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3話 教会と新教会

 マーヤの後ろ姿へ、サンドラが高らかに宣言する。


「務め先のオーナーに、気に入ってもらったのよ!」


 手先が器用だったサンドラは、針子として服飾店に就職していた。

 職場でもらった余りのボタンやリボンを、アレンジしてワンピースに縫い付け、女の子たちの羨望の眼差しを浴びていたものだ。

 サンドラには、おしゃれのセンスがあった。

 今だって青色のブラウスの襟に、レースの端切れをあしらっている。


「もう私は、孤児じゃない。あんたとは違うの!」

「っ……!」


 言いたいことだけ言うと満足したのか、サンドラはマーヤを残し去っていった。

 

 マーヤはだいぶん着古した修道服を、そっと見下ろす。

 シスターたちがこれを贈ってくれてから、もうすぐ三年が経過する。

 何度も洗ううちに、色は黒から薄墨になった。

 だが、それだけ長い間、見習いとして過ごしたという証だ。

 この色褪せた修道服を、マーヤは誇りに思っている。


「あたしには、司教様もシスターも、ささやき様もいる」


 孤児でなにが悪い。

 サンドラにそう言い返せばよかった。

 マーヤはなにもかもが、ワンテンポ遅れる。

 はあ、とため息がこぼれた。


「それに、あたしのお母さんは、お母さんだけ」


 あの日、黒煙はいつまでも天へと昇っていた。

 だからマーヤの母は、きっと空からマーヤを見てる。

 

「他の人に、お母さんの代わりは務まらない。そうでしょ?」


 マーヤは春の陽光に目を細めると、二軒目のパン屋を目指した。


 ◇◆◇◆


「マーヤ、おめでとう! 今日から君も、シスターだ!」


 空っぽのかごを手に帰ってきたマーヤは、黒糖くるみパンが買えなかったのを謝ろうと、司教の部屋へと向かった。

 ところがそこでパトリックから、恭しい手つきで銀色のペンダントを贈呈される。

 待ち構えていた笑顔のシスターたちは、おめでとうと言いながら拍手をした。

 垂れたマーヤの黒目が、驚きで大きく見開かれる。


「ほ、本当に?」

「首にかけてあげよう」


 パトリックがマーヤの首元で金具を留めた。

 ささやき様の形をしたトップが、ころんと揺れる。

 その姿は、教会に祀られている石像と同じく、前脚をそろえてお座りをしていた。

 

(シスターたちと、お揃いだ!)

 

 シスター見習いから、本当のシスターになれたのだ。

 現実味を帯びた歓びが、じわじわと胸にこみ上げてきた。


「本来ならば、これは銀製だったのだが……」


 少し前から教会は資金繰りが厳しく、このペンダントはメッキなのだと言う。

 パトリックの灰色の眉が、申し訳なさそうに下がっていた。

 だが、マーヤは気にしない。

 

「ささやき様だって、気にしないと思います!」

 

 マーヤは手のひらの中に、ささやき様をそっと包み込む。


「これでいつも、ささやき様と一緒にいられる」


 信者のマーヤにとって、それが最も大事なことで、幸せなことだった。


 ◇◆◇◆


「マーヤは、新教会の存在を、知っているかい?」


 シスター就任のお祝いの席を準備するため、部屋からシスターたちが去った後、深刻な顔をしたパトリックが切り出した。


「新教会? 教会が新しくなるんですか?」


 歴史があるといえば聞こえはいいが、ここの建物はとても古い。

 新しくなるのは、いいことだとマーヤは思った。

 ところが、そんな単純な話ではなかった。


「新教会というのは、ささやき様を祀っているこの教会とは、別組織なんだ。あちらが祀っているのは、歌聖女という美少女で――」


 数か月前に突如として現れた、新興宗教なのだそうだ。

 これまでにもそうした新興宗教はいくつも現れ、そして瞬く間に消えていった。

 だから新教会についても、当初パトリックは、あまり気にしていなかったらしい。

 

