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11 願いを代償に(2)


「ふぃ~、緊張したぁー!」

 そうして、人の目が届かなくなるところまで離れてから。

 狼の姿を保ったまま、カナタは地面に突っ伏してそんな泣き言を吐き出していたのであった。


 先程まで見せていた威圧感も神々しさも木っ端微塵。姿カタチは同じ神狼(フェンリル)のままだというのに、ぺたんと地面に伏して尻尾を丸めたその状態はまるで駄犬だ。

「ねぇ、ジーク。私の神狼(フェンリル)の演出、どうだった……?」

 地面に這いつくばったっまま、ちらりと目線だけでジークを窺う。


「ああ。スゴかったぞ、本当に。これぞ伝承の再来、って思わされた」

 その可愛らしい仕草に、ジークは遠慮なく頭を撫ではじめた。嬉しそうに目を閉じるカナタに口元を綻ばせながら、ジークは躊躇いながらも言葉を続ける。


「……悪かった。俺の所為で、カナタの夢まで妨げてしまって」

「ううん。これが、私の選んだ選択だから。これからのことも考えて、それでもジークが居なくなることの方が嫌だったんだ……って、あれ? いつの間にか手枷、外れてない?」

「ああ、これを付けたのは辺境側の兵士だから……その気になれば外れるような細工にしといてくれたんだ。引き渡しの後に嫌になったら自力で逃げろ、って」

「……もしかして私、余計なことしちゃったかな?」


 気まずそうに尋ねるカナタに、「そんなことはない」とジークは強めの口調で返した。

「そもそも実際に逃げ出すことも不可能に近かったと思うが……もし仮に俺の逃亡が成功しても、誰かがワリを食うことになっただろう。それを口実に、辺境領が槍玉にあげられる可能性だって十分にあった」

「それじゃやっぱり、機会があってもジークは逃げないね」

 見通しているかのように言い切られて、つい口を噤んだ。


 そうだ。たとえ逃げることができたとしても、ジークはきっとそうしなかったであろう。

「……でも、カナタのやり方なら話は変わってくる」

「どういうこと?」

「王都の要求を辺境領が突っぱねるから、軋轢が起こるんだ。でも、その要求が()()()()()によって叶わないとしたら……それは誰の責任でもない。しかもその正体が、魔獣から人を守る神狼(フェンリル)と来たらなおさらだ」

「……!」

「あれだけの目撃者が居れば、誤魔化しを疑われることもない。きっと王妃の元にはこんな報告が行くことだろうよ――『ジークは偉大なる神狼(フェンリル)の生贄として選ばれ、捧げられました』、とな」




「生贄かぁ……」

 不服そうな、でも少しだけ嬉しそうな呟きを洩らし、カナタはずいとジークの腹の上へと身体を預けてきた。

 大型犬よりもひと回り大きい狼の姿の彼女を腹に乗せるのは正直だいぶ苦しいが、そこは男の意地で半身を起こした状態でなんとか耐える。


「ああ。もうこれで、俺は名実ともにカナタのものだ」

「ふふっ、そっかそっか!」

 すっかり機嫌を良くしたカナタが、尻尾を振りながら胸元にじゃれついた。

「そういうことなら、私のモノを堪能させてもらおうかな!」


 何を、と聞く隙もなくジークの首元、胸元へとカナタの鼻が突っ込まれた。

「ああ……ジークの匂いだぁ……。気持ち良い……」

 うっとりした声と、落ち着きなく興奮を伝えるように左右に揺れる尻尾。身体の上に広がる暖かな重みが、温もりが胸を締めつけるほどに愛おしい。

「ああ、好きだなぁ……」

 うっとりと洩れる呟きには偽りのない実感が込められていて、ジークの胸がどきりと跳ねた。


「なぁ、カナタ」

 しばらくカナタの好きなように指せてから、意を決してカナタの身体をどけた。居住まいを正して真剣な表情で話を切り出せば、不満そうに鼻に皺を寄せながらもカナタは大人しくおすわりの体勢になって耳を傾ける。

「その……ありがとう。カナタに助けてもらえて、本当に嬉しかった。そして、カナタの願いを諦めさせてしまって本当に申し訳なく思っている。生涯をかけて償うことを約束する」


「違う」

 先程までのご機嫌な様子は何処へやら。カナタは牙を剥き出しにしつつ後ろ脚を踏み鳴らして、不満をあらわにした。

「私は、そんなこと求めてない。ジークとこれからも一緒に居たいから、この姿をさらしたの。その意味が分からないなら……今すぐ、北の森から出て行って」


 強い語調に一瞬息を呑んでから、「すまなかった」とジークは素直に頭を下げる。

「助けられた身でこんなこと言うのは都合が良すぎるかと思って……いや、これも言い訳だな。――カナタ」

 もう一度頭を上げて、ジークは星空のように深いカナタの瞳を真っ直ぐに見つめる。

「前にも伝えたように、俺はカナタが好きだ。人間の姿も狼の姿も半獣の姿も、全部愛おしく思ってる。愛してる。どうかこれからの人生を、カナタと共に過ごすことを許してはもらえないだろうか」


