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4 ジェリーチの活用(2)


 ふーと大きな息を吐き出すと、ノエンは椅子にずるずると身体をもたれさせた。

「多分ジーク君も気づいていると思うけど……これはものすごい発見だよ……」

「先生にそう言ってもらえると、嬉しいですね」

 パァァッと効果音が聞こえそうなほどにジークの顔が輝く。それからはっとしたように彼は表情を引き締めなおした。


「このことは、お二人に初めて話すのが初めてです。まずは先生に相談しようと思って……」

「僕を信用してくれたなんて、光栄だね。さて、ジーク君はこの発見がどんな効果を及ぼすと考えているのかな」

 真剣な問いかけに、ジークは背筋を伸ばして答える。

「目玉となる産業のない辺境領にとって、このジェリーチの活用は絶好の商機になると思います。まずは、普通に食品としての利用。今までにない食感のこのジェリーチの菓子は、間違いなく新しいもの好きの中央貴族たちの心を掴むことでしょう。まずは高級菓子として売り出し、領の特産品として知名度を高めていくべきかと」

「ふむ、妥当だね」

「そちらについても語りたいことは色々ありますが、俺はそれ以外にこの性質は食用以外にも活かせるのではないかと考えています」


 たとえば、とジークは長い人差し指をぴっと立てる。

「苦くてなかなか服用が難しい薬。それをこのジェリーチの膜で覆ったら、服用のハードルは大幅に下がることでしょう。また、保湿剤や軟膏の基剤としても利用できるかもしれません。さらに保湿の効果が証明されれば、化粧品としての利用も期待できる。……もちろんこういった活用は、これから慎重に検証を進めていく必要がありますが」

 そこまでひと息に述べ、ジークはいったん言葉を切った。視線を落として手元にあるジェリーチをひと匙口に運ぶと、彼は目元を和らげる。

「うん、やっぱり美味しい」




「先ほど言った活用がたとえできなくても、確かに新しいお菓子というだけでコレは十分な可能性を感じるね」

 ノエンも深く頷き、残り僅かとなったジェリーチをスプーンですくう。

「そこまで見通しているなら、君の発見がどれだけの価値があるものかしっかりと自覚しているだろう。まずは領主殿にこの話を持ち込んで、領の施策として……」


「そのことについて、先生にお願いがあるんです」

「え、嫌だよ」

 あっさりと内容も聞かずに拒むノエンの答えに、ジークは後頭部を殴られたかのような顔で固まる。

「そんな、先生!」


「どうせ君、この発見を僕がしたことにしてほしい……って言うつもりでしょう」

「えぇっ、どうして!? せっかくすごい発見をしたのに!」

 その言葉があまりに予想外のものだったために、傍らで話を聞いていたカナタもうっかり驚きの声を上げてしまった。

 反射的にジークに目をやれば、彼は悲しそうな顔でそっと視線を落とす。その反応はそのまま、ノエンの指摘が的を射ていることを物語っていた。


「目立たないように息を殺して、自分の存在が脅威でないことを示しつづければ相手は矛を収めてくれる……なんてのは幻想だよ。ただの問題の先送りでしかない」

「先生……」

「君も気がついているんだろう。生き残るために、しなければならないことを。それはまず居場所を、味方を作ることだ」

「…………」

 何も言えずにジークはじっと黙り込んでしまう。


 何の話をしているのかわからず、カナタはおろおろと二人の顔を見比べることしかできない。それでも、ジークが何か重大な決断を迫られていることだけは伝わってきた。


「ジーク君」

 ノエンはそっと立ち上がると、優しくジークの肩に手を置いた。

「これは、またとない機会だよ。この発見によって辺境領が潤うことになったら、領主殿も君を守ることに積極的になることだろう。中央が何の名分もなく君を害するような事態は避けられる。君も、そろそろ立ち上がらなくてはならないんだ」

