罠 1
「とりあえず出て来たけど、どうすっか」
学校にいた謎の男、ナオヤにはなぜか見覚えがあったがはっきりとどこで見たのか思い出せずにいた。
「ナオヤ、あいつ知ってるの?」
コースケに即座に頭を読まれると、小さく首を縦に振った。
「でもどこで見たのか思い出せない」
4人は家とは逆の方向に歩いていく。
「多分ウイルスをばら撒きに来た手下とかだろ。たまたま俺らの学校だったとは思えねーよな。顔バレしてるし特定されたと見て間違いなさそう」
「てなるとやっぱ3週間てのは絶対じゃないのかよ……」
もう全国にばら撒かれ始めているのかもしれない。
でも、どうすればいいのか、何もわからない。
沈黙が続き、足音だけが前に進んでいく。
そして4人は開けた通りに出た。
横断歩道に制服を着た人が立っている。
「あれうちの制服だよな?誰だろ」
少し近づくと顔が見えたが、知らない人だったので恐らく学年が違うのだろう。
4人のほうを向くと軽い会釈をした。
「こんにちは。学校は行かないの?」
どの口が言っているのか、と4人は思わずにはいられなかったが、黙って目線を反らした。
「ねえ、ちょっと一緒に歩かない?」
唐突な誘いに戸惑ったが、少しドキドキを隠せなかった4人は顔を見合わせて頷いた。
何せその生徒はそこそこ美人な女子だったのだ。
5人で横並びに歩くことになった。
1対4で少し隙間が空いていたが、それはまあそういう年頃ということで仕方がない。
「あの……先輩ですよね。どうして学校行かないんですか?」
リクが恐る恐る聞いた。
「えー、なんか学級閉鎖?らしくて。何かよく分からないんだけど、病気か何か流行ってるんだって。うちの学年は皆そうだったけど、1年生は違ったの?」
(学級閉鎖?病気?流行る?)
「そうですね、何も聞かされてなくて。他の生徒もいたので普通に学校だと思ってたんですけど……」
「けど?」
(シュウが派手に何人か殺したんだよな。教室は血まみれで他の生徒がパニクってやべー、って出て来ましたとか言えるわけなくて……)
「まああれですよ、急遽帰って良くなったんです。やっぱり学級閉鎖だってことで」
「あーやっぱりそうだったんだー」
気づくと見慣れないところを歩いていた。
まだ歩き始めてからそんなに経ってはいないが、滅多に来るような場所ではない。
「ところで、どこに向かって歩いてるとか、あります?」
シュウがリクに代わる。
「うん、ネットで調べたらワクチンが出来てるっぽくて、誰でも無料で打てるんだって。急に病気流行るとか怖いじゃん?だから行こうかなと思って」
先輩の女子はスマホの画面を見せながらこう行った。
「ほら、3日前からやってるらしいよ?私も今日知ったんだけどね。結構副作用とかないらしいし、皆打ってるっぽいんだよねー」
「えっ」
「え?」
「へ?」
「は?」
再び顔を見合わせる4人。
そこまで大きなニュースになっていた記憶はない。
それならば大々的にテレビで放送されるはず。
3日前なら尚更のことだ。
それなのに4人の誰一人として気づけなかった。
ナオヤが先輩女子に警告する。
「よく分からない事には関わらないほうがいいと思います。まだ3日です。これからも副作用が出てこないとは言い切れません。家でじっとしているのがいいかと思われますが」
「でも私のお父さんとお母さんも今日打つってメール来たし、私も打とうと思ってるんだけど……」
(どう説明すればいいんだよこれ)
「家族はもう打ったんですか?」
「いや、まだだと思うけど……」
「それならやめておけとメールしておいてください。理由は説明できないですが、信じてください」
先輩女子は黙り込んだ。
スマホで何か文字を打ち始めたかと思うと、またスマホを見せてきた。
今度はかなりグロテスクな画像だった。
「今流行ってる病気だって。どうやって感染するかも分かってないし、こんなふうに死ぬヤバい病気なんだって。怖くない?」
4人は一瞬でゾンビウイルスのことだと分かった。
学級閉鎖と聞いた瞬間に分かってはいたが、ぐちゃぐちゃになった緑と紫の変死体を見て、その画像のモノが自分たちが殺したゾンビだと分かった。
「区民センターはもうちょっと歩けば着くし、やっぱり打っておきたいかな。あなたたちも打っておいて損はないと思うよ?」
言う事を聞いてくれる気配はほとんどなかった。
4人を置いて先輩女子は先に行ってワクチンを打つ、とやはりそう言って聞かない。
「コースケ。操って止められないのかよ」
「なんか、怖い」
コースケは同時に違和感を拭えずにいた。
自分たちが街を破壊したとデマのニュースはテレビで流れ、このワクチンのニュースはネットだけで広がっている。
そしてさっきのゾンビの画像。
自分たちが殺したものを、病気の症状だとデマを流し、ワクチン注射を促している。
「もう手遅れだよ……多分」
コースケは下を向いてボソッとそう言った。
4人はスマホを取り出し、ワクチンやゾンビの事について調べたが、さっきの画像も、ワクチンの事も何も検索でヒットしない。
「どうなってんだよ、俺らのスマホがピンポイントで壊れてんのか?」
「こんなことあるの?」
緊張か恐怖か、コースケは手が震え出した。
頭に膨大な声が入ってくる。
そして激しい頭痛を伴う。
「大丈夫か?!また頭痛いのか?」
その場でうずくまるコースケは喉の奥でがなるようなうめき声を上げている。
雑音に紛れて甲高い声が聞こえてくる。
悲鳴のような、金属が擦れる音のような、鼓膜に響く高い音が脳を突き刺す。
「区民センターの方……何か、おかしい」
少し小さく見えていた先輩女子のさらに向こうに、様子のおかしい人が数人、こちら側に向かって歩いてきているのが見える。
それを見てシュウ、リク、ナオヤは現実を受け入れたくない怠惰な感情に襲われる。
何よりも恐れていた、本当の悪夢の始まりである。




