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29話 懐かしいもの

 陽の光が窓から差し込み、眩しさで緋夜は目を覚ました。のっそりと体を起こし、半ば夢の中のような状態でなんとか着替えを済ませると魔法を解除した。


「起きたか」

「……ガイ……おはよ……」

「ああ。眠そうだな」

「ねむい……」

「ったく。寝ぼけて階段でこけんなよ」

「……それは大丈夫」


緋夜は微妙にふらつきながらも宿の食堂へと歩きだし、ガイがその後ろに続いた。寝ぼけて転ばないための配慮だろう。単純に面倒なだけかもしれないが。


朝食を食べているといきなり宿の扉が開き警吏の服を着た男が入ってきた。


「警吏? なんでここに」

「さあな」


そんな疑問を抱いている間も警吏の男は女将の方へ歩いて行った。何やら険しい顔つきで話している。不思議に思いつつも食事を進めた。


「今日はどうするつもりだ。なんか依頼でも受けんのか?」

「どうしようね……今日は観光でもしようかな。折角だから見て回りたい。なんか面白いものあるかもしれないから」

「まあ確かにな。折角ここにきたんだ。見てかねえと損だろ」

「ガイはどうすんの?」

「なんか適当に依頼でも受けるわ」

「分かった」

「なんかあったら呼べよ」

「そんなしょっちゅう起こんないでしょ」

「一応用心しとけ。変な連中に目つけられても知らねえぞ」

「大丈夫。その時は楽しく遊ぶから」

「……やり過ぎんなよ」

「大丈夫! ギルドカード剥奪されるような真似はしないから」

「そうじゃね……いやお前に言うだけ無駄か。とりあえず気をつけとけよ」

「はーい」


緋夜には意味がないと分かりつつもガイは忠告を促した。本日は久しぶりの別行動だ。心配になるのも無理はないだろう。



      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



 支度を終え、宿を出た緋夜はクリサンセマムの町を散策している。雰囲気は渋谷や原宿に近くほんの少しばかり懐かしく思う。

特になんのあたりもなく歩いていると一軒のお店に緋夜は目を見張った。


「嘘…………」


緋夜は惹かれるままに店に入って行くとそこには、多くのガラス細工が売られていた。


「……どうしてガラス細工のお店なんてあるんでしょう? しかも……」


緋夜はガラス細工の並んである棚の一角に近づく。


「江戸切子や薩摩切子まである……何故?」


頭の中にハテナマークを浮かべていると、店主が近づいてきた。


「お客さん、それは遠い東の国から入ってきたものだよ」

「遠い東の国、ですか?」

「おう! 確か……オウカ国っていう国だったかな」

「オウカ国?」

「サクラが紋章になっている国だよ。その国は島国ゆえの独特な文化が栄えてるって話だぜ」


その言葉に緋夜は心が踊った。サクラが紋章の島国で独特の文化が栄えている切子のある国、というのは緋夜からすれば非常に馴染み深いものがある。


(なんか日本みたいな印象のある国だな。この世界に召喚された人間が関わっている可能性はあるよね。日本でガラス細工が本格的に発展したのって確か江戸時代だったはずだから)


この世界にも故郷と同じ文化があるかもしれないという期待に緋夜の心は震えて行く。


(いつか絶対にオウカ国に行く! 絶対行く! 何がなんでも行く!)


決意に燃える瞳で目の前の薩摩切子を眺めていると、それを見た店主が静かに声をかけた。


「あー……お客さん? その、そんなに気に入ったんなら一個持ってくか?」

「はい、買います! いくらですか!?」

「…………えーっと、どれを持っていく?」

「とりあえずこれを。いくらです?」

「銀貨三十枚」

「はい」


緋夜はなんの躊躇いもなくお金を払い、ひどく上機嫌でガラス細工の店を後にした。そのあまりのウキウキ顔に店主がやや引いていたことを緋夜は知らない。


(まさかこの世界で切子を買えるとは思わなかった~探せばもっと見つかるかもしれない。こけしとか織物とか人形とか、他にも何か……)


ガラス細工を見つけたことで思考がすっかりハイになった緋夜。こうなってしまうと何か衝撃があるまで一切周りが見えなくなる。緋夜のこの悪癖は家族や友人からよく咎められていた。この悪癖のせいでうっかり事故に遭いかけたこともある。にも関わらずこの癖は今だ直ることはなくそのまま定着してしまっているのだ。


ドンッ!