「……おっしゃるとおりです」


 蚊の鳴くような、小さな声。掠れたその声は震えていて、そしてジークの両の手は何かに怯えるようにギュッと握り締められていた。

 でも、そんな彼の返事に、うん、とノエンはにっこりと大きく頷く。

「覚悟を決めてくれるね? それなら僕は、存分に協力させてもらうとも」

「ありがとうございます、先生……!」




 緊迫した部屋の空気が、一気に緩んだ。まだ迷うように瞳を揺らしつつも、先ほどよりも明るい顔でジークは残りのジェリーチを平らげていく。その姿を微笑ましそうに見守りつつ、ノエンは思い出したように頭を振って呟いた。

「それにしても、砂糖とは……。ジェリーチのヘタに目をつけた人間までは居たかもしれないけれど、それだけでは足りなかったわけだ。ジーク君はよくそれに気がついたね」

「あれは本当に、運が良かっただけでして……実は俺、菓子を自分で作るのが趣味なんですよ。最初はジェリーチをヘタごと煮出した時に、良い香りがするから砂糖で味付けしたら美味しくなるかと試したのがきっかけで」


「えっ、お菓子って自分で作れるの?」

 話の途中だというのに、カナタはつい素っ頓狂な声を上げて二人の会話を遮った。

 料理と違って菓子は職人でないと作れないもの、というイメージが強い。率直に言って、大雑把な印象しかないジークと菓子職人の精密さはあまり結びつかないのだ。


「確かにある程度特殊な道具やオーブンは必要になるけれど、別に菓子作り自体はそこまで難しくないぞ。俺に言わせれば、カナタの薬草調合の方がよっぽどすごい」

「えー、そういうもの? です?」

「うん、俺はそう思うよ。まぁ確かに砂糖は高級品だから、趣味で菓子を作る人間はそんなに多くないかもしれない。でも、珍しいってだけだ」

 へへっと笑うジークの態度に嫌味はない。




 この戦士然とした男が繊細な菓子を作るのか――とカナタは不思議な気持ちでジークを見上げた。大きな手で細かい細工をする姿を想像すると、なんだか妙に可愛い気がする。

「なんだよカナタ、その微笑ましいものを見るような表情は……言っとくけど、菓子作りって結構体力勝負なところあるんだからな。意外と力を使うんだぞ」

「そういうところは、薬の調合にも通ずるところがあるねぇ」

 うんうんと楽しそうにノエンが同調する。


「ジーク君はどんなお菓子を作ったことがあるんだい?」

「定番のマフィンやクッキーであれば、もう何度も。……ああ、そうだ。最近カナタに渡したショコラードも、実は俺のお手製で」

「ショコラードまで作れるなんて!」


 素直な驚きを見せるカナタに、ジークはにやりと笑って見せる。

「まぁ特別な材料が必要になるから、もうしばらくは作れないけどな。けど、王都でジェリーチを売り込むタイミングになったら、その時にはまた材料が手に入るかもなー」

「俄然! やる気が出てきた! です!」

「はは、そこまで不自然な敬語になるなら、もう素で接してくれよ。カナタは俺にとっても北の森の先生なんだしさ。……ねぇ、先生も構いませんよね?」

「まぁ、ジーク君がそういうのなら……」

 渋々といった様子でノエンが頷く。


「じゃあこれからこの場ではカナタも敬語ナシってことで!」

 パンッと手を打ち合わせて、ジークは宣言する。なんて強引な、と苦笑を浮かべながらもカナタは大人しくその言葉に頷いた。

 ジークに「敬語はナシ」と言われたのは、これで二回目だ。でも、受けた感覚は前回とまるで違っていた。彼のことをよく知ってしまった今、カナタはもう彼と距離を置いた敬語で話しをする方が耐えられなくなっていたのだ。

 その感覚があまり良くないものだと薄々自覚しつつも、先ほどよりもよっぽど張り切った表情でカナタは顔を上げる。




 それから、領主に話を通したらまずは何から手を付けるべきか、という話が始まった。

 目的は、二つ。ジェリーチの新しい活用について、広く知ってもらうこと。そして、その発見者があの「シシグマ王子」であるということを効果的に知らせることだ。今は悪評ばかりが拡がってしまっているジークの汚名をすすぎ、周りの支持を得たい。しかし、そのためにはどうすれば良いだろうか――。


「あ、そうだ」

 沈黙に沈んだ部屋で、カナタの明るい声が響いた。

「それなら良いイベントがあるよ――」




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