第2巻 第7話:桃色の救済
ムキョは裂け目の淵で足を止めた。門から吹き出す魔力の風に、彼女の黒いマントが激しくなびく。彼女は俺たちを振り返った。その虚ろな瞳の奥に、かつてないほどの真剣な色が宿っているのを俺は読み取った。
「私はここに残るわ」彼女は言い切った。「リュウザキは愚かではない。あなたたちの侵入を察知すれば、地上にあるこの門へ即座に悪魔の軍勢を送り込むはずよ。私が障壁になる。私が生きている限り、出口は閉じさせない。行きなさい」
俺は喉の奥に熱い塊を感じながら頷き、聡一と共に紅蓮の深淵へと足を踏み入れた。
内部の世界はまさに悪夢だった。赤い空には、まるで叩き割られたガラスのような太い亀裂が走り、リュウザキが世界規模の術を行使したことで弱体化していることを示していた。俺たちは、鉄の鎖の破片が散乱する紅い荒野を進んだ。鎖の輪の一つ一つが脈動し、空間そのものから命を吸い上げているようだった。
前方、濃い赤霧の向こうに人影が見えた。俺の心臓が大きく跳ねた。
アマネだ。彼女は重い鎖に繋がれ、力なく頭を垂れていた。肌は不自然なほどに青白い。
「アマネ!」俺は叫び、前方へ駆け出した。
だが俺が近づいた瞬間、彼女はゆっくりと顔を上げた。その瞳には毒々しい赤光が宿っている。そこには認識の欠片もなく、ただ盲目的な獣のような凶暴性だけがあった。手足に絡みつく鎖を地面に引きずりながら、彼女は信じられない速度で飛びかかってきた。
俺は辛うじて剣で防いだが、その衝撃は凄まじく、両足が地面に沈み込んだ。そして、鋭い破砕音が響く。幾多の戦いを共にしてきた俺の剣が、彼女の霊的な両手の猛攻によって粉々に砕け散ったのだ。
「なっ……アマネ、俺だ!」俺は恐怖に駆られ、後ろへ飛び退いた。
彼女の耳には届かない。再び襲いかかろうとする彼女の影から、聡一が躍り出た。その動きは電光石火だった。彼は背後からアマネを抑え込み、その腕を捻り上げると、鋭い黒剣を彼女の首筋に突きつけた。
「てめぇ、何しやがる! 彼女を放せ!」俺は内側の龍が目覚めるのを感じながら咆哮した。
聡一は振り返りもしない。彼の視線は、少女の喉元で脈動する微かな魔術の錠に向けられていた。
「黙って見てろ、小僧」彼は冷たく吐き捨てた。
外科手術のような正確な一撃で、彼はその錠を砕いた。アマネの瞳から赤光が消え、彼女の体は輪郭を失い始め、純粋で輝かしい白いエネルギーへと変質していった。肉体を失った魂の欠片が、光の雲のように宙に漂う。彼女は意識を失っていた。
俺は立ち尽くし、どうすればいいのか分からなかった。どうすれば、この光を現実のアマネに戻せるのか。
(聞け、クロナ)突如、脳内でクラヤミが語りかけてきた。その声にはいつもの嘲りがない。(記憶の魂はそう簡単には戻らん。リュウザキが根こそぎ引き抜いたのだ。再び定着させるには、繋ぎ直すための特殊な技術が必要だが、今の俺たちにはそれがない)
その技術とは何かと問い返す暇もなかった。足元の赤い地面が震え始める。地中から、異形の影がゆっくりと這い出してきた。エリジウムの番人たちだ。のっぺりとした顔の悪魔たちが、黒い布に身を包んで現れた。その数は五十、百……俺たちを完全に包囲していく。
彼らの手には不気味な魔杖が具現化し、一斉に、俺たちではなく無防備なアマネの白い魂を狙い定めた。
「守れ!」聡一が俺と背中合わせになりながら叫んだ。
無数の魔弾が空を切り裂く。俺たちは鋼と魔力の旋風を巻き起こし、輝く魂の周りでそれを弾き飛ばした。記憶を取り戻すための戦いは、まだ始まったばかりだった。
