リナ、王国を救う
顔も知らない王子様のために死んでたまるか!
今はこんなことをしている場合じゃないのに……、もう! 仕方ないな!
ナイフの鋭い切っ先が私の腹部を捉えた。
カキンッ!
刃は私の衣服に触れたところで鈍い音と共に止まっていた。
手が痺れてしまったようでキャロラインさんはよろめきながら後ずさる。
「な、な、なんて硬さ……。まるで岩を刺したようです……」
「少しだけ魔力を引き出して体に纏ったんですよ」
「少しだけで、こんなありえない状態になるのですか? あなたの能力はいったい……」
「え……。あの、確認ですが、どうして私がこの王国に来たかご存じですよね?」
問いかけに首を横に振って答えたキャロラインさんは、脱力した様子で語りはじめた。
「……実は、私はブレンダン様や国王様がお話ししているのを立ち聞きしただけなのです。聖女と呼ばれるリナ様がこの王国にいらっしゃることを。何のためにいらしたのかは存じません……」
どうやら私が来る時間も分からなかったらしく、町の入口に馬車を停めて張りこみ、それらしい女性には片っ端から声をかけていたようだ。絶対に先に見つけて仕留める、という執念が伝わってきた。
私はため息を一つついたのち、彼女が聞き逃した情報を説明することにした。
「この王都はもうすぐ、魔獣達の主力級から攻撃を受けます」
「そ、そんな、早く民達にも知らせないと避難する時間が……!」
「いえいえ、だから私が派遣されたんです。自分で言うのも何ですが、私も連合軍の主力級なので。私が発現したのはアルティメットギフトなんです」
「アルティメットギフトといえば、召喚者の中でもごく一部の方達のみが所持しているというあの……?」
各系統の最上位ギフトがそう呼ばれている。先の火系統で言うなら【炎神】がそれに当たった。究極とされる所以は、魔法に対する補助効果が最大である上に、所持者の魔力自体がその系統の属性を帯びるから。つまり、【炎神】所持者なら気をつけないと触れた物をことごとく燃やしてしまった。
気をつけないといけないのは私の場合も同様で……。
と自分の能力について話そうとしたその時、先ほど私達が出てきた屋上の扉が開く。現れたのは数名の騎士達と、身分の高そうな若い男性だった。キャロラインさんが彼の名前を呼ぶ。
「ブレンダン様!」
王子様はナイフを持った婚約者を見るなり駆け寄ってきた。
「やっぱりか……。君はずっとあのおとぎ話を気にしていたし、魔獣襲撃の情報が入ってからはいつにも増して様子がおかしかった。……まさかこんな行動に出るなんて」
「……申し訳ありません。私はどうしてもあなたを失いたくなかったのです!」
「キャロライン、君との結婚は考え直した方がいいかもしれない」
「そんな! あんまりです!」
いや、全然あんまりじゃない。王子様の反応は至極当然だと思う。実際に私、刺されてるんだよ(弾き返したけど)。
そのまま二人でしばらく言い合いをした後に、ブレンダンさんは私の方に振り向いて頭を下げてきた。
「リナ様、私達の王国を救いにきてくださったのに、このような事態になってしまい、本当に申し訳ありません……」
「まあ、結果的にですが、時間通りに目的の場所に来られたのでよかったですよ。ほら、敵もちょうど現れましたし」
ブレンダンさんもキャロラインさんもきょとんとした表情になった。
私は真上を指差して見るように促す。
すぐに上空の雲を切り裂いて巨大な竜が姿を現した。その体長は大体百メートルほどあるだろうか。私達のいる王城めがけてまっすぐに降下してくる。
「お、大きい……。あれが、魔獣の主力、なのですか……」
キャロラインさんが持っていたナイフを落として呆然と呟いていた。
軽く体を動かす準備運動をしながら私は頷きを返す。
「はい、飛行型の、かつ超大型の魔竜種です。口からブレスとして吐く魔法で戦場を一掃する、敵の主力艦みたいな魔獣ですね。ピンポイントで王国の中枢であるこの場所を狙ってくるという情報が入りまして」
私が説明している間に、まるで世界の終わりのようにブレンダンさんとキャロラインさんは絶望の表情で寄り添い合っていた。巨竜はこの城より大きいので気持ちは分かる。仲直りできてよかったですね。
きっと今は王都の至る所でこの二人と同様の光景が見られるんだろう。早く倒してあげないと。
その前に重要なことを思い出す。
おっと、周囲の人達を私の魔力から適用除外しないと。さもないと意識を持っていかれるんだよね。
準備が整い、改めて私は本気の魔力を引き出した。
キィィィィン……!
