第37話 薬草採取
初心者ダンジョンの踏破を午前で終わらせた僕たちは、昼食をとった後冒険者ギルドの扉をくぐった。午後はダンジョンの予定を取りやめ、適当な依頼を受けることにしたのだ。ギルドの構内は、汗と酒と香水の匂いが入り交じって濃密な空気だった。僕らは星無し冒険者用の掲示板を覗き、依頼を吟味した。
冒険者はギルドによってその実力をランク付けされる。星無しから始まって星半個ずつ昇進し、星1つで1人前、1つ半でベテラン、星2つで支部のエース、2つ半ともなれば国を代表する冒険者と言われた。星3つは世に名を轟かす英雄であり、その中でも歴史的な偉業を達成した者には名誉職的に星4つの称号が送られた。
僕らは星無し、まじりっけなしの駆け出し冒険者だ。ホブゴブリンの耳を提出すれば、それなりの戦闘力有りとみなされ星半冒険者に昇格できる。が、それはまだ早かろうと先延ばしするつもりだ。そもそも、豊成はまだ冒険者登録してないしね。
星無し冒険者用の掲示板に張られている依頼書の半分は、危険のない町中での雑用や力仕だった。残りはゴブリン退治、薬草採取等だが、これらは常設依頼なのでわざわざ依頼を受ける必要はない。ただ、正式に依頼を受けるとギルドの仕事ということで、街の出入りに費用がかからなくなる。その分、期限内に達成できないと依頼失敗になるけど。僕らは薬草採取の依頼を受け、通行証を受け取った。
「あれだな、チンピラに絡まれイベントとか全然無ェな」
「こんな強面に囲まれて問題起こそうと思うアホはもう排除済みなんでしょ」
ギルドの構内は冒険者上がりのギルド員が依頼の書類を掲示板に貼り付け、冒険者上がりのギルド員が厨房で飯を作り、冒険者上がりのギルド員がモップで床を掃除する、ドキッ♥引退冒険者だらけのおっさんパラダイスだ。全員胸板はゴツいし声はでかいし、目の奥が笑ってない。元の世界で雰囲気が一番近いの、多分ヤクザの事務所とかだと思う。いや、女性の方もいらっしゃるけど皆さんやっぱりガタイ自慢で、いわゆる「受付嬢」とか存在の余地がない。上の方にはインテリ系のヤクザもいるらしいんだけど、ここで動き回っているのは現場系の皆さんだ。やっぱり迷宮都市ならこれくらいのパンチが必要なんだろう。
「魔物暴走、『抗争』とか呼んでるぜ絶対」
「1本書けそう、『ヤクザの親分だけどダンジョンマスターになったので他の組に抗争仕掛けます!』」
「『兄貴ィ、ダンジョンコア取ってやりましたぜ!』」
お前は芋引いてそうだな。
西門をくぐって徒歩30分、ここが西の森だ。
タラス共和国の西部に広がってるから、という雑ネーミングの大森林。もちろん南の森や東の森もあるよ、共和国のセンスは質実剛健のようだ。辺縁部はゴブリンやコボルド、森林狼など低級の魔物しかいないが、少し中心部に足を踏み入れればヒュージボアやオーク、ビッグスパイダーが生息している。そして最奥ではオーガやグランドリザード、はてはトロルやキマイラなんかの凶悪な魔獣がが徘徊しているという。森からの魔獣を押し留めるのも、ボルケスタに与えられた重大な役目だ。
「おお、見たことのない植物が沢山だ」
王宮ダンジョンの森林階層とは植生も雰囲気もまるで違う。お日様燦燦で気候も穏やかなあっちと違って、こちらはいかにも北国といった針葉樹林だ。蒼の森と同じで背の高い気が多く、森の中も歩きやすい。逃走中は周囲の植物をじっくり観察する時間を取れなかったし、ここでしっかり【植物知識】と【観察】のレベルを上げておきたいところだ。
「とりあえず中層まで行くかァ?」
「そうだね、魔物もいつメンばかりみたいだし」
