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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第一章 呪われた右腕

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第30話 覚醒の稲妻、黒鋼の閃光

 

 死の刃が彼女の命を刈り取らんと迫ったその時。


(死なせない。死なせないッ!! 今度は、僕が守るんだ……ッ!!)


 奥歯を砕けんばかりに噛み締め、僕は心の底から、自分の中に眠る「何か」に叫んでいた。


 ―― 動け。動け、動けェェェッ!!



 ドクンッ!!



 心臓が、耳元で鐘を突かれたような衝撃で跳ねる。  

 直後、右腕を焼き切るほどの「灼熱」が全身を駆け巡った。


 城門を破壊した時のような、制御不能の暴走じゃない。  

 右腕からあふれ出した膨大な力が、僕の意志に従い、熱い奔流となって全身を隅々まで駆け巡っていく。


「う、おおおおおおっ!!」


 僕は地面を蹴った。  

 しかし、地面を蹴った感触さえない。

 景色が後ろへと引き伸ばされ、自らの叫び声さえ置き去りにする。  


 間に合うかどうかなんて考えていない。

 ただ、あの鎌を弾くことだけを念じて、僕は右腕に渦巻く熱をすべて足に込めた。



 ガギィィィンッ!!



 鼓膜を突き刺すような金属音と同時に、鮮烈な赤い火花が散った。    


 ミレイユさんの首を刈り取る寸前の鎌を、僕の『黒鋼の剣』が正面から受け止めていた。


『なっ……!?』


 ガラの仮面が、驚愕に揺れる。


(このガキが、なぜここに……!?)


 それは、回避も防御も間に合わないはずの、冷徹な一閃。  

 誰も割り込めるはずのないその死角へ、僕は「走る」という概念を塗り替えるような速度で潜り込んでいた。


「手出しは……させないッ!」


 火花が散る至近距離で、僕はガラを睨みつけた。  

 その瞬間、僕の右腕にわずかに残っていた包帯が、内側から溢れ出す魔圧に耐えきれず塵となって消し飛んだ。


 僕の力に呼応し、黒鋼の剣が高鳴りを上げて激しく震える。  


 右腕から溢れ出す赤黒い稲妻は、刃を伝って凶悪な熱波となり、ガラの鎌から立ち昇る漆黒の霧を触れたそばから焼き尽くし、跡形もなく霧散させていった。

   

 それは魔力による防御などではない。  

 相手の存在そのものを塗りつぶし、拒絶するような――圧倒的な「王」の力だった。


『ば、馬鹿な……! 私の『魔力』が、これほど容易く……かき消されているというのか!?』


 ガラの驚愕を余所に、僕の右腕の熱量はさらに膨れ上がる。  

 刃を噛み合わせているガラの鎌が、「ギギギ……ッ!」と、僕の魔圧に耐えきれず、まるで悲鳴のようなきしみ声を上げた。


「……おおおおおっ!!」


 僕は食いしばった奥歯にさらに力を込め、溢れ出す魔力を無意識にせき止めていた心の堤防を、一気に決壊させた。  


 瞬間、行き場を求めて暴走する魔力が、右腕を通じて剣へと一気に流れ込む。

 僕はその爆発的な衝撃を、ガラの鎌と切り結ぶ一点へと叩きつけた。



 ドォォォォンッ!!