「ところが最近……明らかに、ささやき様の礼拝にくる、信者の数が減っている」


 教会の財政難は、お布施の減少が原因だった。


「まさか、その新教会へ?」

「宗旨替えをした、と考えるしかない」


 ささやき様はノルドグレーン王国の安寧を護る、伝説の神獣だ。

 マーヤを含めた多くの民が、こうして平穏な暮らしをしていられるのも、700年以上前に現れた悪霊の親玉を、ささやき様が勇者とともに辺境へ封じたからだ。


「ささやき様の活躍を、みんなは忘れてしまったのですか?」

「ずいぶんと昔の話になってしまったからね」

 

 毎週、パトリックが礼拝の時間に、教会に伝わるささやき様の逸話を披露している。

 ささやき様の存在を、もっと身近に感じてもらいたい。

 そういう思いから始まったものだ。

 だが、聞いてもらえなければ、意味がない。


「そこで、シスターたちと考えた。ささやき様に興味をもってもらうには、どうしたらいいのか」


 パトリックの緑色の瞳が、マーヤに合わせられる。


「マーヤは、自分の長所を知っているかい?」

「あたしの……長所?」


 ささやき様の話をしていたのに、いきなりマーヤの話になって戸惑う。

 それに、マーヤに長所なんて、あっただろうか?

 

(何をしても、あたしは失敗ばかり)

 

 サンドラたちに、どんくさタヌキという、蔑称をつけられたマーヤだ。

 

「えっと……、わからないです」


 困りながらも、正直に答えた。

 首をすくめて縮こまっているマーヤの姿に、パトリックは猛省する。

 

(こんなにも、マーヤの自己肯定感が低くなったのは、周囲にいた僕たち大人のせいだ)


 対応が完全に後手となり、いじめを根絶できなかった。

 孤児たちのストレス発散先として、やり玉に挙がってしまったマーヤ。

 つらい環境にも関わらず、最後まで諦めずに、頑張り続けた。

 

(強い子だ。今からでも、決して遅くない)

 

 マーヤに自信を取り戻してもらおう。

 そのために、マーヤにしかできない仕事を、パトリックは任せるつもりだ。


「マーヤはこれまで、風邪をひいたことがないよね」

「あ……!」


 唯一の自慢だ。

 大寒波の年を含めて、18才になる今まで、マーヤは風邪とは無縁だった。

 冬の夜にベッドから落とされ、冷たい床で寝ていても、タヌキのくせに生意気だと、さらに毛布を取り上げられても。

 ドジなせいで怪我は多かったが、マーヤの頑健な体は、病気を一切寄せつけなかった。


「そんなマーヤにやってもらいたい、重要な役目があるんだ」


 パトリックが大げさに、両腕を広げる。

 それは一体、どんな役目なのだろう。

 

「あたしに……できるでしょうか?」


 マーヤはごくりと、唾を飲み込んだ。


 ◇◆◇◆


「ささやき様の石像の後ろ、ここに黒い布をかけて、隠れられる場所をつくる予定だ」

「すき間から、信者の様子も見えるわよ」


 パトリックとシスターたちが考えたのは、ささやき様がささやき声で語りかける、新しい礼拝のスタイルだった。


「あたしはそこから、ささやき様になりきって、信者に話しかければいいんですね?」


 ささやき様の声を担当するにあたって、大事なのは丈夫な喉だとパトリックは言う。


「ささやき様の声は、一定であるのが望ましいからね」


 うっかり風邪をひいて、声が枯れたり咳が出ては、気になって信者も礼拝に集中できない。

 だからといって、誰かが代わろうものなら、さらに違和感を覚えさせるだろう。


「一度も風邪をひいたことがない、マーヤが適任なんだ」


 職業訓練校では、ついに適職が見つからなかった。

 道具を持てば壊す。

 刃物を握れば怪我をする。

 火を扱えばボヤを起こす。

 そのせいで指導する専門家たちから、ちょっとした危険物の扱いを受けていたマーヤだ。


(そんなあたしが、適任……?)


 ここには、道具も刃物も火の気もない。

 必要なのは、マーヤの声だけ。

 できるかもしれない、と思った。

 やりたい、と思った。

 なによりマーヤが大好きな、ささやき様にかかわる仕事だ。


「司教様、あたし、頑張ります!」

 

 こうしてシスターになったマーヤは、大きな一歩を踏み出した。

 それが長く続く、茨の道の始まりだとも知らずに。

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