人手不足で呼ばれたはずが、味方から弾かれる|第13話:無用者の挽歌
草木も眠る丑三つ時。
重い雲が夜天を覆い、淡い靄が地表を這う。
切り通しを挟む高い崖には、岩肌を穿った複数の横穴墓――やぐらが口を開けている。
そのいくつかで、供養の灯籠が消え残っていた。
数日ぶりの召集に、イツカは密かに安堵した。
自分でなければならない戦場がある。代替可能な駒ではない。
使い潰されるのは厭うくせに、不要になるのは耐えられない。
休暇を遮られた不満より、求められたことが情けないほど嬉しかった。
切り通しは雨と土の臭いに満ちていた。
最狭部と言っても、倒木と石柵で作った簡素な防護柵が一重だけ。
休暇を切り上げ現場に入ったイツカは、朱槍を構えてその狭窄へ立った。
前方からは妖怪の群れ。背後には都。
主力部隊の到着まで、ここを一人で食い止める。
いつも通りのろくでもない仕事だ。
岩肌を伝って雨水が流れ落ち、通路の石畳に薄い膜を作り出す。
靴底に伝うぬるりとした感触は、どことなく故郷の泥にも似ている。
《対象:破損 → 廃棄許可》
《破損 → 廃棄許可》《破損 → 廃棄許可》
《破損》《破損》《破損》《照合中……》《破損》《破損》《破損》《照合中……》
《破損》《照合中……》《照合中……》
暗闇の向こうで高速のノイズが唸った。
世界の輪郭が一行ずつ捲れ、黒い影が滲み出す。
演算圧の暴走に吸い寄せられ、魑魅魍魎がたちまち現世へ雪崩れ込む。
《警告:多重対象検出》
敵影の急速な増加に対し、HUDが警告音を鳴らす。
だが、今宵の戦場は珍しいほど上手く回っていた。
両翼の弓兵は射角を外さず、イツカの槍と間合いも噛み合っている。
矢筒の補充も滑らかで、崖上の支援線は一度も途切れない。
《対象:廃棄完了》
《廃棄完了》《廃棄完了》《照合中……》《廃棄完了》
《廃棄完了》《照合中……》
下段に構えた槍で牛鬼の膝を払う。
骨が砕ける鈍い感触と同時に、飛来した矢が敵の眼窩を貫いた。
地の利はこちらにあり、矢弾も十分。負ける戦いではない。
高輝度の飛沫が雨粒に混じって散り、頬へ生温い滴が一筋走った。
描画レイヤを失った残骸が積み上がり、HUDの赤いマーカーが消えていく。
ヤクモが指揮を取るだけで、戦場の呼吸がこんなにも変わるのかと舌を巻いた。
イツカが現場を離れていた数日の間に、皆の士気は持ち直していた。
ヤクモは各自の特性を把握し、最適な持ち場を担当させた。
負担は増やさず、段取りと戦略で成果を挙げる。紛れもなく指揮官の実力だ。
『順調ですね。無理はしないでください』
「流石に戦場で言うことじゃないでしょう」
『いえ。僕は先輩に新兵の教育を担って貰いたい。
あの頃だって、あなたの後ろに居たから、僕は生き延びられたんです』
穏やかな定時報告に昔話が混じる。
かつてはそんな時代もあったのだ。
――すっかり追い抜かれてますよ、あのヤクモ君に。
「奴」の声が脳裏を過ぎり、懐かしい記憶が苦みを帯びた。
頼りなかった新兵は昇進を重ね、今や妖狩改方の長として辣腕を振るう。
一方の自分は掃き溜めのような最前線で生き足掻くだけの日々。
『何よりあなたは窮地に強い。どんな激戦地でも必ず持ちこたえてきた』
通信の向こうで、別の報告が断続的に割り込むのが聞こえた。
ヤクモは一拍遅れて続ける。
『……だから、今夜も持ち場を頼みます』
「つまり修羅場の火消しとして、こき使いたいってことですね」
『ええ、できれば末永く。あなたが僕を導いてくれたように』
気心の知れたやりとりに、緊張で強張っていた肩がわずかに落ちた。
どれだけ敵影が増えようと、この戦線が揺らぐことはない。必ず死守する。
その瞬間だった。
視界の端でHUDの表示が赤く滲む。
《友軍識別:再照合中》
IFF: DESYNC
ERROR: LAYER CONFLICT
崖上の緑マーカーが一瞬だけ黄色へ変わり、再び緑へ戻る。
緑は友軍。
黄色は認証済みだが所属未確定。
赤は敵性。
先ほどまで味方だった弓兵が、一瞬だけ友軍網から外れた。
今の変化は――。
続けて、矢羽根の音が嫌な角度から軋んだ。咄嗟に身を捻ったが遅い。
低い射角で放たれたそれは左肩袖を砕き、
装甲の継ぎ目から肉の内側まで、熱いものを残したところで止まる。
「――っ、は……!」
喉奥から熱い息が漏れた。
濡れた肩から狂彩のグラデーションが滲み、雨水と混ざって腕を伝う。
視界が一瞬だけ白く跳ね、ダメージの詳細が強制出力される。
《損傷検知:左上腕部外側》
《貫通:否/矢鏃残留》
《左腕出力:低下》
《痛覚抑制:強制起動》
単なる誤射――そう判断するには、次の矢が早すぎた。
二射目はイツカの肩口を掠め、石柵を這い上がった髑髏武者の首を砕く。
援護ではない。イツカごと射抜く線上に、妖怪が重なっただけだ。
「両翼、射角が深い。前衛に掛かっている!」
業を煮やし、通信へ怒鳴る。
返ってきたのは、雨音と砂を噛むようなノイズだけだった。
《友軍識別:保留》
IFF: LOCAL ALLY / NETWORK INVALID
友軍識別網から弾かれている。
演算圧による誤処理か、それとも――今はまだ判別できない。
崖のどこかで、また弓弦が鳴った。
この戯作は、人を資源にする制度と、数えられなくなった者の物語です。
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本作品はnote、カクヨム、Tales等でも掲載しています。




