第39話 新スキル
15とは、特別な数字である。1+2+3+4+5からなる三角数であり、六角数であり、半素数であり、髪型を改め元服し、徳川幕府は終焉を迎え、ねえやは嫁に行き、そして――新たなスキルが増える。
どうやらこの世界では、5レベルごとに新しいスキルを獲得できるらしい。僕の場合、レベル5で【調薬】、10で【水遁】を覚えた。さて、今回のびっくりどっきりスキルは――
「【木遁】、か」
ゲーム時代でもメインで使っていた、【草】としては大本命の忍術だ。
この世界の忍術は、【剣術】スキルに対する【攻撃スキル】のように、下位スキルが存在する。例えば【水遁】には、【水蛟】、【潜水】、【水面走り】が連なる。
【水蛟】は水を蛇のように操るスキルだ。水魔法と被ってる気もするけど、調薬なんかにも使える、なかなか便利なやつだ。
【潜水】は王城からの脱出計画の核となったスキルだ。というか、これを手に入れたことで具体的に話が動き出したと言ってもいい。MP次第だけど水中で1時間くらいは呼吸が出来るし、移動能力も向上、さらに目を開けても痛くないとかなり有能なスキルだ。レベルを上げることで、近くの仲間にも効果を広げることが出来たのは決定的だった。
【水面走り】は10歩くらい水面を走れる。少々の川なら無視できるのでこれも便利だ、やったこと無いけど。ちなみに「水蜘蛛!」とか言って両足を桶に突っ込んで遊んでたら普通にスイスイ移動できるようになったのでスキルって凄いなって思いました。【木遁】より【水遁】が先に生えたの、お風呂場で【インベントリ】スキルのレベル上げと称して遊びまくってたせいかなって思う。
そして、今回の【木遁】ちゃんである。何と言っても前世の主戦力だ、僕は期待を込めてスキルを確認し――
【木遁】
└ 【木の葉隠れ】
└ 【草場隠れ】
└ 【狸隠れ】
全部隠れてるじゃねーか!!
僕は怒った。いくら【草】でも偏りすぎだ、かくれんぼワールドカップにでも出場する気か!? これでは忍者を飛び越え隠者になってしまう……いや、それはそれで楽しいか、仙人とかなれないかな? 少しだけ気を取り直して詳細を確認した。
【木の葉隠れ】……「木の葉などを撒き散らして相手を撹乱、自身の姿を隠す」
なるほど、【埋没】と組み合わせるとよさそうだ。
【草葉隠れ】……「茂み等に潜み、自身の身を隠す」
ただのかくれんぼでは……。
【狸隠れ】……「木の上に潜み、自身の姿を隠す」
κ-フォーメーション、κ-フォーメーションじゃないか!!
なかなか判断が難しいけど、真正面からの戦闘を避けるスタイルの僕たちにはお似合いと言えるかもしれない。というかこれ、僕らがそういった戦い方ばかりしてるからそういった系のスキルばかり生えてきたのでは……。
1つくらいは毛色の違うのがよかったな、植物を操るとか、と思いながらステータスを確認していると、思わぬプレゼントを発見した。
「お、【水遁】も増えてるじゃん」
ぼくはウキウキと新スキルを確認した。さーて、今週のニューカマーは
【狐隠れ】……「水中に潜み、自身の姿を隠す」
エクストリームかくれんぼじゃねーか!!
