだした。

 一応自分がチャンピオンなのだから優遇してもらうのが筋だろう、また全員と闘うのは挑戦者のようでイヤだと。するとならトーナメントを組むと言いだしたのでそれでは当たらなかった人間にまた不満が出る。どうせならそっちで勝手にトーナメントして勝者とのみ闘うのならしてもいい。

 でもまたアウェーだとこの間のように体力回復してくれないどころか今度は負けたら面子に係わるとかでパラメーターとかいじられるのが怖いから「ブレイン・フィールド」で闘わせてくれ。ホーム&アウェーになるからちょうどいいだろうと。

 その言葉にまるで全てを見透かされているようで榎本はそら寒くなった。

 反論しようにもBに筋が通っていたし、その条件以外では嫌だといわれたら飲まざるを得なかった。それにまだこちらが完全に不利と決まったわけではないのだから。


「ホーム開催って言葉は聞こえがいいが、今度の観戦は登録者なら自由に見れるように闘技場でするんだろうが。今度は前以上に関心をもった連中がナマで見ようとわんさかやって来るぞ。俺は余計に負けられないプレッシャーの中で闘うようになるな」


 手の下の雑誌が汗を吸い、湿ってきたのを感じ、机から手を放し今度は腕を組む。


「適度のプレッシャーは心地いいだろう、いい緊張感になるから」

「本人が言うならともかく兄貴が言うな! 諸悪の権化が!」

「まあ、そう褒めるな」

「誰が褒めた!」


 弟の罵詈雑言もどこ吹く風、兄はなんともない顔でパソコンを操作し、ディスプレーに画像を出す。そこにはリングがあり二人の男が対峙していた。トーナメントも前回同様インターネットで配信されている。


「まあ今ちょうど、試合してるから見ていけや」


 はぐらかすのも絶妙に上手いのだから、いくら言っても無駄とは理解していても言わずにいられない。もう既に対戦することが決定事項であるならば対戦相手を研究するのもある程度は必要だろう。信二は脱力しながらも渋々ディスプレーがよく見える位置に移動する。榊原はやっといつもの兄弟喧嘩が一段落ついたことに安堵し、プリントアウトした書類を手に信二に倣いディスプレイに向かう。


「えっとこの時間だと……おお、あの力王が闘ってるはずだよ」

「そうだな。確かにあの筋肉には見覚えがある」


 筋肉の鎧を纏った大男は前回はまぐれだと頑に敗北を認めず、再戦にエントリーした。ちなみに他の三人は不参加した。


「それより相手は誰? ずいぶん年寄りじゃない」


 2メートル近い大男に160センチ弱の小柄な老人。この対戦は本来なら異色でありまるでアニメやマンガの様な組み合わせだろう。このゲームならではとも言える。


「んっと……、米田勲夫、闘王流……最高師範」


 自分の持っている資料の文字に驚く。


「闘王流って確か紫電のとこの流派だよな、あの男は確か師範代だっけ? おやおや、弟子の敵討ちにきたのかな? それとも試合を見て、ああ10年若かったら勝てるのにと不用意に言ってしまったもんだからこの試合にかつぎだされたクチかな、まあいくらでもパラメーターはいじれるだろうし、スタミナも問題ないからな……」

「兄貴、黙って!」


 総一郎の言葉でパソコンから聞こえてくる二人のやり取りはよく聞き取れなかったがそれが何を意図するのかは分かった。挑発だ。


『小僧の実力すら見抜けんお主には一生かかろうとワシはおろか小僧にも勝てんよ』


 力王は突進し、張手をいつでもかませるように構える。それを見た米田は唇の両端をあげた。米田はその場からさほど力をいれたふうに見えなかったが後ろへ大きく飛んだ。その先にはロープが張られてあり、それに全体重をかけるようにロープをしならせる。


――力王は気づいているのだろうか? 気づかないはずはない、自分がBに負けた時と同じ状態だということに。しかし何の迷いもなく右の張手を繰り出す。


 それはどういうことだろう?

 前回の敗北はまぐれだと思っているのだろうか? 

 同じ攻撃は二度と食らわないという自信だろうか? 

 自らの実力に対しての自負だろうか?

 米田はほとんど自分の顔面と同じ大きさの張手がきても慌てることなく、その太い手首を両手で持ち、引きながら身体をのばし、逆上がりでもするかのように蹴上がり力王の顎に飛び蹴りを食らわす。


 ――ザワッ! 


