第14話 3日目
朝の座学はサンルーン地方について。
簡単な地図、というか風景画? が提示される。ビルの上から眺めたようなアングルだが、確かに魔法で空が飛べる人くらいいるか。
このサンルーン半島はひょうたんを左に横倒したような形状だ。右の丸の下部、クラスト大陸とつながっている部分が大山脈。そこから少し北上して小山脈があり、ここに3つの砦が築かれている。この夏に左のハスラ砦が魔族に襲われ陥落したらしく、事態を重く見たサンルーン国王が勇者召喚を決行。そうして僕たちが呼び出された、と。
ここまでは既知として、なんと重大な新情報、この地方には他の国もあるらしい。サンルーン地方全部が自分たちのもの、みたいな語り口だったからすっかり騙されていたよ。
まずは左の丸に位置するタラス共和国。前回召喚された勇者達が魔族討伐の褒美として領地を与えられ興した、サンルーン王国の属国だ。ひょうたんのくびれ部分は青の森と呼ばれる深い森林地帯が広がっており、凶悪な魔物の生息地となっている。長らく右の丸側を守るだけで精一杯、森の調査までは手が回らなかった王国だが、勇者達はその森を突破し新たな平野を発見したらしい。以降、左の丸側は実質共和国の領土となった。領土の大半は森に覆われているそうだが。
そんな共和国の下部にあるごく小さな領地が、ブラバルト教国。これは勇者達の征西に同行したブラバルト教団の総大司教が、小さな泉のほとりに興した国だ。規模は小さいものの、その宗教的権威は決して無視のできるものではないとか。この地方にいるマリス教の聖職者は全員がブラバルト教国の所属となっているらしいから、納得がいく。
マリス教はクラスト大陸全土に広がる一大宗教だが、他種族を中心に色々な神が信仰されている。そう、ここには獣人もエルフもドワーフもいるのだ。ただ、多くは勇者に着いてタラスに行っちゃったらしい。田中君の目が、完全に西方をロックオンしてしまった。彼が青の森を超える前に元の世界に帰らないと、大変なことになってしまう気がする。
で、サンルーン王国だ。ひょうたんの右側全土を掌握する、栄光の王国。寒さのお陰で魔物も少なく安全な、勇者に守られた約束の地。
丸い領土の下部にバルバロ大山脈とソロス小山脈、中央から上部にかけては巨大なセンラーム湖が存在する。ここ王都サンルーンは南を湖、北と東を山々に守られた天然の要塞だ。
うーん、結局のところ2つの国は内部分裂で出来たっぽいし、他国や他人種に言及するときの口調ににじみ出るものがあるし、やっぱり安心できない国という印象だ。
ちなみに、真ん中と東の砦は王国軍が、落とされた西側の砦はタラス共和国の軍が担当していたらしい。「我々が守っていたらだったら魔族にみすみすやられるようなことなどなかった」だそうだが、うーん。
教養の時間は全2回を持って終了となるようだ。まだ聞きたいことは多いけど、それは横沢図書室に期待かな。
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魔法の講義は昨日に引き続き実践中心だった。
前回の《ライト》に加え、今回は指先から火を出す《ファイア》、水を出す《ウォーター》、風を出す《ウィンド》がおじいちゃんによって披露された。これらは全部まとめて《生活魔法》と呼ばれている。習得しやすく必要魔力の少ない魔法は大体このカテゴリだそうだ、雑な分類だが実践的とも言えるか? みんな早速挑戦しているが、問題なく成功しているみたいだ。はやりお手本がいるといいのだろうか?
なんか黒いモヤモヤを出す《ダーク》と、砂を動かす《サンド》の魔法も実演された。適応者の少ない闇魔法と、媒介が必要な土魔法は多少習得が難しいらしい。そういえばうちには暗黒騎士とか暗殺者とか闇系の職業はいなかったな、というか一番邪悪なのもしかしなくても忍者なのか……。
《ダーク》を発動できたのは3割に満たないようだ。魔法職の成功率が高いというわけではないのが面白い。《サンド》は【土魔術師】種里君がドヤ顔で砂をぐりんぐりん動かしてウザがられていた。
「魔法職でない勇者様は、まずどれか一つに絞って練習されるがよろしいでしょう」
とのことなだが
「イヤ~残念だなァ~、《ダーク》が発動できなくて悔しいなァ~。やっぱりこの裏表ない真っ直ぐな人間性とは相性が悪かったんだろうなァ~。あ、穂積サンは全種使えるんですね、さすがッス! どれを伸ばすんすか? やっぱ闇っすか!?」
「やかましい。農民的には土か水だろ。うーん、回復のできそうな水かなあ」
「確かにポーションだけじゃ心もとないからな、光も農民的ありか?」
「ただ全体で属性が偏るのもよく無さそうなんだよね」
「そこは仕方ねェだろ、どんなにバランス調整しても強属性ってのは出ちまうもんだ」
そんなゲーム脳みたいな。と思ったが現実では強キャラ、強戦法のゴリ押しが最適解なことが多い。ハズレ属性は弱いからハズレって言われるわけで、異世界転生脳なのは僕の方だったようだ。
結局そんな心配は杞憂で、属性は偏ることなくバラけてくれた。特に希望のなかった何人かがバランスを取ってくれたおかげだ。大学なんかは全会一致で光にされていた。そして闇に強キャラが集まってしまった気がするな……。
火は攻撃、水と光が回復、風と闇が補助、土は防御が得意分野だ。水と光に人気が集まったのは想定内として、攻撃魔法の代名詞とも言える火属性の人気が低かった。まあ、何となく分かる、生物を生きながら燃やしたいとか普通思わないよ。
「火もいいよなァ~。エルフ! 村! 火魔法!! やっぱ王道は大切だって思うだろォ~?」
思わねーよ。
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午後は戦闘訓練だ。
前半は昨日教わった型の繰り返し。木刀の重さに慣れてはきたものの、まだまだ動きがぎこちない。何人かは筋肉痛でヒィヒィ言ってたけど、湿布薬とかも錬金術で作れるのかな?
