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【絶望から始まる英雄譚】呪われた右腕が輝く時、世界は彼を『王』と呼ぶ 〜半魔の少年、人間と魔族を繋ぐ英雄譚~  作者: 御影 零
第一章 呪われた右腕

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第28話 覇者の血脈、四天王の影

 

 森は不気味なほど静かで、虫の音ひとつ聞こえない。  


 ただ、肌にまとわりつくような、湿った殺気だけが漂っている。


「……!」


 僕は息を呑み、周囲を見渡した。    

 霧の向こう、立ち並ぶ木々のシルエットがどこかいびつに見えたからだ。  

 最初は、ただの枯れ枝だと思っていた。

 けれど、目を凝らしてよく見れば、それは枝などではない。


 カラスだ。  

 それも百や二百じゃない。

 数えきれないほどのカラスの群れが、身じろぎもせず、赤い瞳で僕たちを静かに見下ろしていた。


「カァ……」


 頭上で、一際大きな、しわがれた声が響いた。  

 霧に煙る枯れ木の頂点に、群れを率いるように止まっていた一羽。  


 その瞳が、血のように赤く濁って光った。


(……あれは)


 記憶がフラッシュバックする。  


 バルディアの街に入った日。

 時計塔の上から感じた、あの視線。  


「……ずっと、見ていたのか」


 僕の呟きに反応するように、カラスがゆらりと翼を広げた。


「カァ、カァ……! キシャァアアアッ!!」


 鳥の鳴き声が、ガラスを爪で引っ掻いたような不快な咆哮へと変わる。  


 次の瞬間、カラスの体がドロリと黒い液体のように溶け出した。

 骨が軋み、肉が膨れ上がる不快な音を立てながら、巨大な人の形を成していく。


「なっ……魔物!?」


 ミレイユさんが叫び、大剣を構えて飛び退く。  

 黒い影は霧を吸い込み、音もなく地面に降り立った。  

 漆黒のマントを目深に被った、長身の怪人。  


 その顔は、鳥のくちばしを模した白い仮面で隠されている。


『ようやく、邪魔な羽虫がいなくなったな』


 仮面の奥から、冷徹な声が響く。


『……こんな極上の獲物を、あんな雑魚共に横取りされるわけにはいかんのでな』


「貴様、何者だ」


 師匠が僕を庇うように前に出て、剣を突きつける。  

 怪人はクックッと笑い、大仰に一礼してみせた。


『いいだろう。冥土の土産に教えてやる』


 怪人は仮面の奥の瞳を細め、恍惚とした声で名乗りを上げた。


『我が名はガラ。偉大なる魔王様が直属、四天王ザディル様の忠実なる下僕しもべだ』


「――ッ!?」


 その名がガラの口から漏れた瞬間、師匠の顔が驚愕に歪んだ。  

 剣を構えるその指が、怒りと衝撃で白くなるほど強く柄を握りしめている。


「……ザディル、だと……? あの裏切り者が、今は四天王などとふんぞり返っておるのか……!」


 絞り出すような師匠の声には、僕がこれまで一度も聞いたことがないほどの、深い憎悪が混じっていた。  

 いつも冷静な師匠が、その名前を聞いただけで自分を制御できなくなるほどの怒りに燃えている。


『ククク……ほう、我が主の名にこれほどの反応を見せるとは。さては貴様、あの夜に消えた『生き残り』か?』


 ガラはゆらりと、重力を無視したような動きで地面へと舞い降りた。  

 その赤い瞳が、僕の右腕を……いや、僕の存在そのものを舐めるように凝視する。


『元々は、バルディアを監視するだけの退屈な任務だった。だが……思いがけず、それ以上の「宝」を見つけてしまったよ』


 怪人の赤い瞳が、ギラリと歪んだ歓喜に細められる。


『あの城門での一撃……特等席で見せてもらったよ。闇を切り裂いたあの赤黒き稲妻、間違えようもない。かつての「覇者」が、その血脈のみに宿した最強の証だ』


 ガラは鳥のくちばしを模した白い仮面を不気味に傾け、獲物を値踏みするように一歩、前へ踏み出した。


『……小童、貴様がそうなのか? あの夜、ザディル様が仕損じた「忌まわしき忘れ形見」は!』


「……っ!? 何のことだ……!?」


 覇者? 忘れ形見? こいつは一体、何を言っているんだ。  

 わけのわからない言葉に混乱する僕の前に、師匠が立ちはだかる。

 その背中は、かつてないほどの殺気に満ちていた。


『ククク、運命とは皮肉なものだ。根絶やしにされるべき「血」が、こんな辺境で生き延びていようとはな! 小童、貴様は生け捕りだ。ザディル様へのこれ以上ない献上品にしてやろう』


 ガラがそう宣言した直後だった。  

 周囲の枝に止まっていたカラスたちが、一斉に不吉な鳴き声を上げ、ガラの手元へと渦を巻くように集まり始めた。


「バササササッ……!」


 数十羽のカラスが黒い塊となり、いびつに変形していく。  

 やがて、その塊は一本の長大な柄と、月明かりを鈍く反射する巨大な刃へと姿を変えた。


 それは、死神が持つような、禍々しい漆黒の大鎌だった。


『ザディル様もさぞお喜びになる。……安心しろ、邪魔な人間どもはここで肉片に変えてから、ゆっくりと連れて行ってやるからな!』


 ガラは大鎌の切っ先を、ゆらりと僕に突きつけ、狂気に満ちた声を上げた。


 怪人がマントを翻すと、その影から無数の黒いカラスたちが、弾丸のように飛び出してきた。



「来るぞ! 構えろッ!!」




 師匠の怒号と共に、僕たちの逃亡劇は、唐突に「死闘」へと変わった。






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