第16話 切り札の代償と、鋭い赤の視線
突き出された水晶が、淡い青光を放ちながら僕の瞳を射抜く。
師匠の顔色が、目に見えてサッと変わった。
(嘘だろ……!?)
背中を一気に冷たい汗が流れ落ちていく。
聞いてない。こんな検査があるなんて。
僕が「普通の人間」じゃないことは、疼くこの右腕が証明している。
もしこの水晶が、僕の中に眠る『魔族』の反応を示してしまったら――その瞬間に、僕はここで「人類の敵」として処刑される。
「どうした? やましい事がないなら触れるはずだろ」
僕が金縛りにあったように動けずにいると、兵士が怪しむように目を細め、腰の剣に手をかけた。
「おい、お前。そのフードをとれ。顔を見せろ」
「あ、いえ……その……」
「聞こえんのか。取れと言っているんだ」
兵士が一歩踏み出し、水晶を持ったまま僕のフードに手を伸ばしてくる。
逃げ場はない。
隣でミレイユさんが何かを言いかけ、身構える気配がした。
けれど、それよりも早く、兵士の無機質な指先が僕のフードへと迫る。
(――終わった)
最悪の結末を覚悟し、僕が絶望してギュッと目を閉じた、その時だった。
「ええい、無礼者めがッ!!」
鼓膜を震わせるほどの怒声。
それと同時に、僕の視界を塞ごうとしていた兵士の腕が、力強い一撃によってバシィッ! と弾き飛ばされた。
「ああん!? なにしやがる爺さん! 衛兵に逆らって、タダで済むと思ってんのか!」
怒鳴り散らす兵士。
しかし、師匠は一歩も引かなかった。
それどころか、相手を射殺さんばかりの鋭い眼光で、逆に兵士を気圧してみせる。
「やかましい、たわけ者が!」
師匠は懐から、色褪せた紐のついた古びた黒鉄の認識票を取り出した。
それを兵士の鼻先に、叩きつけるように突きつける。
「控えよ! わしはかつて王都の西門守備隊で分隊長を務めておった、ガルド・アイゼンじゃ! ……同業者なら、このタグが何を意味するか分からぬわけではあるまい?」
「っ!? 王都守備隊の……分隊長……!?」
兵士の顔色が、見る間に土気色へと変わった。
彼は突き出された認識票を、食い入るように凝視する。
それは長年の戦いと年月で至る所が擦り切れていたが、その中央には確かに、王都正規兵のみに与えられる「偽造不能な獅子の刻印」が深く刻まれていた。
「この坊主は、わしの身内だ。……この老いぼれの身元保証では、不服か?」
「い、いえ……! 王都の守備隊におられた大先輩の言葉とあれば……! 非礼の数々、大変失礼いたしました!」
兵士は慌てて姿勢を正すと、直立不動の敬礼を送り、道を開けた。
心臓の音がうるさい。
僕たちはなんとか、首の皮一枚で……最悪の関門を突破することに成功したのだ。
「はぁぁ……死ぬかと思った……」
巨大な城門を通り抜け、大通りの喧騒から外れた人気のない路地に入ったところで、僕はその場にヘナヘナとしゃがみ込んだ。
全身から力が抜け、膝の震えが止まらない。
「……随分と手荒な真似をしたねぇ、爺さん」
背後から、ミレイユさんがニヤニヤしながら歩いてきた。
「さっきの『王都守備隊』ってのはハッタリかい? それともマジ?」
「あっ!?」
そこでようやく、僕は顔を上げた。
「そ、そうだよ師匠! 王都の守備隊って言ったら、国の心臓部を守る人たちのことじゃないか! 師匠、そんなすごい所にいたの!?」
「……大昔の話じゃ。今はただの老いぼれよ」
師匠は自嘲気味に鼻を鳴らすと、認識票を懐にしまいながら小さく溜め息をついた。
その横顔には、誇りよりもむしろ、過去を引っ張り出さざるを得なかった苦々しさが滲んでいる。
「……本当は、使うつもりはなかったんじゃがな」
その言葉に、ミレイユさんが口元を歪めた。
「へぇ。……大事な『切り札』を使ってまで、あの検査を避けたかったってわけかい?」
「ッ……」
僕の心臓が、今日何度目かの上限を超えて跳ね上がった。




