4話 王国騎士団 第5分隊 隊長 騎士ランスロット(前編)
今日は二人が見回り警備の日だった。
私は町の西側に位置する騎士の拠点で、静かに二人の帰りを待っていた。
夕暮れが差し込み始めた頃、勢いよく扉が開く。
「ただいま!」
「今帰ったよ~」
「ふんっ……ずいぶんと遅かったじゃないか。どこをほっつき歩いていた。」
私が睨みつけると、片方が苦笑しながら肩をすくめた。
「ちょっとファムネスちゃんにつかまってね。」
「はぁ……またあの子か。本当に冒険の話が好きだな、あいつは」
見回り中にファムネスへ遭遇した騎士は、例外なく質問攻めにされる。
「魔物ってどれくらい強いの?」から始まり、「王都ってどんなところ?」「剣って重い?」「旅って怖い?」と、息継ぎする暇すらない。
あの小さな体のどこに、あれほどの好奇心が詰まっているのか。
延々と飛んでくる質問を想像し、私は思わず眉をひそめた。
「……で、お前は何があった?」
私が視線を向けると、大柄な男は黙って背負っていたものを差し出した。
「おいらはこれを見つけてきたんだな。」
「何を持ってきたかと思えば……っ」
その巨体が抱え込むように持っていたせいで分からなかったが、現れたのは獣型の魔物の死骸だった。
「貴様のでかい図体が物を抱えていると、毎回何を持ち込んできたのか不安になるだろうが!」
「これを見てほしいんだな。」
「……あ?」
私は死骸へ目を落とし、言葉を止めた。
狼型の魔物。
だが、その胴体には異様な穴が空いていた。
まるで一直線に、鋭利な杭でも突き刺したかのような――あまりにも綺麗すぎる貫通痕。
「……お前がやったのか?」
「おいらの槍じゃ、こんな綺麗には貫けないんだな。」
「ちょっと俺にも見せてくれ。」
空気が変わった。
魔物同士が争うこと自体は珍しくない。
縄張り争いも、共食いもある。
だがこれは違う。
争った痕跡がない。
ただ、一方的に殺されている。
それも群れで行動する狼型が、一匹だけ。
――嫌な感じだった。
まるで「ついでに踏み潰した」とでも言わんばかりの殺し方。
この魔物より、遥かに上位の存在が近くにいる。
私は小さく舌打ちした。
「……明日はこの周辺を重点的に見回る。」
二人がこちらを見る。
「今日見たもの、気づいたこと、全部報告書へまとめておけ。私は明日の準備をする。」
「りょーかい!」
「わかっただな~」
軽い返事を背に、私は壁へ立てかけていた槍へ手を伸ばした。
警戒するに越したことはない。
相手がどれだけ危険だろうと関係ない。
もし脅威なら――私たち三人で叩き潰すだけだ。
そう思いながらも。
胸の奥に引っかかった不気味な違和感だけは、どうしても消えてくれなかった。
◇◇◇
しばらく時間が経った。
武器の整備は完璧だ。
準備に抜かりはない。
それでも、不安が拭えない。
気を紛らわせようと外へ出てみるが、胸のざわつきは収まらなかった。
ちょっとした異変に警戒することは悪いことではない。
見て見ぬふりをすれば、十二年前の悲劇を繰り返すことになる。
そんな私の様子を察したのか、二人が声をかけてきた。
「ランスロット? やっぱり落ち着かない?」
心配をされてしまう。
「ええい黙れ! 貴様に心配されるほど落ちぶれておらんわ!」
「ははっ……今日も強火だね~」
「いつもの姉貴に戻っただな」
二人の言葉に、張り詰めていた空気が少し和らぐ。
そうだ。
いつものことだ。
大会の前も、騎士試験の前も。
緊張していた私を、二人は何度も勇気づけてくれた。
この三人で乗り越えられない困難などない。
「念のため、何か痕跡が見つかったら騎士団へ報告し、増援を要請する!」
「んだな。おいらもそれに賛成だな」
これは心配性なだけではない。
魔物との戦いは、一つの判断ミスが命取りになる。
騎士の数は決して多くない。
万が一、この町に駐屯している騎士が全滅でもしようものなら、その時点で町の運命は決まったも同然だ。
しかも、それは決して珍しい話ではない。
西国のオクシド連邦が鉄壁の要塞として機能し始める以前は、そうした悲劇が各地で繰り返されていた。
だからこそ、全滅という事態だけは避けなければならない。
援軍を呼び、最低でも騎士が一人以上生き残れる体制を整える。
それもまた騎士の務めだ。
もちろん、殺されてやるつもりなど毛頭ない。
どんな魔物が現れようと、私が守り切る。
「ランスロットー。また怖い顔しちゃってさ。『私がみんな守ってやる!』とか考えてるんでしょ?」
「なっ!? 私は貴様らの隊長で、この町を守る騎士だぞ! 守って当然だ! 私が守らんでどうする!」
「ほら出た。昔から考えすぎちゃう癖、全然変わってないね~」
「んだな。ランスロットはもっと気楽に生きるべきなんだな」
まったく。
いつもこんなことを言われてしまう。
だが、この言葉に救われてきたのも事実だった。
「ははっ! 貴様ら、ずいぶん偉くなったものじゃないか! この私に口答えするとはな!」
