11(Side:シルバー)
シルバー社のある一部屋。
一人の30前後の若い男は苦悩していた。男は対久遠社との企画の全権を任されていた榎本克弘。
考えれるだけの優位な条件だったはずだった、負けるはずのない勝負のはずだった。
しかし結果は惨敗。――無残なほどに。
選び抜いたはずの猛者が4連敗したときには一緒に見ていたプログラマーと共に顔面蒼白になった。選んだ格闘家には全盛期の肉体を用意し、Bには高校生並みのステータスしか渡さなかった。また本来なら一戦ごとに体力を回復する予定だったが――あまりにもあっさりと勝っていったので――ダメージ(といっても軽微だったが)を回復させなかった。
それさえ気にせず最小のダメージで勝ち進んでいったBにせめて一勝をと不正も犯した。紫電との闘いの際、動きを不自然にならないように更に制限してやろうと念のため用意していたプログラムを使った。
しかしそれは久遠社に察知されたのかガードされ普段どおり闘われ負けた。
その日は自分の今後の地位がどれほど揺らぐかと眠れなかった。
しかし次の日には会社の同僚からの失笑、上司からのそれ見たことかという嫌みを受けることを覚悟していたが思ったほどあからさまでは無かった。
社運を賭けていたはずなのにほとんどの人間がリアルタイムで見ていなく、一勝もできなかったという結果だけ聞いて実際の闘いを見ていないのでそれほど言う材料が乏しかったとも言える。
がそれ以上に「ザ・リアル」の評判が良かったという意外な事実があった。好評故に彼を責めにくいという中途半端な状態に陥らせている。
昨日のゲーム終了後からメールが殺到、ホームページの掲示板は書き込みの嵐、朝から会社の電話が鳴りやまない状態なのだ。
》こういう本格的な格闘ゲームを待っていた
》ネット越しに見てでもあの出来ばえなんだから実際にはもっと凄い出来だと思う。ぜひプレイしたい
》自分も実際の格闘家と闘ってみたい
》俺ならもっと上手く闘えるし、強いぜ
》非力で喧嘩なんかできないと思っていたけど、こういう闘いならしてみたい
》負けたのは残念だったけど実際の格闘家がいつもテレビで見るまま動いてたのは凄い技術。ぜひ一度プレイしたい
》格闘好きにはたまらない。ああいうふうに実際身体動かして技をかけてみたい!
》小さい人間が、しかもその道のプロを倒せるなんてゲームならでは
》稼働はいつからですか? 早くプレイしたい
》対戦だけでなくコンピューターとの対戦もあるのですか? もしかしてそれには実在の格闘家がモデルなんですか? 僕もBみたいに倒したいなぁ
などほとんどが好意的な意見なのだ。
自分は勝って初めて宣伝効果になると思っていたが、技術力さえ見せれれば、また興味さえ持ってもらえれば勝敗など関係はなかったことを知る。
逆にネットでリアルタイムで見ていた人間のほとんどはゲームファンで、その中の七割近くがサン・オブ・バトルマスターの目当てである。彼がどのような闘い方をするのか、勝つかを期待していた。もちろんそれが分かっていたからこそブレイン側の選手に彼を選んだわけなのだが。
もっとも榎本にしてみれば善戦してくれれば、少しでも盛り上げてくれればいいというくらいの希望しか持ってなかった。
純粋な格闘ファンも自分が目当ての人間が負けたことに落胆はあるものの、もしかしたら自分も勝てるかもという期待、負けるにしても憧れの格闘家と闘えるというメリットはある。
もっとも見ている人間のほうが良く知っていたのだ。勝負は時の運。どちらか絶対勝つなどということはないと。
全勝したときの宣伝効果を考え、電話、メールの対応を強化していたのだが対応は追いつくことはなく、予想を遙かに上回る宣伝効果があったとしか思えないほどの評判の良さである。
考えたくないことだが負けたからこそいい宣伝になったのではないだろうか?
明らかに勝てそうにない少年が名だたる猛者たちをなぎ倒したからこそ技術力云々より個々のプレイ意欲が高まったとしか考えられない結果である。
だとしたら勝って当然の試合をさせられたのは久遠社の方で、負けたからこそ宣伝効果が高まったということはこちらが自ら負け戦を望んでいた形になる。
菅総一郎という男は自分がおもしろければ負けても言いタイプの人間だが、榊原崇という男は負けてもリスクの少ない勝負しか受けない。
今回の件で上から――社長からのお咎め、並びに降格はないと言われた。結果的に予想を遙かに上回る宣伝になったことは確かだし、この分だと予想収入をクリアーする事はほぼ確実である。しかも負けたのは格闘家たちであって、シルバーが久遠に負けたと言うわけではない。久遠社の人間にいつまでもでかい顔はさせないという計画こそ不意になったが、むしろ久遠社はもともと勝っても負けても利益は無いという計画だった。計画通りことは運ばなかったが結果が全てであり、宣伝効果は絶大ときた。結果オーライということでポストはそのままで以後も「ザ・リアル」の最高責任者として務めることとなった。
負けたことは計算外だったがその他は上手くいった。上手くいったというのに榎本の心は晴れない。晴れないどころかやり場のない怒りでいっぱいであった。
正直なところ会社の損益より、勝利にこだわりたかった。そして悔しがっているだろう菅の顔を想像して、それを肴に祝杯をあげたかった。それが今相手がそうしていると思うと悔しくて仕方がない。大学時代、個人的に恨みがある彼に一泡ふかせるチャンスがようやく巡ってきたというのに、用意周到に準備を進めたというのにこんなことになろうとは
リターンマッチをすべきかどうか、個人的にはとてもしたいのだが会社はのってくれるだろうか?
しかも次は何が何でも勝たねばならないので選手は吟味せねばならない。とはいうものの今回の選手以上はなかなか見つからないだろう。すでに大橋と中村はもうBとは闘いたくないと言っており、紫電は保留、力王だけは自分の負けが信じられなかったのか、闘ってもいいと言った。
(さてこれからどうすべきか)
そう悩んでいるときに携帯が鳴った。




