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4話 日常と非日常

「どうして……?」


 今日の礼拝でも、多くの信者がこくりこくりと頭をゆらしている。

 マーヤがささやき様の声を担当するようになって、すでに二年が経過していた。

 パトリックとシスターたちが考えた新しい礼拝のスタイルは、子どもへの受けがよく、おおむね信者たちに快く迎え入れられた。

 しかし同時に、大きな問題も抱えていた。


「どうして、みんな寝てしまうの!?」


 ささやき声が聞き心地よいのか、礼拝の講話の最中に、居眠りをする信者が増えたのだ。


「ちゃんと話を、聞いてほしいのに……」


 パトリックに倣って、ささやき様にまつわる逸話を盛り込んだり工夫しているが、効果はいまひとつだ。

 そして悩みの種だった信者の減少にも、歯止めがかかっていない。


「せっかく任せてもらった、役目なのに……」


 よく寝た、と言いながら、清々しい顔つきで、信者たちが礼拝堂を出ていく。

 その後ろ姿を見ながら、マーヤはがっくりと肩を落とした。


 ◇◆◇◆

 

 ささやき様の中の人の素性がばれては、神秘性が薄れる。

 マーヤはすべての信者がいなくなった後に、こっそりと石像の陰から暗幕を出た。


「もっと、あたしにできることって、ないのかな」


 最近はそればかり考えていて、マーヤの顔つきは険しくなっていた。


「せっかくのかわいい顔が、台無しよ?」


 信者の見送りを終えたシスターに、眉根のしわを指でつんと突かれる。

 マーヤは両手で額を押さえ、顔を赤くした。

 かわいいなんて言ってくれるのは、シスターたちくらいのものだ。


「悩んでばかりいては、よくないわ。マーヤには少し、気晴らしが必要ね」


 シスターは修道服のポケットを探ると、そこから銀貨を取り出す。

 現在、教会に三人いるシスターのうち、このシスターは最も所作に品がある。

 バーバラという名前も高貴な感じがして、マーヤは内心、元貴族なんじゃないかと思っていた。


「お小遣いをあげましょう。街へ行ってきなさい」

「え……!?」


 街では今週いっぱい、ノルドグレーン王国の建国記念日を祝う、お祭りが開催されている。

 大広場へ続く通りには、限定メニューを出す飲食の屋台が並び、既存の店舗もお祭り期間中は、セール価格で商品を販売していた。

 老若男女問わず、民が一年のうちで最も楽しみにしているのが、このお祭りだった。

 遠い昔、幼いマーヤも母と手をつなぎ、出店を見て回ったのを覚えている。


 しかし、孤児になって以来、お祭りには行っていない。

 そんなマーヤに半ば無理やり、バーバラは銀貨を握らせる。


「マーヤくらいの年頃の子は、お祭りの場で出会いを求めると聞いたわ」


 バーバラがウインクをする。

 今年でマーヤも20才、成人してお酒が飲める年齢になった。

 敬虔なシスターとして毎日を過ごしているが、それだけが人生ではない。

 先輩として、バーバラはマーヤに、羽目を外せと勧める。


「司教様には内緒にしてあげるから、今日くらいは、普通の女の子らしく遊んでらっしゃい」


 ◇◆◇◆ 


 修道服からワンピースへ着替え、もふもふのマフラーに顔をうずめたマーヤは、シスターに背中を押されて教会を出た。

 おつかいでもないのに、街へ行くのは久しぶりだ。

 冷えた空気を吸い込むと、すでにそれは日常とは違っていた。

 

「なんだか、甘い匂いがする」


 屋台で売られているホットワインか、子どもたちが手にしている綿菓子か。

 すれ違う人々の表情は、いつにも増して明るい。

 通りも花や国旗で飾り付けられ、それが大広場まで続いていた。

 次第にマーヤの心も、にぎやかな様子につられて、高揚してくる。


「せっかく来たんだから、楽しもう!」


 マーヤは並ぶ屋台を、一軒一軒、覗いて歩いた。

 