 鎌は弾け飛び、ガラ自身も地面を滑るように数メートル転がった。  


 土煙を上げながら這い上がり、奴は忌々しげに顔を上げる。


「……ッ、このガキがァッ!!」


 ガラは余裕をかなぐり捨てた怒号と共に、指を口に当てて鋭い口笛を吹く。  

 すると、ミレイユさんや師匠を襲っていた無数のカラスたちが、一斉に主のもとへと引き返した。


 バサバサと不吉な羽音が夜の空気を震わせる。  

 数百、数千ものカラスがガラの背後に集結し、巨大な『黒い渦』となって渦巻き始めた。


「喰い殺せ! その右腕ごと、一欠片も残さず、貪り食え!!」


 ガラの咆哮に応じ、黒い大群がひとかたまりの巨大な弾丸と化して、僕を目掛けて撃ち放たれた。  

 視界を埋め尽くす黒い弾丸が、僕の鼻先まで迫る。  


 だが、恐怖はない。


 目の前に迫る死の群れも、それを放ったガラも。  

 今の自分なら、間違いなくすべてを呑み込める。  


 根拠のない、けれど揺るぎない「確信」。


 しかし、そんな確信さえ、今の僕にとっては当たり前すぎて何も感じなかった。  

 勝利を確信する喜びも、安堵もない。


 ただただ、右腕が熱くて仕方なかった。


「……消えろ」


 僕は横一文字に、黒鋼の剣を振り抜いた。


 瞬間、視界を焼き切るような「赤黒い稲妻」が扇状に放たれた。


 右腕から溢れ出したマグマのような魔力が、幾筋もの凶悪な雷光となって大気を引き裂き、迫りくる黒い群れを正面から迎え撃つ。  



「 ドォォォォンッ!! 」 



 鼓膜を震わせる轟音と共に、稲妻に触れたカラスたちは、悲鳴を上げる暇さえなく一瞬で蒸発し、夜風に舞う灰へと変えられていく。


 空を埋め尽くしていた絶望が、赤黒い光の爆発によって、跡形もなく消し飛ばされた。


『…………なっ?』


 ガラが呆然と声を漏らす。  

 自身の最強の切り札が、剣のたった一振りで「無」に帰した。

 その現実が理解できず、彼は魂を抜かれた抜け殻のように立ち尽くしていた。


 だが、その隙を逃すような甘い男は、ここにはいない。


「よくやった、アレン!!」


 ――ヒュンッ!!


 空気を切り裂く、極細の銀光。  

 アレンの放った熱波の残光を切り裂き、師匠の全力の一撃がガラの仮面から喉元までを真っ向から駆け抜けた。  

 それは速すぎて、目視することすらできない。

 ただ一筋の銀色の線が、闇の中に引かれただけに見えた。


『カ、ハッ……?』


 ガラの動きが止まる。  

 一拍置いて、奴の白い仮面にピシリと、真っ赤な血の筋をなぞるように亀裂が入った。


『そん、な……。たかが人間に……この私が……』


 パリンッ。


 乾いた音を立てて仮面が砕け散り、その下から爬虫類のような醜悪な素顔が露わになる。  

 だが、その濁った瞳には、既に生気は宿っていない。


『ザディル様……申し訳、ございませ……。貴方様に……栄光あれ……ッ!!』


 ドサッ。  


 ガラの体は、糸が切れた操り人形のように崩れ落ち、そのままドロドロとした黒い霧となって夜の闇に溶けていく。  

 主を失ったカラスたちもまた、一斉に形を崩し、ただの腐った泥水となって地面に染み込んでいった。


「はぁ……はぁ……」


 鱗や鉤爪が肌に溶けるように消え、元の「人間の腕」へと戻っていく。


 あれほど僕を支配していた灼熱が嘘のように引き、代わりに耐えがたい疲労感がドッと押し寄せてきた。

 膝がガクガクと震え、視界がぐらりと揺れる。

 僕は『黒鋼の剣』を地面に深く突き立て、それを杖代わりに、どうにか倒れそうになる体を必死に支えた。


「アレン!!」


 真っ先に駆け寄ってきたのはミレイユさんだった。  

 彼女は僕の肩を掴むと、信じられないものを見るような、それでいて心の底から安堵したような複雑な表情で僕を見つめる。


「あんた……あのカラスを、一瞬で……」


「ミレイユ、さん……僕は……」


 なんと答えればいいのか分からず、無意識に右腕を背後に隠そうとした。  


 けれど、それを制するように、ゆっくりと歩み寄ってきた師匠の手が僕の肩に置かれた。


「よく踏ん張ったな、アレン」


 師匠の声は、いつになく穏やかだった。  

 その瞳には、恐怖も蔑みもない。


「……っ。はい、師匠……!」


 その言葉を聞いた瞬間、膝から力が抜けた。  

 崩れ落ちそうになる僕を、ミレイユさんが慌てて支えてくれる。

 彼女の手の温かさが、僕の右腕に残るかすかな熱を優しく上書きしていくようだった。


 だが、安心するのはまだ早かった。


「……ここで長居は無用じゃ」


 師匠が厳しい顔で森の奥を見据える。


「ガラは仕留めたが、奴が仲間に報せを送っていないとは限らん。……それに、この血の匂いだ。他の魔物が寄ってくる前に、ここを離れるぞ」


「だね。治療と休憩は、もう少し奥まで行ってからにしようか」


 僕たちは頷き合い、再び走り出した。  



 死神の鎌は砕かれ、悪夢のような夜は終わりを告げようとしていた。

 

 しかし、これで全てが解決したわけではない。


 むしろ、本当の試練はここから始まるのだ。    


 蒼白く染まり始めた空の下、僕たちは影となって森を抜ける。  


 頬を打つ冷たい風が、僕に「戦士」としての自覚を促していた。



 運命の歯車は、もう誰にも止められない速度で回り始めていた。





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