ドンガン地下帝国との密輸交渉——銃の手入れと極上ウイスキーでドワーフの心(と胃袋)を撃ち抜きます
ドンガン地下帝国との密輸交渉——銃の手入れと極上ウイスキーでドワーフの心(と胃袋)を撃ち抜きます
「——よし、クリア。スライドの滑りも完璧、砂埃の混入もゼロです」
ポポロ村の村長邸、シンの私室。
机の上に純白の布を広げた神谷シンは、ピンセットとオイルを使い、愛用の『Glock 19 Gen 5 MOS』を極限まで丁寧にメンテナンスしていた。
一ミリの妥協も許さない、プロフェッショナルとしての冷徹な眼差し。
USSSのエージェントにとって、銃器の手入れは単なる日課ではない。『絶対に生き残るための、命を懸けた儀式』である。
たった一粒の砂埃が弾詰まり(ジャム)を引き起こし、それが自らの死に直結する。極度の心配性であるシンは、暇さえあればこうして武器の分解清掃を行い、己の生存率をコンマ一パーセントでも高める努力を怠らなかった。
「はぁ……今日もこれで安心して夜眠れます。武器の手入れと美味しいご飯作り。これこそが僕の求める平穏なスローライフですよ」
カチャッ、とスライドを戻し、満足げに微笑むシン。
だが、彼のささやかな平穏は、またしてもけたたましい足音によって打ち破られた。
「シ、シンはん!! またエラいこっちゃで!!」
バンッ!と扉を開け放ち、猫耳族の財務官・ニャングルが転がり込んできた。
「ひぃぃ!? 今度は何ですか! リーザさんがまた金庫を溶かしましたか!? それともキャルルさんが昼間から暴走を!?」
「ちゃうわ! 今度は外からの客や! ドワーフの『ドンガン地下帝国』から、ガラの悪い使者が乗り込んできよったんや!」
「ドワーフの……使者?」
ドワーフといえば、アナステシア世界において最高峰の冶金技術と鍛冶の腕を持つ種族であり、ドンガン地下帝国は大陸中の国家に武器を売り捌く『死の商人』でもある。
だが、シンは彼らと直接の面識はない。
「なんでその人たちがポポロ村に?」
「……シンはん、忘れたんか? あんたが次々と出すオーパーツ(近代火器や地雷)の出どころを誤魔化すために、ワイが帳簿上で『ドワーフからの密輸品』ってことにしたんや」
「あ……」
「それが地下帝国の耳に入ったんや! 『俺たちのブランドを勝手に騙って商売してるらしいな。みかじめ料として法外な武器代を払うか、その未知の武器の技術をよこせ』って、スゴまれてるんや!」
ニャングルの言葉に、シンは顔からサーッと血の気を引かせた。
「ひ、ひぃぃぃぃぃっ! 自業自得の詐欺バレじゃないですか! 怒らせたら絶対にドワーフ製のハンマーで頭をカチ割られますよぉぉ!」
「ワイの話術でなんとか牽制しとるが、相手は職人気質の頑固オヤジや。トップであるシンはんが直接交渉のテーブルにつかんと、村の地下シェルターの補修資材の提供まで止められかねんで!」
「そんな! 村の防衛ラインが後退したら、僕の安全が脅かされる! 嫌だ嫌だ死にたくない!」
シンは半泣きで頭を抱えたが、行くしかなかった。
自分の命を守るインフラを維持するため、彼は震える足で応接室へと向かった。