 その一連の動作に信二の全身の毛は一瞬にして粟立つ。


「――?」

「……今のは一体?」


 総一郎も榊原も一瞬のことに理解が追いつかなかったらしい。


「あのジイさん、……俺と同じことしやがった」


 ポツリとつぶやく。それが簡単でないことは誰よりも自分が一番知っている。

 画面上では力王が消えていく。おそらく気を失ったのだろう。試合は終わった。


「なるほど、確かに……」


 試合後流れたスロー映像に総一郎は呻く。

 前回の試合後、久遠社が誇るスーパーコンピューター「ブレイン」で試合を考察したところ対力王戦に仕掛けた技の成功率が一番低い技で信二がいつものパラメーターならともかく前回の高校生並みの身体能力では10%をきる成功率だった。

 できたのはひとえに修羅場をくぐった経験値の多さの賜物だろう。それを二度見れたことはある意味幸運かも知れない、総一郎は密かに思った。


「このジイさんが相手か、ちょっとメンドーだな」


 ディスプレイから離れ、手の汗をズボンの尻で拭くようにはたきながらソファーに向かう。

 そんな信二に榊原は驚き、今回の戦いにエントリーしている人間の資料を見ながら


「まだ決まった訳じゃあ……、今回はたくさんいるんだよ。闘王流から彼一人だけど、空手だけでも色々な流派が、鬼道塾だの竜神会館だの。いろんな団体のプロレスラーや現役だけじゃなく引退した元世界チャンピオンのボクサーだってもちろん、柔道家だの合気道の師範とかだって、ああそうそう外人だっているよ。去年の格闘大会で紫電をノックアウトしてチャンピオンになったエデリーだって」


 聞いたことのある流派や名前だったが、もう興味が無かった。ソファーにドサッと座り込む。そんなことより興味があるのは、


「兄貴ィ」

「うん?」

「自慢のブレインに分析させて。そのエントリーされてるそうそうたるメンバーの中に手の内を隠したまま力王を一撃で倒せる人間がいるかどうか」

「変わった注文だな。何だそれは? 天才の勘ってやつか」


 そう口で言いつつ榊原から資料を取り、素早い手つきで何やら入力していく。


「鳥肌たった。実際第三者の視点からみてよくあんな事ができたと思うよ」


 ソファーに身体を任せ脱力し、物思いにふける。榊原はその姿を見て、信二も総一郎の血縁だと言うことを再確認する。時々考えが全く読めない。しかし戦闘に関しては彼の知るかぎり最強だ。

 彼は「チート」の結果と卑下しているが、例えシステムの裏技を知っていても誰にでも扱えるものではない。

 信二の才能は情報の並列処理能力が非常に高いということにつきる。

 故に本来の視覚からの情報とブレインから送られてくるもう一つの視点の情報を同時に認識しつつ戦闘が行える。

 敵の攻撃をかわしつつ、作戦を練り、それを成功率の高いモノを選別する。

 それを誰にも気がつかれないように高速で行う――本人すら戦闘中は思考が完全に追いついているわけではないのだが最適解を導きだせる。

 戦闘後に思い起こして、よくそこまで思いついたよなと思うことはしばしばあり、前回の戦闘では力王との対戦がそれに当たる。 

 今まるでリプレイのような戦闘を見て信二の思考は会話しつつも対策に乗り出す。


「そういやぁジイさんの呼び方を決めとかなきゃならないな。御老体、御老人……他になんかいいのあるかな?」

「御隠居でいいんじゃないか。何となく時代劇っぽくていい」


 手のスピードは早く、さすがはコンピューター会社を一代にして作り上げた技術者上がりの社長だと思わせる。


「……そんなに米田という人は強いのかい?」

「そうだね。手の内隠して闘うのは結構難しいんだよ。そんじょそこらの格闘家気取ってる人間には出来ないよ。何て言ったらいいのかな……」


 ちょっと言葉がでてこない。強さを示すいい単語が浮かびそうで浮かばなかった。


「おお、でたでた」


 総一郎が入力の答えがでてきたことを告げる。


「できる可能性があるのは米田勲夫のみだとさ」


 それは力王が決して弱いというわけではないことの証明である。彼は真っ向から闘って簡単に勝てる相手ではない。榊原は信二の勘と同じ結果に焦りをみせる。ブレインの分析を誰よりも頼っているのは彼かもしれない。


「じゃ、じゃあ、米田について分析しておいたほうが……」

「ついでにいうなら手の内隠したままトーナメント優勝できそうだぞ」

「それじゃあ……」

「分析なんか無駄だよ。それより闘王流のビデオでも見てどんな技があるのか調べたほうがまだ有効だよ」


 そういって信二は席を立つ。そんな弟に


「そうだな。じゃあ出来る限り探して手に入れとく」

「任せた。俺は学校に行くよ。また帰りによる」


 そういって出ていこうとする。


「でもまだ相手が決まった訳じゃあ……」


 榊原の言葉。確かに勝負は水物。結果はコンピューター通りいくとも限らない。それについて言うべき言葉は……そこで初めて信二は浮かびかけていた言葉が分かった。

 だが非常にばかばかしい。

 肩をすくめ、背中越しに、


「あのジイさんの強さは……格が違う、ほかの奴らとは。……ただそれだけだよ」



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