↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/13

人手不足で呼ばれたはずが、味方から弾かれる|第13話:無用者の挽歌

草木も眠る丑三つ時。

重い雲が夜天を覆い、淡い靄が地表を這う。


切り通しを挟む高い崖には、岩肌を穿った複数の横穴墓――やぐらが口を開けている。

そのいくつかで、供養の灯籠が消え残っていた。


数日ぶりの召集に、イツカは密かに安堵した。

自分でなければならない戦場がある。代替可能な駒ではない。


使い潰されるのは厭うくせに、不要になるのは耐えられない。

休暇を遮られた不満より、求められたことが情けないほど嬉しかった。


切り通しは雨と土の臭いに満ちていた。

最狭部と言っても、倒木と石柵で作った簡素な防護柵が一重だけ。

休暇を切り上げ現場に入ったイツカは、朱槍を構えてその狭窄へ立った。


前方からは妖怪の群れ。背後には都。

主力部隊の到着まで、ここを一人で食い止める。

いつも通りのろくでもない仕事だ。


岩肌を伝って雨水が流れ落ち、通路の石畳に薄い膜を作り出す。

靴底に伝うぬるりとした感触は、どことなく故郷の泥にも似ている。


《対象:破損 → 廃棄許可》

《破損 → 廃棄許可》《破損 → 廃棄許可》

《破損》《破損》《破損》《照合中……》《破損》《破損》《破損》《照合中……》

《破損》《照合中……》《照合中……》


暗闇の向こうで高速のノイズが唸った。

世界の輪郭が一行ずつ捲れ、黒い影が滲み出す。

演算圧の暴走に吸い寄せられ、魑魅魍魎がたちまち現世へ雪崩れ込む。


《警告:多重対象検出》


敵影の急速な増加に対し、HUDが警告音を鳴らす。


だが、今宵の戦場は珍しいほど上手く回っていた。

両翼の弓兵は射角を外さず、イツカの槍と間合いも噛み合っている。

矢筒の補充も滑らかで、崖上の支援線は一度も途切れない。


《対象:廃棄完了》

《廃棄完了》《廃棄完了》《照合中……》《廃棄完了》

《廃棄完了》《照合中……》


下段に構えた槍で牛鬼の膝を払う。

骨が砕ける鈍い感触と同時に、飛来した矢が敵の眼窩を貫いた。

地の利はこちらにあり、矢弾も十分。負ける戦いではない。


高輝度の飛沫が雨粒に混じって散り、頬へ生温い滴が一筋走った。

描画レイヤを失った残骸が積み上がり、HUDの赤いマーカーが消えていく。

ヤクモが指揮を取るだけで、戦場の呼吸がこんなにも変わるのかと舌を巻いた。


イツカが現場を離れていた数日の間に、皆の士気は持ち直していた。


ヤクモは各自の特性を把握し、最適な持ち場を担当させた。

負担は増やさず、段取りと戦略で成果を挙げる。紛れもなく指揮官の実力だ。


『順調ですね。無理はしないでください』

「流石に戦場で言うことじゃないでしょう」

『いえ。僕は先輩に新兵の教育を担って貰いたい。

あの頃だって、あなたの後ろに居たから、僕は生き延びられたんです』


穏やかな定時報告に昔話が混じる。

かつてはそんな時代もあったのだ。


――すっかり追い抜かれてますよ、あのヤクモ君に。


「奴」の声が脳裏を過ぎり、懐かしい記憶が苦みを帯びた。

頼りなかった新兵は昇進を重ね、今や妖狩改方の長として辣腕を振るう。

一方の自分は掃き溜めのような最前線で生き足掻くだけの日々。


『何よりあなたは窮地に強い。どんな激戦地でも必ず持ちこたえてきた』


通信の向こうで、別の報告が断続的に割り込むのが聞こえた。

ヤクモは一拍遅れて続ける。


『……だから、今夜も持ち場を頼みます』

「つまり修羅場の火消しとして、こき使いたいってことですね」

『ええ、できれば末永く。あなたが僕を導いてくれたように』


気心の知れたやりとりに、緊張で強張っていた肩がわずかに落ちた。

どれだけ敵影が増えようと、この戦線が揺らぐことはない。必ず死守する。


その瞬間だった。

視界の端でHUDの表示が赤く滲む。


《友軍識別:再照合中》

IFF: DESYNC

ERROR: LAYER CONFLICT


崖上の緑マーカーが一瞬だけ黄色へ変わり、再び緑へ戻る。


緑は友軍。

黄色は認証済みだが所属未確定。

赤は敵性。


先ほどまで味方だった弓兵が、一瞬だけ友軍網から外れた。

今の変化は――。


続けて、矢羽根の音が嫌な角度から軋んだ。咄嗟に身を捻ったが遅い。

低い射角で放たれたそれは左肩袖を砕き、

装甲の継ぎ目から肉の内側まで、熱いものを残したところで止まる。


「――っ、は……!」


喉奥から熱い息が漏れた。

濡れた肩から狂彩のグラデーションが滲み、雨水と混ざって腕を伝う。

視界が一瞬だけ白く跳ね、ダメージの詳細が強制出力される。


《損傷検知:左上腕部外側》

《貫通:否/矢鏃残留》

《左腕出力:低下》

《痛覚抑制:強制起動》


単なる誤射――そう判断するには、次の矢が早すぎた。


二射目はイツカの肩口を掠め、石柵を這い上がった髑髏武者の首を砕く。

援護ではない。イツカごと射抜く線上に、妖怪が重なっただけだ。


「両翼、射角が深い。前衛に掛かっている!」


業を煮やし、通信へ怒鳴る。

返ってきたのは、雨音と砂を噛むようなノイズだけだった。


《友軍識別:保留》

IFF: LOCAL ALLY / NETWORK INVALID


友軍識別網から弾かれている。

演算圧による誤処理か、それとも――今はまだ判別できない。


崖のどこかで、また弓弦が鳴った。

この戯作は、人を資源にする制度と、数えられなくなった者の物語です。

続きが気になったら、スキやフォローで追って頂けますと幸いです。


本作品はnote、カクヨム、Tales等でも掲載しています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。