これが元おじさんの成果だ
「ああ、なんて素晴らしい日だ。まさに前世では考えられない。忙しく動き回る日々よ、サヨナラ。スローライフよ、ヨロシクね」
ジリジリと肌を焦がす太陽の光の中、『ムワッ』と香る土の匂い。そこに水を撒き、乾いた大地に染み込んで……命の息吹を感じる瞬間だ。
目の前のヘタを掴み、僕は丸々と太った、前世でいうところの『大根』を、ゴツゴツとした土から引き抜き泥を払う。
「前世の妻に『枯れたオジサン』なんて言われて、この辺境の貧乏領地で生まれ変わった時はどうなるかと思ったが……」
フフフッ、味噌汁にしようか、そのままサラダにしようか、それとも大根おろしかな……。
「自分で『育てる』作物は愛おしいな…………と思っていた時期が、僕にもありました」
…………いや、巨大過ぎるだろう。大人でも抱えきれないぞ、これ。
味噌汁にすると何人分だろう? あっ、味噌が足りないかも……。
僕はしゃがんだ姿勢をしていたので、農作業で固まってしまった腰を伸ばす。
「う〜ん、あはっ」
気持ちいい〜。太陽に照らされ、その中で気楽に農作業。まさにスローライフだ。ビバ、異世界転生。
僕は太陽に向かって両拳を突き上げて大きな伸びをする。
…………でもね、転生した時にスキル『育てる』を貰ったけど……やり過ぎたよね?
農作業を終えてダイコン畑を出ると、隣のとうもろこしやトマトなども出迎えてくれる。
まさに無農薬の有機野菜というヤツだね。
ここで作られた作物は、王都とかでも高値で取り引きされるまでに『育って』しまった。
ここは元は辺境にある、ただの貧乏な領地だったんだよ。
それだけでなくて、あっちに見える家畜も『育てる』で魔改造しちゃった。
実は植物だけではなく、様々なモノに使えたんだよ……『育てる』
◆◆◆◆
「いました。もう、どちらにいらしてたのですか? 今日は私と一緒に居てくれる約束じゃないですか……」
「ズルいです。私とも約束しましたよ。みんなに優しくするのはダメです」
「ちょっと、二人とも。僕は畑仕事で泥だらけだし、汗もかいてるからね。キミ達のドレスが汚れてしまうし……」
「あらあら、お慕いしている殿方が働いて流した汗をキライな女性などおりませんわ。見くびらないで下さいまし」
「そうです。とっても素敵です。むしろ私は汗の匂いは……はうっ」
二人は……まあ、やはり『育てる』をしちゃいましたよ。どこが? 聞くなよ。ふむふむ、シッカリと二人は『育てる』ようだな。グフフ。
二人のシッカリと実る『メロン』と『スイカ』を感じる。どっちも僕は好きだぞ。実にけしからん。
そんな感じで両方から引っ張りダコだが……
一人の兵士が宮殿から出て来て僕の前まで来て敬礼をする。『ビシッ』と音がするのではと思う程キマっていた。
「ご歓談中失礼します。若様、お父上様がお呼びで御座います。至急、宮殿中央広場へいらして下さい」
要件を伝え、再度ビシッと敬礼した後に彼は駆け足で引き返していく。
「ゴメンね。二人とも。僕は行かなければならない。約束は次の機会にさせてくれ」
「……はい。残念ですがお邪魔はしたくありません。私達はご無事を祈っておりますのでお気を付けて」
「……はい、必ず私達の下にお帰りくださいませ」
聞き分けの良い二人のおデコにキスをして宮殿へと走る。その後ろ姿を二人は祈るように前で手を組み合わせていた。
「すぐに中央広場へ行く、支度を頼む」
「お任せ下さい、若様。皆さん急ぎますよ」
僕は執務室に戻るとメイドに指示してすぐに身支度をさせた。流石はプロだ、ほんの数分で僕を着替えさせて髪の毛までセットする。そう、彼女達も『育てる』の餌食だ。
僕はそう時間もかからずに中央広場へと到着する。
そこには一糸乱れぬ統一された装備を身にまとい、精強な顔立ちの兵士が並んでいる。
そう、彼らの装備も職人の技術を『育てる』で培った最高の技術が詰め込まれている。
僕は中央広場にあるステージに登り、父親の隣に立つ。
父親は僕の方を見て頷くと、一歩前に出る。
「精強なる我が兵よ。ついに出番が回ってきた。この領地を狙ってくる不届き者に鉄槌を……」
父親は『鉄槌を』の後に拳を天に突き上げる。それに倣い兵士達も拳を上げて答えていた。
「「「鉄槌を!!!」」」
父親はその様子に頷くと、僕の肩を叩き「次はお前の番だぞ」と耳元で呟いた。『ドクン』と一度心臓が跳ねていたが、僕は冷静になる。
父親に倣い、一歩前に出る。
スゴイなぁ、あっちには魔法を得意にしている部隊だ。
こっちは重装備だが、軽々と重そうな装備を携帯している。衛生兵は回復魔法のエキスパートだし……。
こっちは補給……こっちは斥候……あっちは弓兵。
そう、兵士のみんなも僕が『育てた』んだ。
「やあ、みんな。戦いなんてヤダよね〜。僕も畑仕事をやってたり、女の子達とイチャイチャしていた方が好きなんだよね……だけどね。僕達のそんなささやかな幸せを奪おうとするヤツを放置は出来ないんだよ。この辺境にある貧乏だった領地をみんなと一緒に『育てた』んだから。人も物も金も、何一つヤツらには渡さないぞ。みんなも付いて来てくれよ」
静寂。
一瞬の静寂のあと──地響きのような、地獄の底から這い上がってくるかのような、圧倒的な咆哮が宮殿中央広場を揺らした。
『『『おおおおおおおおおおーーーーーーーーーーッッ!!!!』』』
魔法部隊の杖が、重装兵の盾が、弓兵の弦が、オジサンの言葉に呼応して狂喜乱舞するように共鳴する。彼らの瞳にあるのは、盲目的な崇拝と、絶対的な戦意だ。
父親が呆然と口を開けて僕を見ている。
馬に乗り正門へとやってくると……広い領地は作物が青々と実り、木材も鉱物資源も、人材までも『育てちゃいました』。
食べ物や資源だけでなく……
「「「「若様〜〜!!」」」」
僕をキラキラした目で見る領民達。後ろには忠誠MAXな領軍。そして……
「きゃ〜、若様と目が合ったわ!」
「違うわよ。若様は私に見とれてたのよ!」
「若様だいしゅき〜!」
「抱かれたいわ〜!」
その様子はもはや異常……。
「あれ、ちょっと『育てる』のやりすぎたかも……。前妻から枯れてると言われたから、つい意地で……つい……」