戦場は鋼の響きと魔術の閃光が入り乱れる混沌へと化した。聡一は血の残像のように動き、その翼を刃としてエリジウムの番人たちを細切れに切り裂いていく。だが悪魔の数は減るどころか、赤き亀裂から蝗のように次々と湧き出してきた。
(さて、小僧)脳内に再びクラヤミの轟くような声が響く。(この一ヶ月で学んだことを試す時だ。ただ殺すだけでは足りん。奴らの杖が見えるか? あれにはこの世界のエネルギーが凝縮されている。奴らが消滅する前に、一本でも奪い取れ。それが魂を戻す鍵になるかもしれん)
俺は深く息を吸い、龍の怒りとムキョの冷徹な決意が一つに溶け合うのを感じた。
「分かった」俺は囁いた。
片膝をつき、両手のひらを赤い地面に叩きつけた。
「――『黒の侵食領域』!」
俺の叫びが荒野に木霊する。刹那、俺の手元から粘り気のある濃厚な黒いオーラが全方位へと奔り、戦域を覆い尽くす巨大なドームを形成した。その内部では光が失われ、悪魔たちは泥沼に沈んだかのように動きを鈍らせた。
俺は地を蹴った。ドームの中では俺が影そのものだった。新技『紅蓮の雷』の放電が全身を貫く。極限まで加速された龍の圧縮エネルギー。俺は敵の間をあまりに速く移動し、暗闇の中で紅い残像が爆ぜるようにしか見えなかった。
一撃で悪魔は塵と化し、二撃で別の奴がドームの壁に叩きつけられる。しかし、奴らの魔杖を掴もうとするたび、それは主の肉体と共に虚空へと霧散してしまった。
「くそっ! 間に合わない!」俺は吐き捨て、また一体の番人を粉砕した。
こめかみで血が脈動する。黒のドームが膨大な負荷に耐えかねて震え始めた。数秒の狂乱的な惨殺の末、生き残ったのは最後の一体だけとなった。
奴は俺の領域の最果て、俺たちから遠く離れた場所に立っていた。その目なき顔は、宙に漂う無防備なアマネの魂を直視している。俺と聡一は領域の反対側にいて、物理的な一撃を叩き込むにはあまりに遠すぎた。
悪魔はゆっくりと杖を掲げた。その先端が不吉な紅光を放ち始める。狙いは定まった。放たれる一撃は、アマネの記憶の欠片を永遠に消滅させるものだった。
時間が引き延ばされたように感じた。俺と聡一は地を蹴り、全速力で肉薄しようとしたが、距離が遠すぎる。杖の先にはすでにバースト寸前の魔力塊が形成され、アマネの魂の核心を狙っていた。
その時、エリジウムの静寂を切り裂いたのは俺たちの叫びではなく、他者を圧倒する不敵な「嘲笑」だった。
次の瞬間、鼓膜を震わせる轟音が響き渡った。だがそれはクラヤミの濁った声ではない。高く、澄み渡り、そして恐ろしく力強い咆哮。周囲一帯が眩いばかりの桃色の光に包まれ、一瞬にして赤黒い靄を追い払った。
番人の頭上に、突如として一人の影が具現化した。重厚なブーツが鈍い音を立てて悪魔の頭蓋を踏み砕き、赤い地面にめり込ませる。猛烈な桃色のオーラが、死体が地面に触れる前にその怪物を蒸発させた。
敵の残骸の上に立つ少女は、消えかけていた魔杖を無造作に掴み取り、手の中で軽く弄んだ。それと同時に、クロナの背後から呼びかけに応じるように、クラヤミが初めてその全容を現した。影から編まれた巨大な黒龍が姿を成し、その鱗は鋼の光沢を放ち、瞳には怒りが宿っている。黒と桃色、二つの巨大なオーラがエリジウムの中心で衝突し、現実が軋むほどの渦を巻き起こした。
俺は目を疑い、立ち尽くした。魔力の風になびく桃色の髪、いにしえの力を宿し輝く金の瞳、そしてあの不敵な笑み。
「……キョウコ?」俺の声が震えた。「でも、どうしてここに?」
