12(Side:闘王流)
「もう少し大きい画像で見たいな」
「我慢してください、これでもノートパソコンとしては大きいほうですよ」
闘王流道場の師範代以上が使える講和室。十二畳の純和室の部屋に壮年を迎え肩書の上では道場主、それより少し若い師範が二人、紫電と同じくらいの三十路前の師範代が2人と当の紫電の計6人が一つのノートパソコンの画面を食い入るように見ていた。その中では紫電が一番大きいのものの、それに負けるとも劣らぬ肉体の持ち主がひしめき合っている姿は威容なモノがある。
もっとも一番前に陣取っている道場主は歳のせいか筋肉が落ちてきて多少痩せているため後ろの人間でも何とか画面を見ることができる。
ディスプレイに映っている内容は言うまでもない。道場の看板を背負っていた紫電の敗北、完敗について検討するためである。
「確かにただのガキではないな」
「反応速度が速いな、よほど目がいいんだろう」
「動きそのものは鋭いが我流だな。我流は読めない分正統派に勝つことはあるが」
「しかし筑紫を含め四人の正統派に勝つのはただ我流の一言で片づけるのはどうかと」
「常に急所を狙う攻撃は逆に読みやすいのでは?」
などと口々にBと呼ばれる少年について意見を述べる。当の紫電は何も言わず自分の負けたシーンを見て、自分の記憶と比べて一人黙々と検討している。
――バーン!
扉が勢いよく開く。ビックリするより前にまるで稲妻のような声で
「貴様ら! 一体いつまで遊んどるかぁ!」
6人の屈強の男は身が凍る思いをし、全員が瞬時に声のしたほうに向きなおし、姿勢を正す。誰もが歴戦の猛者というにふさわしい風貌、体格、経験、実績を持っているというのにまるで叱られることを恐れる子供のようにも見える。
その声の主は還暦はとっくにすませたはずだというのに50前後に見える。老いてなお矍鑠とはこの老人のためにある言葉ではないだろうか。角刈りにした髪の毛は総白髪であるが、背筋は曲がることなくピンと伸びており160センチに満たない身長のはずだがもっと高く感じる。もっともそれ以上にその存在感、威圧感が大きく見せるということも否めない。白い空手着をから覗かせる身体の線は細いものの血色のいい肌と筋肉のみに見える身体はなんら現役の格闘家と遜色が無いように感じられた。
いや事実、格闘界では新興ながらも今一番勢いのある闘王流の高弟が恐れているのであるから。
戦闘空手と言われる闘王流創設者であり最高師範、米田勲夫。それが彼の名前である。
「さっさと道場にいかんか! 下に示しがつかんだろうが! いい歳こいていつまで遊んどるか!」
「……いえ、我々は遊んでいた訳ではなくて……」
「ああっ、じゃあ何だっていうんだ!」
口答えするなら正当な理由を示せ、と睨みつける。数多の実戦経験をもつこの老人の瞳には問答無用の力がある。
「き、昨日、筑紫が試合に負けたことはご存じでしょうか?」
「ああ、負けただぁ?」
一瞥される紫電。反射的に身を強張らせる。米田はケッと吐き捨てるように、
「それにしちゃあ、ツラがキレイじゃねぇーか」
「それについては後で説明します。で、我々はそれの試合についてVTRで検討していたところなのです」
「フン、下で坊主共がいつもより騒いでたから何事かと思えば、単にまた勝負に負けただけか。で、今度はどこの国の大男に負けたんだ」
いつものテレビで放送される立ち技のみの格闘技戦のことだと思い、鼻白む。米田はあれがどうも好きになれない。グローブをつけなければならないだの攻撃時の細かいルールもさることながら、見せ物ように扱われるからだ。
「いえ、それが……」
言いにくそうに道場主が昨日の出来事を語りだす。
「ほほう、ガキに負けたか、こりゃあ傑作だ」
ことの顛末を聞いて怒りだすかと思いきやいきなり笑いだした。
「で、闘王流の面子に関わるって高弟どもが雁首並べて反省会にお勉強会か。こりゃあ怒鳴る気も失せるな。どれワシにも見せてみろ。どれほど無様な姿をしたのか拝ませろ」
米田はここに来た目的も忘れ、ズカズカと講和室に入り開けられたノートパソコンの真ん前の特等席に胡座をかく。
「どうしましょう? 筑紫が負けたところだけにしましょうか? それとも最初から全部」
この中で一番コンピューターに詳しい、このノートパソコンの持ち主の師範代が恐る恐る訊ねる。
「始めから見せろ。電童に勝った人間が本物かどうか確かめてやる」
「ハイ、それでは」
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「ほほう」
全て見終わった後、米田は愉快そうに頬を軽くたたきながら言う。こんなに愉快そうな顔を見るのは久しぶりだと一番付き合いの長い道場主は思う。
「で、貴様らはどう思う? このガキを。どうして負けたと思ったんだ?」
まさか最高師範自らこの検討会に加わるこという展開になるとは露にも思わなかった。があまり分析だの検討だのを好まないタイプだからである。しかし50年を越す格闘家人生で蓄積された知識は参考になることこの上ない。皆口々に思ったことを言葉にする。
「やはり油断が一番の原因だと。見た目子供だとどうしても」
「逆にプレッシャーでは? 勝って当然という意識が心のどこかで枷になり、動きが鈍ったのでは」
「確かに。最初の大橋は心理戦に、中村は油断、力王は自分の力を過信しすぎ、筑紫は精神的に追い込まれていたと見れなくもない」
