罠 5
一方コースケとナオヤは一般人の避難とゾンビの対処に追われていた。
「早くこっちに!」
「きゃああああ!!!」
ある女性が転倒してしまった。
コースケは広範囲に及ぶ人の脳波を拾いながらその視界を確認し、それぞれの脳に避難の命令を出していた。
ただし同時に複数の人を操作するのはとてつもなく脳に負荷がかかる為、その精度を維持することは簡単ではなかった。
またコースケ自身が倒れてしまう可能性も多いにあった。
「あ……やば」
コースケは重そうな瞼を何としても閉じまいと踏ん張っていた。
目の前では転倒した女性がゾンビに迫られている。
女性はパニックで立ち上がれず、ゆっくりとゾンビは距離を縮めていく。
ナオヤはもう何も考えることはせず、ゾンビに向かってただ突っ込んでいった。
ゾンビに体当りし、少し体勢が崩れた。
「早く逃げて!」
「あ……うぅ」
言葉も上手く発せなかった女性だったが、首だけで軽く会釈をすると即座に出口へ走っていった。
心に貼り付いた劣等感が、ナオヤの動きを強張らせていた。
体勢を崩したゾンビはナオヤに襲いかかろうとしていた。
(一体俺に何ができるんだよ)
「ナオヤ……後ろ……」
コースケが何か言っているが、よく聞き取れなかったナオヤは眺めるようにコースケの方を見る。
ゾンビが手を振りかざす瞬間、ゾンビの胸部あたりを赤い何かが貫いた。
その貫く瞬間の打撃音と臓器やら液体が落ちていく音でナオヤは後ろを振り返った。
「あ…………」
赤い何かはシュルシュルとどこかに戻っていく。
その先には階段の上からこちらを見ているリクとシュウがいた。
「おーい大丈夫かよ?」
「大丈夫、結果的には……」
「おーい、おーい?」
リクの方にはナオヤの声は届いていなかったようだった。
「にしてもここはすげえ量だな。ほぼゾンビじゃねえかよ」
その触手を四方八方に伸ばし、次、また次とゾンビを串刺しにしていく。
コースケとナオヤがなんとかしのいでいたものを、リク一人がほんの数秒で倒した。
「あ、ありがとう」
「おう。遅くなって悪い。ケガとか大丈夫か?」
「俺は大丈夫……コースケがちょっとしんどそう」
ゾンビがいなくなってコースケは力を解除した。
どっと負荷がまとめて脳の一点に集中し、重りのようにずっしりとのしかかり、それが骨を伝って響いてくるような感覚。
コースケは全身の力が抜け、その重みに任せて床に倒れた。
「もう無理」
「マジでコースケもナオヤもお疲れ。一旦ちょっと外の様子見てくるわ」
レイ1人に外を任せていたので、リクは一旦落ち着いた区民センターを出た。
さっきよりゾンビは減っていたが中々に数が多かったようで、残りの数体を倒して終わりといったところだった。
流石のレイもかなり疲れが出てきており、駆けつけて来た時よりも動きが鈍くなっていた。
リクは目に見える範囲の残りのゾンビをまとめて串刺しにし、血で分厚い板を2枚作るとそのゾンビたちをプレスした。
大量の紫色の血が溢れ出し、カラカラに脱水された肉は薄く固まってそのままアスファルトに同化した。
「お疲れ」
「チッ、私一人に任せるとか……」
「そっちがいいって言ったんだろ」
「言ってない」
「いや言いました」
「いいとは言ってない!」
「確かにいいとは言ってなかったかもな。あっそ、じゃあ行けばって言いました」
「チッ」
リクはケラケラ笑うと再び区民センターに戻った。
「上に感染してない人待たせてるから、呼んでくるわ」
さっきの大ホールへと向かい、残りの3人は出入り口付近で横になった。
(俺に何ができるんだ?透明になって、身体が物すり抜けるって……マジ使えねえ……)
(疲れた……もう何もしたくない……頭痛い……)
(あぁー、手首バッキバキに折られたわ。あれ、でもちょっと治ってきてるな?神すぎ)
少し時間が経つとリクの声と多くの足音が聞こえてくる。
その足音に混じって感謝の声や悲惨な区民センター内の光景にあれこれ言う人もいた。
「気をつけて帰ってください」
「ほんとにありがとう」
「おかげで助かったよ」
「ワクチンとかいらないのか。騙されてたのか?」
「なんでこんなことに?」
リクはただ貼り付けた笑顔で送り届けることしかできなかった。
「とりあえず一件落着か?マジでダルかったな」
「一件落着じゃないわよ。何体か逃げていったわ。もう感染は止められないでしょうね」
「逃がしたのお前だろ」
「さっきから何なの?」
疲弊してもう立てないレイだが、その周囲には冷気が渦巻いていた。
少しビビったリクはわざとらしくも頭を下げ、とりあえず謝罪をした。
自分たちが歩いて来た方の道から、見覚えのある人がこちらを見て走ってくる。
「ハァ、こんなところにいたのか。ずっと電話してたのに出ないもんだから探したぞ」
髪がボサボサのトキマサだった。
「電話どころじゃなかったんですけど。てか脳波レーダーみたいなやつで場所分かるんじゃないんですか」
「それが変なんだ。急に反応が出たから向かったら、君たちの反応じゃなかったんだ。故障はありえないはずだが、確かに君たちの反応が出ていたんだ……」
リクは妙な胸騒ぎを覚えた。
自分たちのスマホも何か様子がおかしい。
トキマサの機械も様子がおかしい。
「どうやってここ分かったんですか?」
「反応に向かっていたら反応が消えて、また反応が出たと思ったらここを指していた。今度は本物の反応だったんだ」
レイは何を言っているかよく分かっておらず、後ろにいた先輩女子は高校生らしくこの状況でもスマホに釘付けだった。
リクは先輩女子を指さしてトキマサに言った。
「そこの人がワクチン接種の事とか教えてくれたんです。ネットで画像とか色々見せてくれたんすけど、俺らのスマホでは検索かけても出ませんでした」
「ん?それがどうしたんだ?」
「俺らと博士だけスマホとかレーダーとか機械がおかしくなってるとしか思えない。そういう能力者がもしいたとしたら全部説明つきません?」
トキマサはハッとした。
駅でのゾンビ事件のニュース、テレビでビジネス街を破壊するシュウたち4人の映像……全てメディア、インターネットに関する情報。
そして今のネット検索、レーダーの誤作動。
機械端末とその情報がおかしくなっているのは確かに偶然とは言いにくい。
「そうだよ」
先輩女子はスマホを仕舞うとゆっくりと立ち上がった。
「気づくのおっそ。てかわざわざ守ってくれてありがとね」
口元は不気味に笑いながら目は死んでいる。
「は?」
「え?」
「な……?」
外の空気は一瞬にして凍りついた。