***
「……おい、お前がその『未知の武器』を作ったっつう頭か?」
応接室のソファにどっかりと座っていたのは、筋骨隆々とした小柄なドワーフの男だった。
顔の半分を覆う見事な顎髭。鋭い眼光。その腕の太さは、シンの太ももよりも太い。
ドンガン地下帝国の高位鍛冶師であり交渉人である彼は、テーブルの前に座ったシンのヒョロリとしたオーダースーツ姿を見て、不満げに鼻を鳴らした。
「ワイはガン鉄。ドンガン地下帝国の名代だ。……ニャングルの坊主から話は聞いてるな? 俺たちドワーフの名を騙った落とし前、金貨五百枚を払うか、その武器を見せてもらうぜ。もしナメた真似をしたら、このハンマーで村ごと平地に——」
「ひぃぃぃっ! お、お見せします! どうぞ、どうか命だけはお助けをぉぉっ!」
ガン鉄がスゴんだ瞬間、シンは目にも止まらぬ速さで土下座の姿勢に入り、手元に実体化させた『Glock 19』と『FN P90』を、まるで供物のようにテーブルの前に差し出した。
「な、なんや? お前、商会の頭のくせに随分と腰が低いじゃねえか。……ん? なんだこの黒い筒は」
ガン鉄はシンのあまりのビビリっぷりに拍子抜けしながらも、テーブルの上のP90を手に取った。
その瞬間、ドワーフの鋭い眼光が、驚愕に見開かれた。
「な……なんじゃこりゃあ!? 鉄じゃない……いや、鋼鉄よりも軽く、しなやかだ! この謎の素材、魔法の気配が一切しねえ! それにこの精巧なパーツの噛み合わせ……一ミリの隙間もねえぞ!」
ドワーフの職人魂が、未知の近代火器の構造に触れて爆発した。
ガン鉄は夢中でGlockのスライドを引き、マガジンを抜き差しする。
「なんて機能美だ! 無駄が一切ねえ! これを、てめえが作ったってのか!?」
「い、いえ! 僕はただの使用者で……っ」
「嘘をつけ! この滑らかな動作、完璧な油の引き具合! これだけ複雑な機構の武器を、チリ一つ残さず、ここまで愛して手入れできる奴が、ただの素人なはずがねえ!」
ガン鉄がシンの顔を指差し、興奮のあまり唾を飛ばす。
「これを見りゃあ分かる! てめえは、自分の命を預ける『武器』ってものを、骨の髄まで理解して、愛して、敬意を払ってる本物の漢だ! 俺たちドワーフと同じ、熱い魂を持った兄弟だ!!」
「えっ……? あ、はぁ、まあ……手入れを怠ると僕が死ぬので……」
シンは目をパチクリとさせた。
極度の心配性からくる「絶対死にたくないための過剰なメンテナンス」が、ドワーフの目には「武器への究極の愛と職人魂」として映ってしまったらしい。
傍らで控えていたニャングルが、「また勘違いが加速しとる……」と頭を抱えている。
「ふははははっ! いやぁ、ドワーフの名を騙ったのは許せねえが、こんなスゲェ武器を手入れしてる兄弟なら話は別だ! だが、落とし前は落とし前。何か、俺の魂を震わせるような『誠意』を見せてもらおうか!」
ガン鉄は豪快に笑いながら、テーブルをバンッと叩いた。
誠意。それはつまり、接待である。
彼らドワーフは無類の酒好きとして知られている。下手に金貨を積むよりも、彼らの喉を満足させることが最高の交渉術になる。
(酒……お酒ですね! ならば、毒殺されないための僕のスキルで!)