「動きが奇抜で読みにくいということもあったのでは無いでしょうか? 筑紫と闘うまで攻撃方法をひた隠しにしていましたし」
「しかし狙いは急所が多いということは分かっていたんだ。守りに徹していたんだ。対応できてしかるべきだろう」
「でもそれじゃあ……」
議論は白熱していく。しかしそれに一言も加わっていない紫電に米田は訊ねる。
「実際負けた人間は敗因はなんだと思っている?」
それはずっと考えていた。しかし、これだと思う結論らしい結論には至ることがなかった。故に発言できなかった。でも自分なりの見解は幾つかあり、それは今までの議論に入っている。それに加えていうなら
「後の先を取るために待ちに徹したというのに、相手の動きがトリッキーで読みきれなかったこと。加えてカウンターが得意な相手に不用意に手を出してしまったことだと思っています」
「ふーむ……」
その紫電を含め、全員の意見に不満そうに呻く。
「お前らは根本的なとこで考え方を間違っとる。じゃあ質問を変える。次に電童がいや別にこの中の誰でもいい、あの小僧と闘ったら勝てるか?」
「……それはもちろん」
最高師範の意図することが分からないが紫電を除く全員は即座に頷く。負けるということなどハナから考えのなかに無いとも言える。
「お前はどうだ?」
実際に負けた紫電は一瞬答えを迷う。しかし意を決したかのように、
「闘王流師範代の名にかけて勝ってみせます」
自分たちは勝つためにこの道場の門を叩いた。そして強くなったからこそ師範代以上の地位を手に入れた。どこの馬の骨とも知れない少年に負けるということはあり得ない。
その誰もが勝って当たり前の表情を見て米田はとたんに馬鹿馬鹿しくなる。
考え方の間違えを指摘してやったというのにその意味すら考えずに即答する高弟たちに。
「お前らの実力はワシがよく知っている。あの小僧1人対お前ら6人で闘ったところであの小僧は全員勝ち抜ける力を持っている、ワシの見立てじゃぁな」
「――っな!」
「最高師範! いくらなんでもそれは……」
「言い過ぎとでもいうのか」
言い返そうとした師範に米田はギョロッと睨み付ける。鶴の一声というわけではない。眼光のみで反論を許さず、黙らせる。
「だいたい、負けた理由すら分かっとらんお前らがあの小僧に勝てるはずがなかろう。黙って聞いてれば中途半端の上辺だけの敗因述べよって」
「では一体敗因は何だというのでしょう!」
紫電はすかさず食いつく。自分でもイロイロ考えたが何かが違う気がした。それが何か知りたくて仕方なかった。
「言葉にすれば一言だ。残酷なまでに簡単に説明できる」
その紫電のもどかしい気持ちは理解できた。自分にも過去似たような経験がある。
「お前、ワシから一本勝負で勝てたことがあったか?」
「……ッエ、いえ、まだ無いです」
28歳で打撃系格闘技日本最強とまでうたわれる紫電であるが自分の流派の最高師範からの5分一本勝負に勝ったことがない。
齢60をこす老人ではあるがそうとは思えない体力と、培った技術の前には歯が立たないのが現状だった。
「つまりそれと同じことだ」
それは分かりやすそうでいて分かりにくかった。彼なりに気を配ったのかもしれない。
「……同じとは……どう言うことでしょう?」
本能では聞かないほうがいい気がしていた。知らなくていいことなどこの世にはたくさんある。それでも納得のいく理由がないと先には進めないような気がした。
「お前とヤツとでは――格が違う。ただそれだけだ」
キッパリと言ったその一言に非常に簡単であり残酷であった。その一言に紫電は力なくうなだれる。他の高弟も何か言おうと言葉を巡らすが出てこない。
相手の強さを理解しようとするならば最低でも同等とまでは言わないがその相手とそこそこ闘える位の強さが必要である。逆にいうならば全く歯が立たない相手の実力を見極めることはできないということだ。自分たちが全く歯が立たない師匠である最高師範の実力を計り知ることができるかと言われれば答えはノーであり、格が違うと言われれば素直に頷くしかない。しかし米田にしかBの実力が分からないというのならば、Bと米田は同格だということには異論がある。
「しかし、相手はまだ高校生くらいの子供ですよ。格が違うほどの強さがあるとは」
道場主がどうにか口を開く。彼自身もそこそこの強さはあるのだが、おそらくこの場にいる高弟の中では一番弱いであろう。米田の娘婿ということで道場を継ぐことが決まっている。もっとも養子ということで、この父親のもと権力は無いに等しいがそれでも付き合いが長い分反論を口に出すことに少しは慣れている。
「60を過ぎてなお強さを保ったジジイがおる。20に満たなくて既に強すぎる人間がいても不思議ではないじゃろう。こやつの話を聞いて何も感じないか? 戯言だと思うか? そう思うならもう1ランク、格が下だ! この小僧、覚悟は本気だ。だからこそ格の違う強さを手にいれれたんだろう」
そう言って一つため息をつく。
「惜しいのう、あと十でも若ければ是非とも闘ってみたい相手だ」
高弟どもでは計り知ることができない強さの持ち主、米田の唯一の弱点、歳から来るスタミナの無さである。全力で闘うと十分ほどで息がきれることである。
紫電はふとあることを思い出す。
「……それについてお話があります」