僕の心は敗北感でいっぱいだった。
「あれだね、もう少し戦闘力に直結するスキルが欲しかったね」
「待望の超大作ゲームが『つまらなくはないけど……』くらいの出来だったみてェな感じだな」
「嫌な例えをするな」
見てろ、ここからDLCで一発逆転するからよ。
「忍術が増えると分かったのは大きいよ、ガンガンレベル上げていこう。で、そっちは?」
「俺は【スナイピング】だな」
えっずるい。
「狙撃の距離が長いほど攻撃力に補正がつくっぽいぜ」
「完全に僕ら向けだね。遠距離ハメが捗る」
普通に使えそうなスキルなので不公平感がひどい。いいもん、こっちはスキルが実質4つ増えたようなもんだもん。
物は試し、と豊成が手頃なジャイアントスパイダーに超々遠距離射撃を試みたところ、放たれた矢は大蜘蛛の頭を爆発させて胴体を貫通し、後ろの木に半ばまで刺さって止まった。
「えっなにこれ……」
僕はドン引きした。いきなり威力上がりすぎでしょ。
「おっほ……」
豊成も自分で驚いている。
あの距離なら今まではせいぜいブスリと刺さるだけ、倒すまでにもう何発かは必要だっただろう。それが貫通だ、並びによっては2、3匹まとめてやれそうな雰囲気すらある。実に不公平だ。
「……これ、イケるんじゃねェ?」
僕の怒りをよそに、豊成が言った。
中層の魔物は、きっちりと頭部を射ればほぼ即死だった。この打撃力があれば、深層の魔物にも十分通用するだろう。何より、距離による威力の減衰が攻撃力の上昇へと反転するのが大きい。安全マージンを増やしながら、矢の殺傷力を上げることが出来るのだ。【スナイピング】、思ったより凶悪かもしれない。
「……やるか?」
「やるかァ」
僕ら頷き合うと、深層へと足を向けた。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「……見えたぜ、あの根本で座ってるヤツかァ」
「そうそう。あの目が3つあるやつ」
僕らが選んだターゲットは「三眼鬼」、深層に住む人型の大鬼だった。
力のあるオーガが進化した姿とも言われるこの魔物、その特徴は何と言ってもおでこにある「第三の目」だ。ただの目ではない、敵を呪い、魔法から身を守り、なんならビームも放つ、凶悪な魔眼なのだ。さらに身体もとにかくゴツい、オーガが直方体ならこいつは立方体だ。
だけど魔眼の射程範囲は狭く、他の遠距離攻撃手段はない。足も速くはないから、距離を取って戦うのがセオリーらしい。何発か射ってみて、駄目そうなら尻尾を巻いて逃げればいいだろう。
僕らは茂みに隠れ、目標を観察する。三眼鬼は胡座をかいて動かず、両の目は閉じられ第三の目だけがらんらんと輝いていた。
フゥー、と深呼吸していた豊成は
「よし、やるぜ」
と言って弓を引き絞ると
「……【集中】【チャージ】」
スキルを全部盛りし、
「…………フンッ!!!!」
ターゲットに向けて放った。
瞬く間に矢は三眼鬼へと迫り、狙い通り開かれた第三の目を直撃。その矢尻は深く突き刺さり、だが、それだけだった。三眼鬼は痛みで怒り狂い、立ち上がって棍棒を振り回した。
「あァ? 効いてねェぞ!?」
「いや、目は潰した! もう一発いこう」
足踏みの音が響き、周囲の木々がなぎ倒されている。目標はまだまだ元気いっぱいだ。
「ヤベェな、あれ喰らったら一撃でお陀仏だろ」
「でも、あそこで暴れてくれるなら思う壺だ。このまま蜂の巣にしてやろう」
「目は無理だな、顔面に当ってくれよォ」
豊成はじっくりと狙いを定めると、次弾を放った。
音を裂いて飛来した矢が、まっすぐ顔面に突き立つ――その直前、三眼鬼は左腕を掲げて頭部を守り、矢は手首の下に刺さった。
「ハァァ!?」
「まじか!?」
僕らは思わず叫び声を上げた。あり得ない、こちらの位置はバレてないし、警戒されてたようにも見えない。つまり三眼鬼は、あの狙撃を見て防いだのだ。ヤバい、ヤバすぎる。
「イヤイヤイヤ、ないでしょ」
「どうする? も一発いっとくかァ?」
豊成がビビりながらも次の矢をつがえようとしたその時――三眼鬼は棍棒を振り回す手を止めるとふいとこちらに振り向き、藪に隠れて見えないはずの僕たちを確かに見た。僕らは、確かに見られた。
背中の全てが一斉にざわつく。口内がカラカラにひからびる。全身から汗が吹き出す。体中が、危険信号を発している。
あの瞬間、恐怖は実態を持って僕たちの前に現れていた。
「撤退! 南ルート!!」
僕はそれだけ言うと全力で走り出した。豊成も【踏破】全開、落ちた小枝を踏み折りながら爆走している。ガツン、ドカン、と遠くから木々がなぎ倒される音が聞こえる。
「前にもあったなァ、このパターン!!」
「いいから黙って走れ!!!!」
今回は階層間の階段なんてしゃれた安全地帯は無い。逃げ遅れは即、死に直結するぞ! 藪を突切り、小川を飛び越え、小便を撒き散らし、すぐに着替え、僕たちは泣きながらとにかく南へ、南へと走った。
その逃亡劇は長く、永遠に終わることがないかと思われた。