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舞々花伝  作者: 一瀬詞貴
八ノ段
34/41

「裏切らない」(2)

 猿彦と元雅くんが死霊らを切り崩した道を、ひたすら進む。……僕は障気の匂いに袖で鼻を覆いつつ、なんとか二人を追った。余りの臭さに目に涙が滲んで視界がぼやけている。

〔ああ、くそ。こっちで合ってんのかよ!? 方向すら分っかんねぇ!〕

 死霊を吹っ飛ばすヤスケに文字が浮かぶ。前を行く元雅くんがそれを一瞥して、頷いた。

「あってるよ。霊糸はこっちに続いてる。しいちゃんはこっちにいる」

 命糸を隠されてからしばらく経つが、元雅くんの霊糸に気付かれることはなかった。さすがの黒翁も、自分が乗っ取った身体に霊糸が付けられているなどとは思わないのだろう。

 しいちゃんの居場所はひとまずどうにかなるとして……あとは、たづさんを見つけるだけだ。

「たづさんは黒翁と一緒にいるんですかね」

「さぁ。ただあの人は歩き巫女だから。黒翁が定着のために寝ているとしたら、側には置かないだろう。無防備な所を除霊されてもかなわないし。僕なら自分の身体が落ち着くまで人質は拘束してどっかに放っておくかな。……でも、こんな所で迷子にでもなったら、それはそれで面倒だから…………近すぎず、遠すぎずな所に置いとくだろうね」

〔探さなきゃなんねーだろーな、やっぱ。くそ面倒だな……ま、黒翁をふんじばって場所を聞き出しゃいいか〕

 どちらにせよ、一筋縄ではいかない。

 と、そんな風に猿彦が肩を竦めた時だった。

「どぅりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「こ、この声は――」

 聞き覚えのある声が、死霊らの群れの向こうから聞こえてきた。

「大人しく捕まってると思ったら大間違いよ! かかってらっしゃい!!」

 慌てて猿彦が、前方の死霊らを切り崩せば、たった今、探しに行こうとしていたたづさん本人が奮戦していた。あの感じだと、自力で逃げ出してきたらしい。

 さすが四百年も歩き巫女をやって来ただけあって、死霊相手にも物怖じせず果敢に立ち向かっている。動きにも迷いがない。

 が――――

「てぇいっ!! ……え? ええ? うそ!」

 と、ぴたりとたづさんの動きが止まった。 死霊の振り下ろしてきた腕を蹴り上げ、怯んだ所に突き刺した剣が抜けなくなったのだ。すぐに獲物を捨てようと決意したようだったが、判断が一瞬遅れた。

 背後に迫る一体の死霊。

〔あんの、馬鹿!!〕

 僕の横を疾風の如く、猿彦が駆け抜ける。

 自身に襲いかかってきた死霊は無視、というより元雅くんに丸投げして、彼はそのまま前方へ――たづさんの所へと突っ込んだ。

 ヤスケが危機一髪でたづさんへと伸びた腕を千切り落とす。ついで、その勢いのまま、猿彦は右足を軸に半身を回転させると、紫銀の光に包まれたヤスケで、死霊を下から袈裟懸けに斬り上げた。

 たづさんを追っていた死霊らが驚いて包囲の円を広げる。

 猿彦は辺りの敵などお構いなく、驚くたづさんの両肩を掴むと、その顔を覗き込んだ。

「え、っと、猿彦………?」

 猿彦は……彼女に傷がないのを確認すると、安堵の溜息を吐いた。ついで、苛立たしさを逃がすように、ヤスケで足元を叩く。

〔ばっか野郎!! 大した力もねぇくせに何はしゃいでんだ!〕

「ご、ごめん…………」

〔いいか。もう力、使うんじゃねーぞ。ったく、無茶苦茶な女だな。お前にゃ、もう力を使うほどの気力は残ってないんだって自覚しろ! ばかたれ!〕

 殊勝な態度で謝罪するたづさんの腕を掴んで立たせる。そこに元雅くんと僕が合流、四人で敵に対峙した。

〔……ひやひやさせんなよ〕

「猿彦?」

 苛立たしげにそっぽを向いた猿彦に、たづさんが首を傾げる。やがて、掴んだ手を離さないでいる猿彦に、彼女は顔を赤らめた。

 それは猿彦にも伝染し、なんとも言えない空気が、二人の間に漂う。

「彦兄」

 元雅くんに呼ばれて、慌てて猿彦は手を離した。やがて前方を見遣った僕らは、

〔おでましか〕

 しいちゃんが――いな、しいちゃんの身体を奪った黒翁が、行く手の先に立っているのに気付いた。

「貴様ら……」

 死霊らが一斉に霧散した。

 彼女の神気に当てられたのか、純粋にもう僕らを襲うほどの力が残っていなかったのかは知れない。

「どうやって来やった? 命糸は隠したはずじゃが」

〔お前も想像できねーほどの変態馬鹿野郎がいたんだよ〕

 言って、猿彦はたづさんを背に庇うと一歩前へ進み出る。

「まあ、よいわ」

 黒翁は猿彦の答えなどさほど気にせず、手を口元に当てると、ふあ、と子供らしい欠伸を漏らした。

「そろそろ起きようとは思っておったのじゃ」

 言って、彼女は輝く瞳で自身を見下ろした。

「やはり、素晴らしいの、観世の身体は。力が溢れて身体中が満ち足りておる」

「それは、しいの身体だ。今すぐ返せ」

 元雅くんが鼻に皺を寄せる。それに黒翁は艶やかに笑うと首を傾げた。

「大人しく返すと思ってか?」

「…………殺すよ、お前」

「ふふ……あっはっはっはっは! お前、この身体を傷つけるのか? 大事な妹の身体を?」

 それには答えず、元雅くんが腰元から面を取り顔にかけた。気品に満ちた、誇り高さの伺える美女……増女の面。ついで、ぶわっと元雅くんの白練りの狩衣が膨らんだかと思うと、鮮やかな赤色に染まった。頭頂で纏めた髪が解き放たれ、逆立った。ついで面に変化が現れ始める。

 白い肌は赤く、眉間には怒りの皺が縦に深く走った。カッと刮目した金泥の瞳、引き延ばされた口元から漏れ出る恨みの吐息。

 ――憑依。

 持ち霊を降霊させた元雅くんが、打ち杖を撓らせ身構える。すると示し合わせたかのように、猿彦がぶん、とヤスケを振って黒翁に飛びかかった。

「笑止!」

 黒翁の哄笑が響く。

 切り紙が、桜の花びらのように散る中、光と炎が狂ったように吹き荒れた――

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