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マリセポネは嘘をつかない  作者: ひろほね


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3/3

現実

湖の水面は、もう揺れていなかった。


さっきまでのざわつきが嘘みたいに、静かだ。


「……終わった、のか」


小さく呟く。


胸の奥が、少しだけ軽い。


完全じゃない。


でも、さっきまでよりは、ましだ。


「……なぁ、ロイ」

振り向かずに声をかける。


「これでさ、少しは――」

言葉が止まる。


返事がない。


「……ロイ?」


振り返るといない。


「……は?」

さっきまで、いた。


少し後ろに、普通に立っていたはずだ。


足音も気配も全て消えている。


「……おい」一歩、戻る。


水面がわずかに揺れる。


でも、それだけ。


「どこいったんだよ」


辺りを見るも、誰もいない。


森も、湖も、さっきと同じなのに。


“何か”だけが、なくなっている。


「……ふざけんな」


小さく、吐き捨てる。


心臓が、少しだけ早くなる。


嫌な感覚。


さっきと同じだ。

置いていかれる感じ。


「……またかよ」

拳を握る。


呼べば来るかもしれない。

そう思う。


でも、声が出ない。


出したくない。


「……どうせ」


口に出しかけて、止める。


その言葉。

さっき、否定したばかりだ。


「……っ」息を吐く。


ゆっくりと、前を見る。


湖の向こうに道が続いている。


さっきより、はっきり見える。


「……」


少しだけ、迷う。


振り返れば、何か戻るかもしれない。


でも、もう分かっている。


戻らない。


「……一人かよ」


小さく言う。


その言葉は、前のような“諦め”じゃなかった。


ただの、事実。


「……別にいいけど」


一歩、踏み出す。


地面は、消えない。


二歩目。


ちゃんと、続いている。


「……行けるじゃん」


少しだけ、息が抜ける。


その時、風が吹いた。


やけに、柔らかい風。


一瞬だけ、後ろから声がした気がした。


「いいじゃん」


足が止まる。


振り返る。


誰もいない。


「……気のせいか」


でも、さっきほど不安じゃない。


「……ありがとな」


誰に言うでもなく、呟く。


少しだけ、笑った気がした。


前を向く。


もう、止まらない。


ヒロキは、一人で歩き出した。


一歩。


また一歩。


足は、止まらない。


さっきまで隣にあった気配は、もうない。


でも、不思議と怖くなかった。


「……行けるな」

小さく呟く。


その時だった。


足元が、わずかに揺れた。


「……?」

立ち止まる。


地面はある。


でも、どこか“薄い”。


踏みしめている感覚が、弱い。


「なんだよ……」


空を見る。


さっきまで霞んでいた空が、


今度は逆に、白く飛んでいく。


輪郭が、消えていく。


世界が、“ほどけている”。


「……おい」


誰に言うでもなく、声が出る。


その時。


――ヒロキ


声がした。


はっきりと。


今までの“この世界の声”じゃない。


もっと、現実に近い。


「……?」

周りを見る。


誰もいない。


でも、また聞こえる。


――ヒロキ、起きて


「……なんだよ」


頭がぼんやりする。


足元が揺れる。


景色が、にじむ。


マリセポネの輪郭が、溶けるように崩れていく。


「ちょっと待てよ……」


手を伸ばすが掴めない。


空気が、すり抜ける。


「まだ……」

まだ、終わってない。

そう思った瞬間。


視界が、真っ白になった。


目を開けると天井。

見慣れた、部屋。

「……は」

体が重い。


手を動かすと、ちゃんと動く。


「……戻ってきたのか」


小さく呟く。


現実。静かだ。

でも、どこか違う。


胸の奥が、少しだけざわついている。


「……夢、かよ」


そう言いながら、完全にはそう思えなかった。


体を起こす。


部屋の空気。


あの匂い。


全部、いつも通りのはずなのに。


「……」


小さな違和感。


ベッドの端に座る。


ふと、手を見る。


何もない。


でも「……あったよな」


確かに、何かを掴んだ感覚。


思い出す。


落ちた時、伸ばした手。


「……ロイ」

名前が、自然に出る。


返事はない。


当たり前だ。


ここにはいない。


でも「……一人じゃない、か」


ぽつりと呟く。


その言葉は、前より少しだけ重みがあった。


「ヒロキ?起きてる?」

現実の母親の声。


一瞬、体が固まる。


いつもと同じはずの声。


でも、少しだけ違って聞こえる。


「……起きてる」


そう返す。


声は、少しだけ低かった。


ドアは開かない。

足音だけが遠ざかる。


静寂。


「……」


しばらく動けない。


胸の奥が、少しだけ痛い。


でも前のように、全部が嫌なわけじゃない。


「……腹減った」


ぽつりと出る。


小さな変化。


それだけ。


立ち上がる。


足は、ちゃんと前に出た。


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