第36話 初心者ダンジョン
「無双の時間だあああぁぁぁぁーーーっ!!!」
えー、勢いよく飛び出していった深谷君が静かになるまで、10分かかりました。
ゴブリンを虐殺し終え目からハイライトを失ってとぼとぼと戻ってきた豊成は、ニヒルに笑って言った。
「いや、無理だろこれ」
僕らはボルケスタにある初心者向けダジョンの1つ、『黎明の囁き』を進んでいた。一層おおよそ3km、全5階層のこじんまりとした迷宮だ。敵もゴブリン、迷宮ネズミ、オオコオモリと、駆け出しでもきちんとパーティーを組んでいれば対応できる相手ばかり。なるほど、ルーキーが経験値を積むのに最適だ、丁度1ヶ月前の僕らのような。
もちろん、今の僕らにとってはゴブリンなんて経験値にも戦闘経験にもならない。立ち塞がっているから殺すだけ、争いではなく一方的な虐殺だ。こんな形で成長を確認したくはなかった。偽装工作の為とはいえ心が痛む。……が、それも目的の1つだった。
動くものは全て敵、常在戦場を地で行くゴブリンとて愛はある。たまに仲間を殺されて怒り狂ったり、傷ついた仲間を庇う仕草を見せる個体がいるのだ。そういう場面に出会くわすと、「やっぱゴブリンって生きてるよなあ……」と考えてしまう。彼らに止めを刺すたび、自分が何をしているのかよくわからなくなった。
「ごめんよ、僕には帰る場所があるんだ……」
なんておセンチを気取ってみるけど、うーん、思いの外キツイな。午後は別の初心者ダンジョンに行こうと思ってたけど、予定を変更するべきか? ゴブリンの首を掻っ切りながら僕は考えた。
「俺の【ストレス耐性】の一部となって永遠に生きてくれやァ!」
豊成はいい感じの台詞を言おうとして失敗し、完全に悪役になっていた。
「彼らの犠牲を無駄にしないためにも、スキル上げの標的としてしっかり働いてもらおう」
「オマエ、魔物が数字に見えてきてねェ?」
インベントリから小石を取り出し、手の上でもてあそぶ。僕らの【インベントリ】はレベル3に成長していた。レベル1で1㎥、レベル2で2㎥、当然次は3㎥……と見せかけて、なんとレベル3の収納可能サイズは4㎥だ。これは嬉しい誤算だった。インベントリの容量は質量兵器の攻撃力に直結する、大きければ大きいほどいい。8、16,32、は無理かなあ、9、16,25と続いてくれれば御の字です。
あー、王宮ダンジョンで拾った石、あんまり表に出さないほうがいいかな。僕は小石をしまうと、その辺の石を拾い上げ、ゴブリン目がけて思い切り投げつけた。
最近上げようとしているスキルが【投擲】だ。ゲーム時代のメインウェポンだった【短剣術】は訓練を始めてすぐに獲得できたので、サブウェポンだったこっちもそろそろだと思うんだけど。
僕の投げた小石は正確にゴブリンの頭に命中すると、頭蓋骨に反射して隣の一匹の肩に跳ねた。
「ギギギ! グゲゲゲッ!!!!」
仲間をやられ、怒り狂ったゴブリンたちが棍棒を振り上げ僕に殺到する。
「……【埋没】!!」
途端にゴブリンは僕を見失い、持て余した怒りをぶつけるべく豊成に突撃した。
「おっ、テメェコラふざけんなよ!!」
3レベルになった【埋没】は、レベル差のある相手なら発見された状態からでも姿を隠せるようになった。でも隠れたのはバレバレだし強い敵には効かないし、使い所が難しい。と思ってたけど同じ相手に対し出たり消えたりで、何度もスキル経験値を稼げる優れものだと判明。同じく【迷彩】のレベルが3になった豊成とおもしろがって魔物のキャッチボールをしてたらいつのまにかレベル4にあがっていた。
豊成(の盾)がタコ殴りにされている間にゴブリンの背後に近づき、ショートソードで延髄をひと刺し。こちらに気づかないゴブリンたちを七面鳥撃ち(刺し?)していった。
わき上がる抗議の声を無視してダンジョンを進み、順調に5層へ到着。ここでは守護者と呼ばれる強力な魔物が、最奥の部屋で冒険者たちを待ち受けている。いわゆるボスだ。