「! うわっ」


 誰かと正面からぶつかりようやく戻った緋夜は倒れる寸前で止まり、転ぶことはなかった。


「あっぶな……っと、すみません。考え事をしていたために。お怪我はありませんか?」


完全に緋夜が悪いのでぶつかった相手に謝罪をした。一礼してから顔を上げるととても冷たい雰囲気の男性が立っていた。四十路前半といったくらいだろうが、顔立ちは整っている。明るい茶髪にピンク色の目だがどことなく誰かに似ている。


(……あ、もしかしてこの人)


「問題ない。気をつけろ」

「はい。大変失礼しました」


特にこれといった反応を示すこともなくさっさと歩き出して人混みに消えた男性を見ながら緋夜も歩き出した。


(あの人、セレナのお父さんだよね絶対。今度セレナに会ったら聞いてみよう)


 楽しみが増えたことに更に喜びが増し緋夜は上機嫌で懐かしいもの探しを再開させた。


「まあ、いくらなんでもそんな簡単に見つかるわけはないか。色々なところ回って地道に見つけて行くのも楽しそ……う……?」


それとなく歩いていると、髪飾りを売っている露店を見つけ、陳列されているものに目を輝かせた。


「すみません」

「あら、いらっしゃいませ」

「あの、この髪飾りって……」

「あ、興味ありますか? これはカンザシというオウカ国の髪飾りなんですよ。綺麗でしょう?」

「はい」


(うわ~い! まさかの簪発見! 切子が売っていたからもしやと思っていたけど……意外とあるもんだな~)


一つ一つ見ていくと、一際目を惹く簪があった。


「その簪気に入りました?」

「はい、その……見たことのない花ですね」

「これはトコシエという花で、神を愛した人間の女性が亡くなった時、その女性が神と初めて出会った場所に咲いていた、という伝説があるそうで、オウカ国では恋人と永遠の愛を誓う花として扱われているそうですよ」

「へえ……」


(トコシエ……ねえ)


「この簪ください」

「はい、お買い上げありがとうございます」


緋夜はトコシエの花があしらわれた簪を購入し、露店を後にした。


「トコシエって確か永遠って意味だったよね。神に恋した女性……か。引っかかるのはなんでだろう」


そう言って緋夜はほんの少しのトゲを感じながら宿へと続く道を歩き出した。



      ♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



 宿に戻ると、ガイが既に部屋に居り剣の手入れをしていた。


「ただいま」

「おう、……なんかツヤツヤしてんな……お前。なんかあったのか?」


「そうそう。町を歩いていた元いた世界と同じ物があってさ。つい嬉しくなった」

「元の世界と同じもんだと」

「うん。薩摩切子」

「サツマキリコ?」

「えっと私の故郷のある地域で作られているガラス細工だよ」

「へえ、そんなんあんのか」

「見つけた時はびっくりしたけどね。折角だし元の世界と同じ物がないか探してたんだ。これからも探すつもりではあるけど」

「それはよかったな」

「うん。来てよかった~ガイの方はどうだった?」

「俺は……ん?」

「……?」


二人は会話をやめ、窓の外に視線を向けた。何やらひどく騒がしくなっている。


「何?」

「喧嘩……じゃねえな」


 緋夜が窓を開けると騒動の中心人物であろう人間と目が合った。そして……


「伏せろっ!!!」

「……クッ!」


 ガイの叫びと同時に窓の前で何かが破裂した――

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