後半は希望者を集めて、弓や槍の訓練が行われた。弓は特にフォームが大切だし、これには助かった。豊成があからさまに的を外しにいってて、ちょっと笑ってしまった。
最後は全員参加での乱取り。
戦闘職相手では、やはり歯が立たない。浜君のフルスイング胴なぎで盾ごとホームランされてしまった。正面からでは無理ゲーだなこれ。
豊成はリーチを活かして距離を保ちチクチクといやらしく戦っていたが、田中君がスキルで飛ばした剣戟をまともに食らって地面を転がっていた。
「クソゲーだろ!!」
気持ちは分かる。
強い相手も困難だが、逆に女子相手もやりづらい。目をじんわりさせながら杖を構えて震える住吉さんとか、どう相手すればいいんだろう? こちらから迂闊に攻めかかるわけにもいかず、しばらくにらみ合いが続いたが
「や、やあーっ!」
としびれを切らしやけくそ気味に飛び込んできた吉住さんを2、3度いなしてから木刀を突きつける。なんだか小動物を虐待している感じがしていたたまれないな……。
バトンタッチで現れた【騎士】の染谷さんには普通に力負けして仇をとられたし、豊成は槍を構えた【巫女】小森さんにリーチ外からチクチクやられて文字通り手も足も出なかった。体格差よりステータス値やスキル、職業補正が大事みたいだけどこれは朗報だ、教官役の騎士達相手に体格勝負じゃ分が悪すぎる。
僕らが地面にへたって休憩していると、「ウオオ!」と待機列から奇声が上がった。訓練場の砂で遊んでた種里君の【土魔法】レベルが上がったらしい。
「はっはっは、才能があるって怖いねえ! ああ、君たちも諦めずに努力したまえ」
などと早速調子に乗ってはブーイングをくらっているが
「ん? 俺も【剣術】のレベルが上がってるな」
と大学が発言したため、「三日天下どころか3分」「カラータイマーよりもたない」「一人遊びだけ一人前」とバッシングを受けることとなった。
「経験者とはいえこんなに早くか? 【剣術】Lv.2は騎士団の入団試験の条件だぞ、さすが勇者様だなおい」
と講師のサルバンが驚いている。ちなみに本人はLv.5らしい。「これでも一応上級騎士なんでな」。その後、若松さんの【剣術】レベルも上がったし、そろそろみんなのスキルが成長するころか? 「くそっ、どうして俺の【格闘術】レベルは上がんねーんだ!!」って建石くんがキレてるけど、必殺技の名前ばっか考えてるからだと思う。
これなら僕らも【埋没】や【迷彩】を本格的に伸ばしに行って大丈夫かな。インベントリも上がってくれると嬉しい。あとは誰かに新スキルでも生えてくれると動きやすいんだけど……。
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錬金術の講義は早い。
「ほいじゃ、もう作業に入りましょうかの」
参加者全員がテキストを読了済みだったので、簡単な質疑応答を挟んで早速実践編となった。今日のお題はポーションだ。
まずはお手本としてアーメント老師が一本つくってみせる。いやー教科書読んだ後だから更によく分かるけど、おばあちゃんやばいわ。最速での作業を前提として、お湯を沸かしたり試料を水にさらしたりしている。タイミング一つずれれば大惨事、バッファのバの字もない超々最適化。
「いや、無理でしょこれ」
「参考にならなすぎる」
「兄弟子の苦労が忍ばれるぜェ」
とみんなもお手上げ状態で、ここへ来て実は一番ひどい授業だった説も浮上してくる有様だ。兄弟子の苦労が忍ばれるね、せめて実況解説を付けて欲しい。
「フォッフォッフォ、【錬金術】のレベルが上がればこのくらいは誰でもできますぞい」
そんなスキルねーよ。僕らは諦めた。
老師の超絶プレイを脳裏から追い出し、初心者らしくゆっくりでいいので、丁寧で確実に調薬を進めた。おばあちゃんは何も言わずに僕らを見守っている。教科書を何度も確認したり、多少の失敗をしたりと時間はかかったけど、無事にポーション作成に成功することができた。
「ほうほう、これだけ出来れば大丈夫でしょう。初級までなら皆様だけで練習なさって構いませんぞ」
錬金用の素材をいろいろ貰って、本日の講義は終了となった。
寝る前の自由時間に早速復習を、と思ったけど、弓の練習を優先することにした。こればっかりは自室じゃ無理だから、出来るときにね。
こうして、異世界生活の3日目も無事に終わった。
「なんだかんだで適応しちまってるなァオイ」
「そうだね、この調子でしばらくは行けそうだ」
なんてのんきな考えどおりに、いくはずはなかった。