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「お前ら2人は他の人助けに行け。ここは何とかする」
リクが前に歩み出た。
その足は少し揺れているかと思うと、時折痙攣のようにピクリと目に見えてカクつく。
「大丈夫かよ。震えてんぞ」
「ちょっとナオヤ。俺らはこういう時足手まといなんだから、今できることやろうよ」
ゲームでいうところの火力担当はシュウとリクだ。
コースケとナオヤはサポート担当にあたる。
コースケの神経焼きやマインドコントロールはゾンビには通用しないし、ナオヤは物をすり抜けるか透明になるか、その力を触れた物に一時的に移すか、それしかできない。
「後でシュウも来てくれるはずだし、とりあえず時間を稼がねえと。だから早く行けよ」
背を向けたままリクは震えた声で突き放すように言うと、手を前で構えた。
(もしやられたら、俺もゾンビになんのかな……)
恐怖と不安で勝手に顎も震え、歯がカチカチと高速で当たるのが情けなくて、消えたい気持ちだけが積もっていく。
(前こんな気持ちにならなかったのに……なんで今こんなに怖いんだ)
フッと強く息を吐いたリクは頬を勢いよく叩くと、その真っ赤に腫れた顔でゾンビを睨みつけた。
「なるべく早く避難させてすぐ戻る」
「お互い頑張ろう」
そう行ってコースケとナオヤは急いで駅のホームの奥へと走っていった。
少し静けさに包まれた空気には得体の知れない液体がゾンビから漏れていく音とゾンビの唸り声、そしてリクの呼吸音と心音だけだった。
「ゥアァァァ……」
「気持ち悪いなぁ!」
リクは右手を振りかぶって相手の顔面の真横に拳をぶち込む。
それは見事に狙い通り入ったのだが、その顔面はピクリとも動かなかった。
「は……?!いっつ、かってぇ?!」
「ア゙ァ゙ア゙ア゙ァ゙!!!!!」
すぐさまゾンビはそのリクの手首を掴み、ボールを投げるかのように放り投げた。
リクは駅のホームに設置されている椅子の手掛けの角が背中に刺さり、反動で反り返った頭が背もたれの角に直撃した。
「が、ぁッ」
背骨と頭蓋骨にヒビが入ったか、割れたのか、違和感が残る。
中の臓器やらがズレた骨に触れている感覚があった。
椅子は衝撃で足の部分のネジが折れ、リクがぶつかった箇所は少しひしゃげて赤く染まっている。
リクは過呼吸かのように大げさに口を開け、わざとうるさく呼吸をし始めた。
割れた頭蓋骨が内側に刺さると後頭部に鋭い痛みが走り、意識が朦朧としてくる。
「ハァ、ハァ……ぅあ」
衝撃で肺に穴でも空いてしまったのか、呼吸をしてるはずなのに全く力が出なくなっていく。
ゆっくりと近寄ってくるゾンビを見上げながら横たわることしかできなかったリクは無力感に打ちのめされた。
(また――)
「イタ、イタ……イ、タイ……」
「ハァ、ッがぁ」
(――前みたいに何も出来ずにただやられるだけなのか)
そこにひと通り地上の人を避難させたシュウが慌てて戻ってくる。
「リク!大丈夫なのか?!」
「っあ、あ、あぁ……」
(言葉が出ない……喋れない?意識はあるのに)
シュウは拳を握りしめ、近づくゾンビ2体の腹に爆速パンチを食らわせるも、リクから少し離れる程度でそこまで効いていない様子だった。
(え、倒せない?前ワンパンでいけたのに?)
再びシュウは数百発の殴り蹴りをがむしゃらに打ち込むが、少しよろめくか液体が飛び散る程度で決定打にはほど遠い。
(こんな堅かった、っけ……まるで効かない……)
ゾンビの俊敏な動きには対応し、攻撃は全て余裕を待ってかわせるが肝心の攻撃が全く効かないとなると打つ手がない。
「これできんのかな……」
シュウは手を高速で擦り合わせ、両手に帯電させるとそのままゾンビをひっぱたいてみる。
2体のゾンビは筋肉が萎縮し、その場で固まった。
(効いたか?でも倒せてねえよな)
そしてほんの数秒後にまたゆっくりと動き出すゾンビを前に、シュウはもう成す術がなかった。
そこからはひたすら力技で乗り越えようとしたが、やはり効かない。
「何でだよ、何でだよ!!」
再び顔面に拳が入ると、シュウのスピードは緩まり、そこでゾンビはすかさずシュウの手首を掴んだ。
(あ)
焦って抜け出そうとするが、その力は凄まじく、もがけばもがくほど手が引きちぎれそうになり、またスピードを緩めてしまえばこのまま手首を握りつぶされるか、投げ飛ばされグチャグチャにされるか、あるいは体を引き裂かれるか……
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい殺される)
一連の流れをリクは横たわりながら見ていた。
(――マズい。このままだとシュウが殺られる)
目玉を動かしてホームの奥の方を見ると、こちらに走って向かっているコースケとナオヤが見える。
リクは自分の考えに賭け、ナオヤに血液の蔓を伸ばし、そのまま引っ張ってシュウのところに運ぶ。
ナオヤは目にも止まらぬ速さでもがくシュウを見てリクの考えを察すると、後ろからシュウに軽く触れた。
瞬間にシュウはもがいた反動で後ろに吹き飛んだ。
「な?!」
「良かった。間に合ったな」
ナオヤのすり抜けをシュウに伝達させることでシュウは一命を取り留めた。
そしてこちら側のホームの人々の避難を終えたコースケとナオヤが加わった。
「「ァ゙ア゙ア゙ァ゙ア゙ア゙!!!」」
ゾンビの片方はシュウに、そしてもう片方はナオヤに飛び掛かろうとしていた。
シュウは横に一回転してそれを避け、ナオヤは常時すり抜けで事なきを得たが、今のゾンビにはある程度の知能が備わっているらしい。
ナオヤに飛び掛かったゾンビの狙いはその後ろに倒れていたリクだった。
ナオヤがすり抜けられるのを見たゾンビは攻撃が無意味な事が分かっていたのだ。
リクを軽々と片手で頭上に持ち上げると、それを両手でガッチリ掴み、腰のところで真っ二つに引きちぎった。
「は?」
「え――」
「なっ……」
溢れんばかりの血と臓器が辺りに撒き散らされ、それは床を赤く染め上げた。
ゾンビは両手に持ったリクを逆方面に投げ飛ばすと、一直線に上半身と下半身がまるで長い駅のホームに沿うように飛んでいった。
少しリクが小さく見えるようになったところでドチュッと床に落ちた音が聞こえると、ゾンビはまた空気を揺さぶるほどの唸り声を上げた。