キョウコはすぐには答えなかった。彼女は手にした杖をアマネの魂に向けた。桃色のオーラが白い光を優しく包み込み、残存する悪魔のエネルギーを浄化しながら、魂を杖の中へと吸い込み、封印した。
「これで彼女は安全よ」キョウコは俺を振り返って言った。
俺は我慢できず、プライドも仮面もかなぐり捨てて彼女のもとへ駆け寄り、その温もりを感じるほど強く抱きしめた。
「どうやって……どうやって記憶を? それにこの龍は、一体何が起きているんだ!?」
キョウコは俺の背中を叩きながら、小さく笑った。
「私の中の『桃色の龍』は、かなりの強情っぱりなのよ、クロナ。彼女は一秒たりともあなたのことを忘れていなかった。私の目が妙に光っていた時のことを覚えてる? 『彼女』が外に出ようとしていたのよ。私の中にどうやって入ったのかは……長い話になるわ。昔からの契約、とでも言っておこうかしら」
俺は体を離し、上空を見上げた。そこでは黒と桃色、二つの巨大な獣が、千年前の戦いを思い起こすように互いを睨み合っていた。
「昔の因縁を思い出している場合じゃない!」俺は両者に叫んだ。「他の魂を探さなきゃいけないんだ。急げ!」
「ここにはもう誰もいないわ」キョウコが即座に真剣な表情になった。「自分の力でこのセクターをスキャンしたけれど、ここにあったのはアマネのものだけ。他の欠片はもっと深く、リュウザキの領地の中心部に隠されている」
「聡一の助けもなしに、どうやってここに入り込んだんだ?」俺はまだ状況を飲み込めずに問いかけた。
「ユミコの助けよ」キョウコが答え、その眼差しが一瞬重くなった。
「ユミコ!? 彼女も……彼女も全部覚えているのか?」俺の心臓が飛び出しそうになった。
「彼女を疑っていたの?」キョウコはニヤリと笑った。「ユミコは自分の全原則と法に背いたのよ。私たちがここで油断している間、彼女はたった一人で魔王を足止めし、その存在感で奴の力を封じ込めている。彼女がチャンスをくれたのよ、クロナ。けれど、永遠に持たせることはできないわ」
冷や汗が背中を伝った。俺たちがここにいる間、ユミコは今まさにリュウザキと戦っているのか?
「なら、一刻も早く動かなきゃならない! 出るぞ!」
俺、キョウコ、そして沈黙を貫く聡一は出口へと疾走した。地上の廃墟へと飛び戻った俺たちの目に飛び込んできたのは、まさに凄惨な戦場の跡だった。
中庭と一階は死体で埋め尽くされていた。リュウザキの精鋭近衛兵、五百体もの悪魔が、嵐に踏みにじられたかのように無残に転がっている。その死体の山の中心に、ムキョが立っていた。彼女の両手は静かに下ろされ、周囲では死体の残骸を現実から消し去る黒い霧がゆっくりと霧散していた。
彼女は俺たちの気配に気づいてゆっくりと振り返り、その視線がキョウコで止まった。
「……そう」虚無は感情を排して言った。「今度は『桃色の龍さん』も一緒なのね。リュウザキは、本当に手を出してはいけない者たちを怒らせてしまったようね」
【キョウコ視点】
薄暗い部屋でモニターが明滅し、私の眼鏡に反射していた。指は慣れた手つきでキーボードを叩く。ホタル城の中には、重苦しい沈黙が支配していた。建物に残っているのは私とユミコだけ。他の者たちは、言葉にできない説明のつかない空虚感に追われるように、影となって去っていった。
「くそ、ちょっとコードを書きすぎたかな……」凝り固まった首をさすりながら、私は独り言を漏らした。
突如、意識の奥底で低く響くような咆哮が聞こえた。私は手を止め、周囲を見渡した。部屋には誰もいない。
