第1話 風の名前は
春の陽気と冬の名残を感じる涼しい風が交わる季節。人族と魔族が交流を始めてから十周年。友好都市の中央通りは今日も喧騒としているが平和そのもの。
俺、ジョン・ロック魔法捜査官の初仕事は駅構内で遠方から来る同僚というか相方候補との待ち合わせと道案内である。
相方候補はここから南方にある魔族領の端……魔王城の城下町に住んでいる魔族の女性だ。魔法の知識が豊富で人族とのコミュニケーションにも問題ないエリートらしい。しかも魔族は美男美女揃い。俺もそろそろ三十代の終わりは近いがつい期待をしてしまう。いや、よくない。でもなぁ……
……そんな事を考えていたら魔族領からの列車がホームに到着したようだ。恐らく彼女はこの列車に乗っているはず。
改札を眺めていても出てくるのは観光客ばかり、今から観光する者と観光から帰ってきた者の二択。彼女は制服を着ているはずだから見れば一発でわかるはず……
美女……美女……
なんか子供がこっちに手を……いや、羽を振ってるな。魔族のハーピーだっけ? 艶のある黒髪に黒い羽、鳥類っぽい足も黒色だ。綺麗な白い肌と整った顔立ちを見るに大人になればかなりの美人になりそうだ。しかし、まだ若い、いや、幼い。
その子供はなぜか石畳の上をコツコツと爪の音を立てながらこちらに……俺の前で立ち止まる。魔法規制課の腕章? 嘘だろ? あと長距離移動の割に手荷物少ないし。
「やっぱり私と同じ制服です! あなたがジョン・ロック捜査官ですね? 初めまして! サンライトから来ました! ソフィア・コルウスです! よろしくお願いします!」
満面の笑みでビシッと共通敬礼をする女の子。サンライトって魔王城のある街の名前……それに、ソフィア・コルウスか……待ち人と同じ名前だなぁ……制服もよく見ると俺のものとデザインが似ている。
「……あれ? 違いましたか?」
ソフィアは首を傾げながら不安気に俺の顔色を窺う。違わないから困ってるんだ。思っていた人物と異なるが、どうやらこの子が俺の相方で間違いないようだ。深呼吸をし、共通敬礼をする。笑顔、初対面は笑顔が大事!
「し、失礼しました。初めましてソフィアさん! いかにも私がジョン・ロックです! 長旅お疲れ様でした!」
俺が名乗ると彼女に笑みが戻る。
「ですよね! よかったです! 私、サンライトを出るのも初めてだから心細くて……! 評判通りジョンさんが良い人そうで安心しました!」
照れくさそうに笑うソフィア。評判通り?
「私は魔族の間で噂になるような人間ではありませんが……どのような評判で?」
「ご謙遜なさらないでください! 『ボヤ騒ぎのジョン』と言えばサンライトで知らない者はいません! かの大戦で知略を巡らさせ、サンライトの精鋭部隊を翻弄! しかも両軍の被害を出さずにジョンさんは自身の任務を達成! これを英雄と言わずなんと呼びますか! 私もこの話を聞いた時は北の方々にも凄い人がいるのだとワクワクしました!」
恐らく尊敬のこもったキラキラした目で俺を見るソフィア。
ボヤ騒ぎのジョン……戦時中、碌な戦果も出せなかった男にはお似合いの称号だ。後悔は無いが、別の未来もあったのかと考えてしまう時がある。それがどうして魔族の間ではそんな話に……
「あ、その腰に装備されているのがマジックショットですか? 結構大きいんですね!」
「ん? あ、ああ、そうですよ。六連式の最新型です」
トリガーから指を離し、ソフィアが見やすいように取り出す。
「カートリッジの差し替えで全属性の魔法に対応、威力は控えめですけどね」
「全属性ですか。もしかして、ジョンさんは炎だけでなく全属性精通されているのですか?」
「ええ、まぁ、一通りは」
別に珍しい話でも無い。俺は炎以外の属性は初級魔法程度しか扱えないが、知識は十分に詰め込んでいる。
「凄いですね! 私なんて一つだけですよ!」
「一つ!?」
笑顔でとんでもない事を言ったぞこの子!?
魔族は魔法のエリート集団で彼女はエリートのはずだよな!
魔法の知識が豊富という彼女の評価はどこから来たんだ!? 詐称!?