この瞬間、魔力の波動が駆け巡って一帯の空気が張り詰める。
程なく空から気絶した鳥達が次々に降ってきた。
……しまった、鳥達のことまで考えが及ばなかった。ごめんね、たぶんすぐに意識が戻るはずだから。
私の魔力は体に纏うだけで周囲を威圧してしまう危険物だった。元になっているアルティメットギフトが破壊の権化のような力なので。……つくづく、全く聖女らしからぬ能力を授かったものだと思う。
「……話には聞いていましたが、凄まじい……。それがリナ様の……?」
どうやら少し戦闘の心得があるらしくブレンダンさんが尋ねてくる。その問いの続きを私は自分の言葉で紡いだ。
「はい、強化系統の最上位、【武神】です」
このアルティメットギフトは私の魔力自体を強化魔法に変えてしまう。つまり、通常の魔力より遥かに高い強度のオーラを私は常に身に纏っていることになる。それはただの刃物では衣服すら傷つけられないほどだ。
しかし、この能力にも欠点はあった。
私の魔力を感じ取った巨竜は降下をやめて上空で停止していた。その場で口をパカッと開け、ブレスの発射準備に入る。
うーん、こちらと同じく敵も私達の情報を得て共有している節があるんだよね。
「魔力自体が属性を帯びるから、他系統の魔法は使えないんです、私。遠距離の攻撃魔法を撃てないことは向こうも承知の上みたいですね。このままじゃ城ごと吹き飛ばされます(私は大丈夫だけど)」
私の状況説明を聞いたブレンダンさんとキャロラインさんは途端に慌て出した。
「どうするのですか! 敵はあんなに空高くにいますよ!」
「ブレンダン様! 死ぬ時は一緒です!」
「ごめんなさい、ちゃんと対抗手段はあります」
遅れて私が補足すると二人はピタッと静止。恐る恐るブレンダンさんが聞き返してきた。
「……た、対抗手段とは?」
「思いっ切りジャンプして直接殴ります」
二人がまた止まってしまったので、この間に私は自己強化の魔法を発動。纏っている魔力が、さらには周囲の大気中の魔力が、バチバチッと音をたてて弾けはじめる。
強化魔力に強化魔法を重ねがけするこれが、私の本気の戦闘態勢だ。
準備が整うと上空の敵に狙いを定め、宣言通りに思いっ切り屋上の床を蹴った。
ドッシュ――――――――ッ!
ロケットのように打ち上がった私は勢いそのままに上空の巨竜の胸部にドムッと突き刺さった。
ブレスの代わりに魂が抜けたみたいに息を吐く竜。その胸に私は続けて拳の連打を叩きこむ。時間にして一秒間に数十発。
人間と魔獣の主力同士の戦闘はわずか数秒で決着した。
魔獣は命(が宿っているのかも分からないけど)が尽きると肉体は塵に変わる。竜の巨体も同様の結末を迎え、一方の私は元いた場所へと落下していった。
ドスン! と屋上に着地すると、まだ停止したままのブレンダンさんとキャロラインさんに視線を向ける。
「すみません、城の屋上が二か所ほど(打ち上げ時と着地時で)へこんでしまいました。城自体が吹き飛ぶよりは軽微な被害なので許してください」
「……お、お気になさらず……、武神、様……」
「ナイフで刺そうとした、私の愚行……、どうかお許しください、武神様……」
いや、一応は聖女です。
敵はいなくなったのに、二人共どうして変わらず恐怖に歪んだ表情をしているんですか。