依頼分の薬草を集めつつ、森の奥へと進んだ。途中で倒したゴブリンやコボルトの耳を狩っておく。迷ったけど、耳のある死体が残ってるのも不自然かなと考えたのだ。ギルドのランク上げや依頼の偽装にも使えるだろう。
「うおぉ、やっぱ耳を切り落とすのはアレだな……」
「向こうじゃ素材なんて全然回収しなかったからね」
そんな暇があればレベル上げしたかったし、インベントリを圧縮したくなかったし、何よりグロい。
魔石は放置の方向だ、手間がかるので回収しない冒険者もそれなりにいるらしいし。王都ダンジョンで手に入れたのが大量にあるしね。
「お、いるいる。オークが6体」
森に分け入って小一時間、豊成が強化された視力で魔物を発見した。中層に入って早々、団体さんのお着きだ。
「どうする?」
「いつも通りでいこう」
「そォだな。ここだと曲射は無理だ、もっと接近するか」
「東の藪が深い、そっちから回り込もう」
オークを1対1で倒せるのが星1冒険者の目安だ。今回みたいに遠距離から奇襲できるなら、6対2でも僕らには問題ない。姿を隠すのに丁度いい茂みまで来ると、豊成は大弓を取り出した。
「木の背は高いし枝は張ってないし、射線が通って助かるぜェ」
オーク達まで120mほどか? 僕らに全く気づいていないようだ。
「【集中】……【チャージ】……」
豊成は矢をつがえ、スキルを発動する。
「……フンッ!!」
もの凄い勢いで放たれた矢は木々の間を縫って飛び、一番奥のオークの脳天に突き立った。
「当た~り~。次の敵を狙おう。周囲に魔物はなし」
オーク達は突然の襲撃に慌てている。まだいけるな。
「【チャージ】……フンッ!!」
2射目。これも見事にオークの右目を貫く。
オークたちはやっと襲撃者の方角に当たりをつけたようだ。叫び声を上げながらこちらに向かってくる。
「バレたね」
「近づいてくれるなら狙いやすくてありがてェな……っと!」
オーク団の左端が首辺りに矢を受けもんどり打って倒れる。起き上がってこないな、あと3匹だ。接敵までもう1射いけるか?
「一番右をやる」
僕も弓を取り出して構えた。そこそこ練習してきたんだ、このくらいの距離……当たれっ!!
「フゴッ!?」
当たった! けど腹だ! オークは苦しそうに血を流しながらもそのまま突進してくる。その右隣のオークの鼻に真っ直ぐ矢が突き刺さった。後2体! 僕は弓をしまうと短剣を取り出した。
「無傷な方は僕がやる。豊成は盾でも構えてて」
「あの手負にはさすがに負けねェよ」
無傷なオークは手斧を振り回して藪を突っ切ろうといるが、おかげで全身無防備だ。さーて、さっき獲得したばかりのスキル、【投擲】のお披露目会だ!
「フッ!!」
僕の投げた石は勢いよく飛んでいくと、オークの顔面に直撃し
「全然効いてないじゃん!」
額から血を流しながらもオークが突っ込んできた。めっちゃ怒ってる。遅れて2体目も藪を越えた。
オークが僕に狙いを定め、手斧を振りかざす。僕はインベントリから大盾を取り出して構え、
「【埋没】」
とスキルを発動するのと同時に盾を収納、オークの背後に回り込んだ。オークは完全に僕を見失っている。
「【バックスタブ】」
僕の短剣がオークの延髄に突き込まれ――ショートケーキにフォークを突き立てるくらい簡単に、深く深く刺さった。これが初心者ダンジョンで獲得したもう一つのスキル、背後からの攻撃が強化される【バックスタブ】だ。
うおっ!? あまりの手応えの無さにこっちが驚いてしまう。これが攻撃スキルの力か、有りと無しとじゃ雲泥の差だな。……あ、うん、【投擲】ちゃんもきっといつか輝く時が来るよ。
豊成と打ち合っているオークも背後から一突き、戦闘は僕らの完勝に終わった。