「パソコンのやりすぎで、幻聴まで聞こえ始めたかな」残りのコーヒーに手を伸ばしながら、私はそう考えた。
しかし次の瞬間、足元の世界が消滅した。床が存在しなくなったのだ。全身を猛烈な脱力感が襲い、叫ぶ暇もなく私は底知れぬ闇へと堕ちていった。
目を開けた時、私は自分が完全におかしくなったのだと確信した。
私は果てしなく広がる、この世のものとは思えない庭園の真ん中に横たわっていた。周囲には桜が揺れていたが、その花びらは散ることなく、内側から柔らかなネオンの光に照らされて宙に浮いていた。遠くで滝の音がし、その飛沫はあらゆる桃色の階調に輝き、白い砂の岸辺を流れる川は真珠を溶かしたかのようだった。
「……これがパソコンのやりすぎた人間の末路か」私は立ち上がり、溜息をついた。「キョウコ、おめでとう。正式に詰んだね」
一歩踏み出すと、足元の現実がひび割れた。鮮やかな桃色の亀裂が芝生を走り、前方の眩い輝きの中から一柱の姿が編み上げられた。
それは、龍だった。荘厳で巨大な、朝焼けの色をした鱗に覆われ、光を浴びて宝石のように煌めいている。その力強い翼は、花と雷の香りがする風を巻き起こした。
私は思わず朝のスープを思い出した。「もしかして、変なキノコかハーブでも混ざってた?」そんなパニックが頭をよぎったが、その存在が黄金の瞳を開いた瞬間、皮肉な思考は一瞬で吹き飛んだ。
「キョウコ・キノシタ……ついに相まみえる時が来たわね」
龍が語りかけてきた。その声は女性のものだった。威厳に満ち、深く、骨の芯まで共鳴する声。
「何者なの? ここはどこ?」私は後ずさりしながら、本能的な恐怖に身を竦ませた。
龍は答えなかった。ただその巨大な頭を垂れ、私の瞳を覗き込んだ。その瞬間、私自身の瞳が黄金色に爆ぜた。
奔流が押し寄せた。
数千のカット、数百の声、数百万の感覚。クロナ。彼の笑顔。彼の黒いオーラ。玉座の間での戦い。彼がいかに私たちを守ったか。そして、いかに私たちの記憶から消し去られたか。
私は両手で頭を抱え、膝から崩れ落ちた。情報の流入による痛みは、まるで脳に焼けた釘を打ち込まれているかのようだった。
「クロナ……」私は涙に咽びながら囁いた。「クロナ、クロナ……どうして忘れていられたの!?」
龍は私の頭の中の嵐が収まるのを静かに待っていた。
「アカセツと呼ぶがいいわ」激しく息を乱しながら私が顔を上げると、彼女は言った。「キョウコ、祖母と過ごした子供時代を覚えているかしら?」
「ええ……」私は袖で顔を拭いながら答えた。「おばあちゃんと二人きりだった。両親の顔は一度も見たことがない。彼女だけが、私のすべてだった」
「あなたの祖母は、語っていた以上のことを知っていたわ」アカセツが近づき、その影が私を覆った。「彼女は古の絆で魔界と繋がっていた。彼女はあなたを守るためにあらゆる手を尽くした。キョウコ、あなたが普通の人間として人生を送り、その血に流れる闇を知らずに済むように。けれど、彼女ですら予見できなかった。あなたが『桃色の龍』の器になることを。古より、キノシタの一族だけが私の力を制御する術を持っていた。あなたの血統は、恵みであり呪いなのよ」
私は勢いよく立ち上がり、ショックと恐怖を振り払った。胸の中の虚無の冷たさは、今や猛烈な桃色の炎へと変わっていた。
「一族だの古の契約だの、そんなのは知ったこっちゃないわ、アカセツ。あんたが私の中にいるなら、助けてよ。私はクロナを救いたい。リュウザキなんかに勝たせやしない」