「温かいレモネードはいかが? 王妃様の出身国から輸入した、最高品質のレモンを使っているよ!」

「こっちは、揚げたてドーナツだ! レモンアイシングが、たっぷりかかってるぜ! レモンはもちろん王妃様の出身国の――」


 30年前に、レモンの原産国から嫁いできた王妃は、レモンを使うレシピを多く開発し、それがノルドグレーン王国の名物として定着した。

 今やレモンの加工品は、ノルドグレーン王国の輸出の要である。

 それらの対外的な価格交渉を、一手に任されているのが、第二王子のクリストフだ。


「国王様も王太子様も、ガチムチの肉体派だって、シスターたちが言ってた」


 すきあらば騎士にまじり、鍛錬をしているそうだ。

 その分、頭脳派のクリストフに、政務が集中するらしい。

 だが、それらを完璧にさばいているのだから、偉才だ。

 なぜか信者が礼拝中に居眠りしてしまう、そんな小さな悩みすら、解決できないマーヤとは違う。


「クリストフ王子様、すごいなあ」


 クリストフの年齢は、マーヤのふたつ上。

 これまでの人生のほとんどを、落ちこぼれとして過ごしてきたマーヤにとって、みんなの期待に応えるクリストフは遠い存在だ。

 

「あたしと同じ人間とは、思えないわ」


 マーヤは頭の中で、きらきら輝くクリストフの姿を想像する。

 だが実物を見たことがないので、顔がわからなかった。


「もしかしたら、あの男の子みたいに、整っているのかも」


 職業訓練校の校庭の片隅で、マーヤを励ましてくれた、きれいな銀髪の少年を思い出す。

 まるで王子様のようだ、と感嘆したものだ。

 

「本当に、王子様だったりして!」


 ふふっ、とマーヤは自分の考えがおかしくて笑った。

 そのとき、とんと肩が誰かに触れる。


「あ、ごめんなさい!」


 注意散漫だった自覚のあるマーヤは、すぐに謝った。

 ところが相手も、ペコリと頭を下げている。


「こちらこそ、フラフラしていた。すまない」


 背の高い男性だ。

 目深にフードをかぶっていたが、頭を下げたのに合わせてそれが脱げる。


「え……!?」


 現れたのは、銀髪だった。

 だが、マーヤの記憶にある銀髪より、艶がない。

 男性がゆっくり頭を上げる。

 そして顔が見えると、あの少年かもしれないというマーヤの期待は、むなしく潰えた。

 それどころか――。


「……大丈夫ですか?」


 マーヤが思わず、そう口にしてしまうほど、男性の落ち窪んだ目の下には、真っ黒なクマができていた。

 頬がこけて顔色もよくないし、具合が悪いのだろう。

 ふらついているのも納得だ。

 マーヤは男性の腕をとり、自分の肩にまわす。


「とりあえず、座れる場所を探しましょう。すぐにお医者さんを呼びますね」


 歩きだそうとするマーヤへ、男性は慌てて弁解した。


「違うんだ。私はこれが通常で――」

「やだ! お祭りだからって、色気づいちゃったの?」


 耳障りな甲高い声が、男性の声をかき消す。


「タヌキが人間とデートなんて、生意気ね!」


 いつも以上におしゃれをしたサンドラが、行き交う人々の間から現れる。

 マーヤたちのそばに来ると、男の子たちに色っぽいと褒められていた赤い瞳で、ジロジロと男性を検分し始めた。

 

「ぼさぼさの髪、いけてない顔、背は高いけど、指先はインクで汚れて、手にはペンだこ……下級役人といったところかしら」


 満足する答えを導き出すと、サンドラはうなずく。


「そのレベルの男が、あんたには精一杯でしょうよ」


 その場でくるりと回ると、サンドラのスカートがふんわり広がる。

 ひるがえる裾に、高級そうな刺繍リボンが、惜しげもなく縫い付けられていた。


「私はね……商会長の次男と、待ち合わせしているの」


 聞いてもいないのに、これからの予定を告げてきた。

 ふふん、とサンドラは鼻を鳴らす。


「顔はそこまでじゃないけど、お金持ちよ。うらやましいでしょ?」

「サンドラ、あなたね……!」


 言われっぱなしだったマーヤが、ようやく反撃する。

 タヌキだ何だと、マーヤをからかうのは、いつものことだからいい。

 しかし、マーヤの相手だと誤解をしたまま、男性を貶めるのは許しがたい。

 

「いけない! レストランの予約の時間になっちゃう」


 だがサンドラは、そんなマーヤを無視した。


「ちょっとだけ待たせて、じらすつもりだったのに!」


 これじゃ遅刻だわ、と不機嫌そうに呟き、サンドラはマーヤたちを追い抜いていった。

 あまりの自分勝手さに、マーヤの口が開いたまま閉まらない。

 マーヤが肩を貸している男性も、きょとんとしていた。

 申し訳なくて、マーヤは謝る。


「す、すみません。知り合いが、ひどい勘違いを……」

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