「だって本当のことだし~」
「んだな」
二人は悪びれもせず笑う。
昔は私の後ろをついて回っていたくせに。
気づけば、こうして遠慮なく意見をぶつけてくるようになった。
だが――悪い気はしない。
胸の奥に残る不安は消えていない。
それでも、この二人がいる。
だから大丈夫だ。
どんな脅威が現れようと、この三人なら乗り越えられる。
私はそう信じていた。
◇◇◇
翌日の早朝。
調査へ向かう。
「俺は有事の際にすぐ避難誘導できるよう、見晴らしの良い場所で待機しておくよ。気を付けてね」
私が言わずとも、自分の役割を理解し適切に動く。
今回の調査で前に出るべきなのは私だ。
単純な戦闘力で言えば私が最適任。
そしてこのデカブツは第一発見者だ。
現場を知る者として同行させる必要がある。
結果として、この人員配置になった。
「任せた」
そう言い残し、現場へ向かう。
妙だった。
魔物の痕跡はある。
だが、気配が薄い。
まるでこちらを誘い込むように。
胸騒ぎを覚えながらも歩みを進める。
そして現場へ辿り着いた。
そこには五匹の魔物がいた。
昨日発見した死骸と同種の魔物。
だが――
魔物の死骸にあの傷を付けた存在ではない。
「この程度であれば私一人で十分だ。お前は周囲を警戒していろ」
自信過剰なわけではない。
己の実力を正確に把握しているからこその判断だ。
今警戒すべきは、あの謎の傷を残した存在。
私は前へ出て、魔物へ斬り込む。
その瞬間だった。
左右の茂みから、それぞれ五匹ずつ別の魔物の群れが飛び出してきた。
「右を頼む!」
「任されたんだな!」
左は町へ抜ける可能性がある。
だが、あいつがいる。
そう簡単には突破されまい。
だが、妙だった。
まるで最初から示し合わせていたかのような連携。
魔物にしては統率が取れすぎている。
そう考えた矢先――
今度は私の背後の茂みから、更に五匹の魔物が飛び出した。
完全に包囲される。
「っ!」
こうなれば全てを捌くことはできない。
私は致命傷だけは避けるよう判断し、被弾を覚悟で敵を薙ぎ払った。
「ぐっ……!」
背中に一撃を受ける。
だが、まだ戦闘に支障はない。
「ランスロット! 大丈夫なんだな!? こっちを片付けたらすぐ向かうんだな!」
声が飛んでくる。
「焦るな! 確実に片付けろ! その後で合流する!」
そう返す。
次の瞬間には迫る爪を剣で弾き飛ばし、その勢いのまま一匹の首を斬り飛ばす。
だが、休む暇はない。
横合いから牙が迫り、後方からは鋭い爪が襲いかかる。
避けきれない。
肩に一撃を受けながらも前へ踏み込み、敵の懐へ潜り込む。
薙ぐ。
突き刺す。
一歩退けば囲い殺される。
ならば前へ出るしかない。
全身に傷が増えていく。
息は荒くなり、腕は重い。
それでも槍を振るう速度だけは落とさない。
一匹。
また一匹。
確実に数を減らしていく。
総勢二十匹。
明らかに異常だ。
そして魔物たちは妙に統率が取れていた。
町に残ったあいつの様子も気になる。
嫌な予感が消えない。
「これで最後だ」
最後の一匹を仕留める。
「おい! デカブツ! そっちは片付いたか!」
大声で呼びかける。
返事はない。
「……おい?」
嫌な汗が流れる。
「何をぐずぐずしている!」
視線を向ける。
そこには、槍を地面に突き立てたまま立つ彼の姿があった。
「ずいぶん時間が掛かったな。帰ったら鍛え直しだ。」
冗談混じりに声を掛ける。
だが――
返事はない。
「…………っ」
脳が理解を拒む。
怖い。
何だ、これは。
彼は微動だにしない。
ゆっくりと後ろへ回る。
そこには――
昨日見つけた死骸と同じ穴が空いていた。
首に手を当てる。
脈はない。
「おい……」
認めたくない。
認められるはずがない。
「勝手に逝くな……!」
胸が潰れそうになる。
今にも叫び出したくなる。
だが。
町に残ったあいつが危険かもしれない。
今、この感情に飲まれるわけにはいかない。
少なくとも今ではない。
きっと、こいつもそれを望まない。
だから――
「……すまない」
拳を握る。
「必ず戻る」
そう言い残し、私はその場を後にした。
◇◇◇
「ふむ。この結果は実に興味深いな」
男は愉快そうに笑う。
「人間どもの騎士とやらの力量を測るつもりだったが……」
「まさか私自ら手を下すことになるとはな」
口元が吊り上がる。
「実に素晴らしい」
本来の計画では、人間の領土ごとき二十匹の魔物で十分だった。
陽動として一群を配置し、残る群れを町へ流す。
騎士たちを分断し、一人になったところを更に追加戦力で仕留める。
それだけで終わるはずだった。
だが。
「あの女が厄介だったな」
想定以上に粘った。
想定以上に強かった。
だからこそ価値がある。
「だが構わん」
男は静かに笑う。
「実験は続けよう」
「奴らの習性を観察し、理解する」
「そうして勝利を、より確実なものにするのだ」
◇◇◇
読んでくれてありがとうございます!
次回も良かったら見てね!