アカセツは私を見下ろし、その黄金の瞳に満足げな色がよぎった。
「ならば目覚めなさい、キョウコ・キノシタ。時が来たわ」
目を開けた。部屋の天井が揺れ、焦点が合う。私はベッドに横たわり、頭はユミコの膝の上にあった。彼女は相変わらず冷徹で無関心な表情で、本をめくっていた。
「パソコンのやりすぎ。過労で気絶するなんて」彼女は私を見ることさえせず、淡々とした氷のような声で言った。
私はユミコの言葉を遮り、飛び起きた。心臓が早鐘のように打っている。
「ユミコ、聞いて! クロナよ! 私たちはクロナを忘れていたの! リュウザキが記憶を消して……」
ユミコは眉をひそめた。その瞳には理解の欠片もない。
「クロナ? 誰のこと、キョウコ。うなされているのよ、落ち着きなさい」
「うなされてなんてないわ!」私は彼女の頭を掴み、自分の方へ引き寄せた。「私の目を見て! 見るのよ!」
私の黄金の瞳が激しく燃え上がり、部屋中が桃色の光で満たされた。私の中のアカセツが咆哮し、接触を通じて記憶のパルスを送り込む。私は文字通り、忘却の障壁を叩き壊し、ユミコの精神に記憶を叩き込んだ。
ユミコは凍りついた。その体が強張り、息が止まった。彼女の瞳の中で、私が見たものと同じ光景が明滅しているのが見えた。記憶の破片が結合し始め、彼女にとってすべてだった「仮面の少年」の姿が再構築されていく。
彼女はゆっくりと手を下ろした。そのオーラ――普段は冷静で端正なそれが、抑えきれない怒りで震え始めた。彼女は私を見上げ、そこにはもはや無関心などはなかった。ただ、冷たく、断罪するような激昂だけがあった。
「あの、リュウザキというクズめ……」
ユミコの歯ぎしりの隙間から言葉が漏れ、彼女の指先からは凍てつく霜が這い出した。
【ユミコ視点】
私は部屋の真ん中に立ち、内側の冷気が鋭く殺傷力のある何物かへと結晶化していくのを感じていた。キョウコが取り戻してくれたクロナに関する記憶のすべてが、焼けた鉄のように精神を焦がしていた。
「……私はあの術を知っています」私の声は、自分でも驚くほど平坦に響いた。「『禁忌の忘却』。リュウザキは単に私たちを歴史から消したのではない。私たちの魂を奪い、エリジウムに幽閉したのです」
キョウコはまだ荒い呼吸をしながら、希望を込めて私を見た。
「ユミコ、私の記憶が戻ったなら、他のみんなにもできるかな? ホタルやアマネも……連れ戻そうよ!」
しかし私が答える前に、キョウコから直接、聞き覚えのない女性の声が響いた。
(無理よ。あなたとユミコの魂は雑に、表面的な封印を施されていたに過ぎない。けれど、ホタルとアマネは……クロナに近すぎた。彼女たちと彼との絆は、彼女たちの存在そのものの根幹。リュウザキは彼女たちの記憶を最も深い鎖で繋ぎ止めている。私の光では、外側からそれを打ち破ることはできないわ)
私は即座に剣を抜き、剣先をキョウコに向けた。瞳が鋭く細まる。
「……誰です。出てきなさい」
キョウコは飛び上がり、引き攣った笑みを浮かべながら慌てて手を振った。
「ユ、ユミコ、落ち着いて! 彼女の声、聞こえるの? 凄いな……。えっと、彼女はアカセツ。私は、その……『桃色の龍』の器なんだ。分かる?」
私は動きを止めた。数秒間、突如として古の力の守護者となった友人をただ見つめた。
「……は?」私はゆっくりと剣を下げ、眉間を押さえて深く溜息をついた。「……いいでしょう。それは後です。今はもっと重要なことがあります」
私は剣を鞘に収めた。計画は瞬時に固まった。