この世界のダンジョンの殆どには守護者が存在するが、倒しても宝箱やスキルが貰えたり初回撃破ボーナスがあったりはしない。ボス自信の素材が回収できたりギルドのランク査定の材料になるだけで、他はせいぜい倒せば入り口への転移魔法陣が出現して帰るのが楽だね、くらいの、何か定期的に湧く強い魔物扱いだ。
『黎明の囁き』の守護者は「ホブゴブリンと愉快な仲間たち」。大した素材も落とさず旨味がない、不人気ボスだ。本当の駆け出しには辛い相手なので、無視してレベル上げに励むパーティーも多い。ホブゴブリンの耳を持って帰ればギルドのランクが上がるので、僕らにとっては貴重な相手だ。
運良く他のパーティーがいなかったので、すんなりと守護者への挑戦権を得た僕らは僕らは気合十分だった。王宮ダンジョンは深く、僕らが踏破できるものではなかったので、これがドキドキの初ボス体験。身も入ろうというものである。
「よし、行くぞ」
「やってやるかァ!」
僕らは力いっぱいボス部屋の扉を開けた。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇
「マ、こんなもんか」
「まあ、普通にオーバーキルだよね」
冷静に考えて、王宮ダンジョンで普通にホブゴブリンの群れを狩っていた僕たちには、ここのボスなどものの数ではない。これだけレベル差があると、不得意な力勝負でも負けはしなかった。鍔迫り合いからの袈裟斬りでホブゴブリンは倒れ、戦闘は終了。盛り上がりを演出するため近接戦で挑んだんだけど、何の手応えも無く終わってしまった。
「肩透かし感がひでェ……おっ、来たぜ」
敵を殲滅し終えて10秒と経たないうちに、床の一角が光り出す。やがて輝きが収束すると、魔法陣が残されていた。これがダンジョンの入り口に続いている、転移魔法陣だ。
「……全然分かんねェな」
「僕らが召喚された魔法陣と似てるといえば似てる……のかな?」
僕はインベントリから一枚の紙を取り出した。
何人かのクラスメイトは、あのときの召喚陣を撮影していた。図書館組はその情報を集め召喚陣の大まかな再現に成功していた。僕は紙に書かれた召喚陣と床のそれを見比べる。
「うーん、専門家の意見が欲しいところだね」
【召喚師】長平さんに師事して召喚魔法も少し齧ったんだけど、僕の付け焼き刃では歯が立ちそうにない。そもそも国が全力を挙げて解析に走り、未だに成功してないような超技術だ。
「しかたねェ、記録だけして帰ろうぜェ」
「そうだね」
僕はスマホで召喚陣を撮影し、
「おっと、耳、耳……豊成、お願い」
「ほいよ、《エアカッター》」
ホブゴブリンの耳を回収すると、慎重に召喚陣の上へ足をのせた。
「……!」
「!!」
召喚陣が一瞬強く光ったかと思うと、次の瞬間にはもうダンジョンの第一層だ。
「……なるほど、こりゃスゲェ」
「これ、あれだね。解析されないほうがいいかもしれないタイプの技術だね」
小さくない衝撃を胸に出口へと向かった僕らの足取りは、どこか重かった。
「これでダンジョンの初制覇か。やっぱよォ、ボス倒したらボーナスが欲しいな。やる気がでねェ」
豊成が益体のない愚痴をこぼすが、全く同感だ。アクションと報酬のループに慣らされたゲーム脳の僕らにとって、このリターンは十分とは言えなかった。
「召喚者特典でも付けてくれてないかな」
僕は往生際悪くステータスを確認し、一縷の望みに賭けた。神様、哀れな勇者達に格別のご配慮を……可能なら空間魔法、それか転移魔法、転移魔法がいいで――
「あ、生えてる」
「マジかよ」
「しかも2つも」
「2つも!!??」
豊成が目を見開き、欧米的オーバーリアクションで驚愕した。こいつ、驚き男の才能があるな、新製品ガジェットのレビューライターとかやるといいと思う。
「穂積……お前、キングギドラになっちゃったのか」
マジかよ。僕は驚いた。
確かに、これまでにない力を感じる。
アップデートされた新感覚! ほとばしるインターネット体験!!
もう、以前の生活には戻れない。
僕が、僕の僕たちがキングギドラだ!!!!