「え、えーっとソフィアさん? 魔法のエリートなんですよね? 一属性なのに?」
「そうですけど? 何か?」
きょとんとした顔で首を傾げる
マジかよ。
「魔法に精通しているというなら全属性を扱えるのが普通じゃありま」
「誰か! ひったくりよ!」
女性の叫び声の方をを振り返ると、女性物の鞄を抱えた人族の男性が駅の出口方向、つまり、こっちに突っ込んできている!
「こんな時に嘘だろ! おい! 止まれ!」
手にしていたマジックショットを犯人の男に向けて両手で構える。
「……ジョンさん、撃っちゃ駄目ですよ。あの方、魔法を使っていません」
「わ、わかってるよ!」
俺を制止するソフィア。良くこの状況で冷静でいられるな!?
いや、威嚇で構えただけで撃つつもりはなかったけどよ!
マジックショットが目に入ったのか、犯人の男は急旋回して人の流れが激しいエリアに突っ込んだ。まずい! 逃げられる!
いや、これだけ人が多いとまともに抜けられ……
「なっ!?」
窃盗犯は止まるどころか更に加速し、行き交う人に掠りもせずにスルスルと抜けていく。なんて身体能力だ! いや、違う! これは!
「両足に魔法を使いましたね。しかも違法な身体強化魔法。捕えましょう」
ソフィアは窃盗犯の具体的な魔法と使用箇所まで把握している。
魔力感知の目は俺以上に高いようだ。
「捕えろって……簡単に言うなよ! 射線に人が多すぎる!」
適当に撃ったら無関係の人に当たるぞ!
当然追いかけるのも無理だし……どうする!?
「上空から狙い撃つ感じで行けませんか?」
「……なるほどな! それなら!」
犯人の男に狙いが行くように詠唱すればいけるか? 「炎よ、身体強化魔法で逃げている男の足を捕らえよ」とかで……自信は無いがこれしか無い!
ソフィアが俺の横に立ち、マジックショットと同じ角度まで腕を上げる。何の真似だ? いや、早く撃たないと逃げられる!
「炎よ! 身体強化魔法で逃げている男の足を捕らえよ!」
「風よ」
俺が詠唱を終えトリガーを引くのよりも先に横にいたソフィアの詠唱が終わっていた。それだけ!? と思った瞬間にはカートリッジ内の魔力が解放され、マジックショットの銃口から小型の火球が放たれた。と、とにかく、詠唱が正しく通っていればどこかで急降下するはず!
駅構内の高い天井に向かっていく火球は犯人を通り過ぎ……落ち、ない!
詠唱が通っていない! やはり曖昧だったか!
「くそっ! 失敗だ! もう一発間に合うか!?」
マジックショットをもう一度構える!
「……いえ、追加の火球は不要です。大丈夫、かなり良い位置ですよ! そこ!」
そう言って、ソフィアは上げていた腕を振り下ろす!
その動作に反応するように、俺の放った火球が急降下した!
そして、火球は魔法の力によって高速で駆ける犯人の男の足に見事直撃!
足を取られ派手に転ぶ男!
運悪く男はそのまま勢い良く柱に激突し、動きが止まった……まぁ、死んではいないだろう。
ここにきて往来していた人々の足が止まり騒めきが少し大きくなる。射撃位置が離れていたのと最低火力の魔法だったので、男が勝手に転んだとは思っていそうな反応だ。
「当たりましたよ! えへへ、初めてなのに息ぴったりですね、私達!」
はにかみながらも満面の笑みを見せるソフィア。
もしかして、あんな短い詠唱で魔法を?
しかも火球を消さないように風魔法の威力を調整しながら向きを変える離れ技を?
人族にこんな芸当できる奴がいるだろうか……聞いた事ないぞ。
「あ、あれ? まずかったですか?」
この子は風魔法のプロってことか! それを見込まれてここにいるわけだな。
だとすれば……
「いや、完璧だ。驚いて声が出なかっただけさ。それだけの魔法の腕があればソフィアが推薦されるのも当然か。逆に俺程度じゃ物足りないかもしれないが……これからよろしく頼むぜ、《《相棒》》」
「……わ、私がボヤ騒ぎのジョンの相棒……! んんんんっ!」
口を押さえながらぴょんぴょんと跳ねるソフィア。今の言葉がそんなに嬉しかったか?
「おっと、それより犯人が起きる前にとっとと確保しようぜ」
「あ、そうですね! 急ぎましょう!」
犯人の男の元へ駆けていく俺とソフィア。
年甲斐もなく楽しくなってきた。こいつとなら上手くやっていけそうな……そんな気がしたからだろう。
この時の俺達はまだ知らなかった。
初めての事件が友好都市に広がる犯罪の影の一部分である事に……