「リュウザキは今、弱体化しています。あの次元へのポータルは開かれたままで、常に彼の魔力を吸収し続けている。おそらく、入口は玉座の間にあるはずです。私が行って彼を襲撃します。私ができる限り彼を食い止めます。キョウコ、あなたは私たちの隙を突いてポータルに飛び込みなさい。他のみんなの記憶を取り戻すのです」
キョウコは恐怖に目を見開いた。
「ユミコ、正気? 魔王に挑むつもり? あなたはいつも一番忠実で……あなたの原則はどうなるの……」
私は彼女を真っ直ぐに見据えた。私のオーラが床を霜で覆い始める。
「生まれて初めて、自分の原則に泥を塗ります。ホタルのため、私たちの仲間のため。そして……私たちが忘れていた、あの仮面を被った馬鹿者のために」
一時間後、私は玉座の間の重厚な扉の前に立っていた。足を踏み入れると、私のヒールの音が高い天井に木霊した。リュウザキは頭を支え、玉座に座っていた。その顔は青白く、疲弊しきっていた。
「ユミコか……」彼は気だるげに眉を上げた。「どうした。呼ばれてもいないのに」
私は彼から十歩離れた場所で立ち止まった。頭を下げることはなかった。
「報告に参りました、我が王。ある裏切り者についての報告です……。古の禁忌を破り、今その報いを受けるべき者の。その裏切り者の名は――リュウザキ、あなたです」
彼の顔が驚愕に歪んだ。最も忠実な戦士、彼の「右腕」が、今公然と反旗を翻したのだ。
「貴様、何を言っている!」彼は玉座から立ち上がり、咆哮した。
「今です!」
私は五本の剣を空中に放り投げ、叫んだ。
柱の影から桃色の光を纏ったキョウコが弾丸のように飛び出し、玉座の後ろで揺らめく裂け目へと全速力で突進した。リュウザキは激昂して手を払い、彼女を捕らえようとしたが、私の五本の剣が轟音と共に彼の周囲の床に突き刺さり、五芒星を形成した。
私は右手を高く掲げた。
「――『氷結の霧世界』」
周囲の現実は一瞬で変貌した。豪華な広間は消え、果てしない灰色の帳と息苦しい赤き大気に取って代わられた。リュウザキは私の幻術の中で盲目となった。私は彼の背後に音もなく現れ、その耳元で囁いた。
「報いの時です」
彼は激しく振り向き、薙ぎ払うような一撃を放ったが、私はすでに前方に、彫像のように不動の姿で立っていた。彼が下を見ると、悲鳴を上げた。彼の脚は無残に切断され、血が床を染めていた。彼は悶絶し、膝をついたが……次の瞬間、すべてが元に戻った。脚は繋がっていた。
「幻術か……!」彼は喘ぎながら呻いた。「私を愚弄するか、小娘が!」
空中に数多の幻影の剣が具現化し、彼の体を貫いた。リュウザキは傷口から剣を引き抜いたが、血は本物のように流れた。開かれたポータルのせいで、彼の再生能力は十数倍も遅延していた。傷一つ癒えるのに、耐えがたい時間がかかった。
三十分が経過した。私の力は限界に達し、幻術の障壁を維持するのがやっとだった。私はリュウザキの怒りに満ちた瞳を見据え、霧の中に溶けるように姿を消した。
刹那――私は皆が待つ廃墟の建物の真ん中に立っていた。クロナ、ムキョ、キョウコ、そして見知らぬ男。
クロナは私を見るなり駆け寄り、折れそうなほど強く抱きしめてきた。彼の体が震えているのが分かった。私はただ静かに彼の頭を撫で、一瞬だけ、目を閉じることを自分に許した。
「……間に合いましたね」クロナは体を離し、吐息を漏らした。その視線はキョウコが持つ杖に向けられていた。「アマネの魂は手に入れた。けれど、これは始まりに過ぎない。残るは、ホタルとサイトー先生……」
私は口の端に滲んだ血を拭い、頷いた。




