リプロ 1
目を閉じても闇は明るい。
そのかすかな光が、世界が動いていることをつきつけ、彼を焦らせていた。
明滅、進行。影に身をひそめながら考える、俺はいつまでこうしている?
確かな現実として時間が減っていく。せめて境界が見えてくれれば、と彼は片手を握りしめた。震える膝の上で銃がかたむいた。
パーシバルに同情したらしい作業員は、一日かけて仲間から話を集めてくれた。
受けとった情報が現場のまわりに迷路を作りあげる。パーシバルはいくつかの夜をその中でさまよい、今、出口にむけた最後の道を歩いていた。
あまりに考えつづけたせいだろうか。明け方に冷える町を急いでいると、街灯の陰から聞こえるはずのない声がした。
「その銃は空腹か、リプロダクション?」
満腹です、と答えながら、これも軍の流行り言葉だったとパーシバルは思い出す。小銃をかかえた兵士のおぼろげな姿が身じろぎし、笑った。
「準備万端だな。お前たちはまったくタフで忠実だよ……」
われわれはそのように造られています。
「ああ器用ではない、群れの一羽でないかぎりは。探偵の真似ごとには苦労するだろう、なぜそこまで必死になる?」
俺は依頼をこなしているだけです。
「そう信じようとしている。完全な機械なら迷いもないだろうに、シンレッドも奇妙なものを生み出したものだ」
シンレッドカンパニー。
故郷である企業。
二度と会うことのない親の記憶は、煌々とした白いライトと、丁寧につきはなす流水のような言葉に集約された。
「動作チェック完了、オールクリアー。IDが付与されました。即時訓練を開始します」
「補修完了、動作チェック完了、オールクリアー。次の任地が決定しました」
「ID確認、メンテナンスを受けつけました。表示されたブースへ移動してください……」
足を進めると過去は消え、アナウンスは「1300号室へ移動してください」と変わった。
そう変化させたのが製造上の意図された行動原則なのか、習慣なのか、それとも自分であるのか、パーシバルにはわからなかった。
まだ朝とも呼べない時刻にやってきたパーシバルを、ヴィーは目をこすりながら迎え入れた。しかし鍵を閉めてふり向いた時、彼女は完全に目覚めていた。
「なにをつかんだの」
と、いそいそして彼をキッチンへまねく。
袖を引かれながら、彼は「ひとつ確認したい」と声を低くした。
「胴を二発撃たれていたと言ったな。詳しい位置を覚えているか?」
見上げてきたヴィーの表情が硬くなる。しかしパーシバルは、
「つらいだろうが思い出してくれ。一発はこのあたりじゃなかったか」
とジャケットの上から身体を押さえた。左側、肋骨の下。目を大きく開いたヴィーに、彼はうなずいてみせた。
「リプロと親しかったなら知っているだろう。俺たちはここに基幹部がある」
ヴィーは「そう。後ろから」と放心したようにささやいた。
「もう片方は、たぶん前から、心臓に…… 私たちの心臓に近いところに」
これを聞いたパーシバルの中で、最後の糸がまっすぐに伸びた。遠くの方で高ぶりを感じた。
「ヴィー、犯人はエカートをリプロだと思い込んだんだ。背後から基幹部を撃ったが、間違いがわかると今度はふり返った彼の心臓を狙った」
それで二発。
ヴィーは息を飲んだが、見開いた瞳には強さが戻った。
「そんなことって…… どうして? どうしてそんな間違いを!」
「君の兄弟には秘密があった。あの街へ通う理由が」
ビクッと身を引いた彼女へ、パーシバルは折りたたんだ紙片を差しだす。相手が受けとろうとしないので、紙を開いて見せた。
「おそらく、君を心配させないために」
エカート・D、18、M
所見: 膝部、神経障害
療法: 診断のみ
経過: ――――
手がかりをくれたのは同僚の一人だった。
「エカートは医者を探してたみたいだったよ。安く診てくれるところをね」
パーシバルはこの証言を頼りに街をまわり、ある無認可診療所に辿りついた。
よれよれの白衣を着た自称医師は、患者の死を告げられても「このあたりじゃ日常だ」と無表情に返し、カルテと言いはってメモ書きを差し出した。
「神経障害?」
パーシバルが尋ねると、相手はモグリとは思えない真面目な表情でうなずいた。
「そう、あの青年はひざの裏側の神経を傷めていた。長時間しゃがんだりするとしびれや痛みが出て、一時的な歩行障害が起こる。彼の場合は……」
右脚に。
そして、再現体の身体は右側から弱っていく。
右にかたむきながら歩くエカートを見つけた犯人は、迷わず基幹部のある脇腹を撃ち抜いた。
ヴィーの顔がゆがむ。目にはもう涙が溜まっていた。
「パーシバル、それじゃあ誰が。どんな人がリプロを狙うっていうの……」
彼は小さく首をふった。
「犯人は人間じゃない。リプロダクション自身だ」