「わ、分かりました! すぐにご用意しますから、ハンマーはしまってくださいね!」
シンは空間に手をかざし、【安全保障配給】を起動した。
コトリ、とテーブルの上に現れたのは、クリスタルガラスの重厚なロックグラスと、黄金色に輝く液体が入った四角い瓶。
そして、小皿に乗せられたポポロ村特産の『ポポロシガー(高級葉巻)』と、絶妙な塩加減でローストされた木の実の盛り合わせだった。
「なんだ、この酒は? 見たことねえ瓶だが……」
「地球——いや、僕の故郷で造られた、最高級の『シングルモルト・ウイスキー(二十五年熟成)』です。アルコール度数は高いですが、毒物混入率はゼロパーセントですのでご安心を」
シンがロックグラスに丸い氷(これもスキル生成)を入れ、トクトクと琥珀色の液体を注ぐ。
芳醇なピートの香りと、熟成された樽の甘い匂いが応接室に広がった。
ガン鉄はゴクリと喉を鳴らし、グラスを手に取って一気に呷った。
「——っ!!!」
ガン鉄の目が、限界まで見開かれた。
強烈なアルコールのキック。だが、その直後に喉の奥から込み上げてくる、果実のような甘みと、スモーキーで複雑な余韻。
アナステシア世界の粗末な蒸留酒しか知らないドワーフにとって、地球の職人が二十五年の歳月をかけて洗練させた最高級ウイスキーの味は、まさに『神の雫』であった。
「ぷはぁぁぁぁぁぁぁぁっ!! な、なんだこの酒はぁぁぁっ!!」
ガン鉄は感涙にむせびながら、テーブルをドンドンと叩いた。
「喉が焼けるように熱いのに、後味が雪解け水みたいに澄み切ってやがる! しかも、飲んだ瞬間に日頃の鍛冶仕事の疲れがスッと消えていきやがった! こりゃあ、たまらねえ!」
シンの【安全保障配給】による精神的・肉体的デバフの完全解除効果。それが、ドワーフの疲労困憊した身体にダイレクトに効いていた。
「おつまみの木の実もどうぞ。それから、食後にはこちらのポポロシガーを。僕が完璧に温度管理して保管していたものです」
「うおおおおっ! 武器の手入れだけじゃなく、酒のツマミと葉巻の管理まで完璧か! てめえ、本当にただの裏方の商人か!? 最高の漢じゃねえか!!」
ガン鉄はウイスキーをがぶ飲みし、葉巻の煙をふかしながら、完全に上機嫌になっていた。
もはや「みかじめ料」や「落とし前」といった殺伐とした空気は微塵もない。ただの気のいい飲み仲間である。
「シン兄弟! てめえの『誠意』、確かに受け取ったぜ! ドワーフの名を騙った件は、この酒一本でチャラにしてやる!」
「ほ、本当ですか!? よかったぁぁ、これで村が平地にされずに済みますぅぅ!」
シンは涙目でニャングルとハイタッチを交わした。
「それどころか、てめえの武器の扱いへの敬意と、この極上の酒への礼だ! 村の地下シェルターの強化資材と、対空魔砲のパーツ、全部タダで提供してやるぜ!」
「ええっ!? タダで!? ニャングルさん、聞きましたか!? 防衛予算が浮きましたよ!」
『シンはん、アンタやっぱりバケモンや……ドワーフの交渉人を、酒一杯で骨抜きにしよった……』
ニャングルは畏怖の念を込めて、シンの背中を見つめていた。
こうして、ポポロ村の防衛網は、ドンガン地下帝国という強力なバックボーンを(タダで)得ることに成功したのである。
だが、すっかり出来上がったガン鉄が、帰り際にふと真顔になって、シンに顔を寄せた。
「……シン兄弟。アンタだから特別に忠告しとくぜ」
「え?」
「最近、地下の奥深く——『天魔窟』の様子がおかしい。あそこに引きこもってた『死蟲軍』の蟲どもが、どうやら地上を嗅ぎ回ってるらしい」
「蟲……?」
シンの表情が、スッと引き締まった。
「……俺たちドワーフの採掘隊も、何度か妙な機械蟲に襲撃された。奴ら、ポポロ村の近辺の結界のほころびを探してるフシがある。村の防衛、気を引き締めておけよ」
ガン鉄はそう言い残し、満足げにウイスキーの瓶を抱えて帰っていった。
「……死蟲軍、ですか」
シンは応接室に残された空のグラスを見つめながら、冷たく呟いた。
極度の心配性である彼の危機管理レーダーが、再び最高レベルの警戒音を鳴らし始めていた。
(僕の安全な寝床に、害虫を招き入れるわけにはいきませんね。……徹底的な『駆除』の準備を始めましょうか)
平和な村に忍び寄る、天魔窟からの不気味な足音。
オカン系暗殺者と化した元シークレットサービスの、次なる防衛戦の幕が上がろうとしていた。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございます!
「ドワーフをウイスキーで買収!」「銃の手入れで勘違いされるの草」「ついに新しい敵の影が……!」と少しでも楽しんでいただけましたら、
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【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして評価していただけると、執筆のモチベーションが爆上がりします!
村の防衛はさらに強固に!
次回、不気味な蟲の偵察部隊に、シンの容赦ない暗視ナイトビジョンが光ります! 何卒よろしくお願いいたします!