「ジーク!」

 せっかく起こした身体が、勢いよく飛びついたカナタによって再び地面に押し倒される。でも、喜びに我を忘れたカナタはそんなことお構いなしだった。

「私も、私もジークが好き! 結ばれることはないって諦めてたから、本当に嬉しい! これでジークは紛うことなき私の(つがい)だ、誰にも奪わせない! 人間にも、ほかの動物にも……誰にも!」


「おい、落ち着け……カナタ……」

 あまりの喜びの爆発っぷりにジークが必死でなだめるが、カナタの暴走は止まらない。

 尻尾を高速でぶんぶんと振り回しながらカナタはジークの首元に甘噛みを繰り返し……。

「きゅぅ……」

「おい、カナタ?」

 やがて感情の針が振り切れてしっまたのか、突然その姿はヒト型へと戻ったのであった。


「まったく……しょうがないな」

 やれやれと呆れながらも、ヒトの姿に変わったカナタにそっとマントをかけてやる。安心で気が緩んだのか、ジークの腕の中でカナタは穏やかな寝息を立てはじめていた。

 その額にそっとキスを落として、ジークはふっと優しい吐息を洩らす。


 ――地位もない、住むところもない。すべてを失ってしまった現状。

 でも、何故だろう。今感じているのは、これまで味わったことのない突き抜けた爽快感だ。


(きっとこれからも、上手くやれる……カナタとなら)


 そんな確信が身体の内側から沸き上がってくる。

 腕の中のカナタを抱きなおしながら、届くはずがないことをわかっていてジークはその耳元に呟いた。

「自分だけが狼だと思うなよ、カナタ? 男は皆、狼なんだから」


 ――その言葉をカナタが思い知らされる日は、そう遠くない。



○   ○   ○   ○   ○   ○   ○



 ――あれから、数年後。


「ただいまー! じゃーん、今日のパンはおまけがいっぱいだよー!」

「おかえり、カナタ。すごい量のパンだな。ってことはパン屋の奥さんの腰痛、もう治ったわけだ」

「そうそう、私の湿布薬のおかげってすごい感謝されたんだから!」

 そこには、意外なほどに辺境に根差した生活を送る二人が居た。


 元々は人との関わりを完全に断つつもりだったジークとカナタ。しかし、それに待ったをかけたのが義父のノエンであった。

「ひとまず一回で良いから、皆に会いに戻っておいで」

 そう言われて恐る恐る人里を訪れてみれば、呆気ないほどあっさりと周囲はカナタが神狼(フェンリル)であるということを受け入れていたのだ。

『カナタちゃんがいつも守ってくれていたのね、本当にありがとう』『ジーク王子の話、聞いたよ。カナタが守ってくれたんだな! 感謝する!』『もうこっちには戻ってこられないの? アナタの薬、効き目が良くて気に入っていたのに』

 そう言って迎えてくれた人たちの温かい言葉に、どれだけ救われたことだろう。


 ケジメは必要だからと住む家は北の森に置いたものの、結局今では十日に一度は街まで足を伸ばすのが通例となっている。さらに言えば街での用事の中には薬の調合依頼も含まれていて、薬師としての信頼もしっかりと得られてきた。

「こんな風に上手くいくと思わなかった」

「それだけカナタが辺境領の皆に愛されてたってことだろ。俺は別に驚かないけどな」

 こともなげに返され、カナタは少しだけむくれた。


 最近では耳も尻尾も隠すのをやめて半獣の姿で出歩いているというのに、それすらも自然に受け止められてしまっているのはどういうわけか。

 ……まぁこの姿が一番楽だから、それで良いのだが。かつての秘密を抱えた日々は一体何だったのだろうかと少しだけ虚しい気持ちになるのは避けられない。


 わしゃわしゃとカナタの耳を撫でて、ジークはあっけらかんと笑う。

「良いじゃないか。今のこの生活、俺は幸せだよ。カナタは違うのか?」

「そんなわけ、ないじゃん!」

「それならそれ以上のことはないだろう。……そうだ、ジェリーチ産業は相変わらず好調らしい。叔父上がショコラードの実を差し入れてくれたから、明日はショコラードが作れるぞ!」

「ショコラード!」


 一気に機嫌を良くしたカナタに目を細めて、ジークは頷く。

「ああ。家で食べるなら、酒精を入れたって良い。香りが良くなるぞ」

 魅力的な提案に一瞬心が動いたが、少しだけ考えてからカナタは首を振った。

「うーん、それでも酔っぱらうのは怖いからやめておくよ。……でも」


 ――酒精入りのショコラード。

 あれの所為で、ジークと出会った。あれの所為で、ジークに正体がバレてしまった。

 たった一粒のショコラード。それがなければ、私たちは出逢っていなかったのだ。


 そう考えて、カナタは独り言つ。


 全部、ショコラードのおかげなんだから。




これにて本編完結です! 最後までお付き合いいただき、ありがとうございました!


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