第13話 インベントリ
翌日は朝も暗いうちから起き出して、豊成と朝風呂に向かった。時間を確認するのに廊下の時計まで行かないといけないのは不便だな。早朝の大浴場は丁度掃除が終わったようで、貸切状態だった。
この入浴の目的は、【インベントリ】の追加検証だ。
昨晩の実験で判明したのは、入れられるのは自分が触れていて、かつ支配下にあると認識されているものだけ。
例えば手に持った本はOKだけど、机に置かれた本の上に手を置いて入れと念じても駄目だ。ただし、本くらいの重さなら完全に手に取らなくても端を持ち上げるだけでも収納できる。これが椅子になると、背もたれを掴んで傾けるだけじゃ入ってくれない。
自分のコントロール下にあるなら、足からでも頭からでも収納できる。これら【インベントリ】の「掴み」は、やっているうちにどんどん上達している感覚があるので、以降も継続して調査が必要だろう。非接触、または服越しでの収納はぜひものにしたいところだ。
逆に、取り出すときはコントロールされている必要がない。保持は無理、出したらそのまま落下するだけ、なんて状態でも問題なく出すことが出来る。定番のインベントリ爆撃なんかは可能だということだ、期待が広がるね。
インベントリのサイズも調べた。1mほどの長さなら、問題なく入る。それ以上になると立てようが寝かせようが収納することは出来ない。武器庫からパクる過程で検証したので、サンプル数は十分のはずだ。
縦70×40×40ほどの椅子は入れらるが、2脚目は無理だった。1m立方あたりが限度だろうか? あとでいい感じのサイズの箱を探しておこう。
さて、大浴場でテストするのは液体への操作だ。
まず、身体をきれいに洗う。僕は足から派だ。続いて頭。しっかりと泡を流し、湯船に肩まで浸かる100数える。タオルはインベントリに突っ込めばいいので楽でいい。次に空の風呂桶を収納する。うん、問題ない。桶に半分ほど水を貯める。水面が十分に凪いだことを確認し、インベントリへの収納を試みる。よし、入ったぞ。
本題はここからだ、桶をぐるぐると回し、中の水で渦を作る。この状態でインベントリへ……んぐぐ、入らない。
大きすぎるものを入れようとしたときの無反応感とは違って、抵抗力というか反発力を感じる。うーん、スキルレベルを上げれば収納可能になるのか?
ところで、温度とは運動だ。熱いお湯は水分子が激しく動いている状態にあり、冷めるに従ってどんどんと運動は穏やかになってく。そして、完全に動きが止まると絶対零度だ。常温の水が入る以上、運動量を持った物体をインベントリに収納できないはずがない。僕は浴槽のお湯をすくい、桶ごと収納する。ほら見ろ、入るじゃないか。だったら動いてる物も入れろよー。
「『【インベントリ】スキル貰って勝ち組だと思ったら絶対零度の物体しか入らないんですけど!?』ってか? 出オチに過ぎるな」
「無能と罵られて追放されるけどすぐ何でも入るようになって逆転人生のパターンだな」
「『絶対零度』と呼ばれるヒロインでも収納しようぜェ」
「超電導ネタは必須だな」
あれやこれやと設定を考えて盛り上がったが、結局「ア? 絶対零度でも電子は普通に原子の周り回ってねェか?」の発言一つでボツになった。やっぱクソ作品だわ。
運動量を持った物体が収納できれば、悪さは仕放題だ。この程度で諦めるには口惜しい、こちらも練習を続けていきたい。
次は液体の直接収納を試みる。
桶に入ったお湯なら出し入れ可能だ。では、桶なしでは? お湯を両手ですくい、入れと念じるが……駄目だ。口に含んだり、両手で包んだりもしてみたが収納できない。そもそも水をコントロール出来ていると自分自身で感じられていないとの自覚がある。渦みたいな一定の運動とちがて、こいつらフルフルして動きが読めないのだ。こんな状態じゃ無理だな、やっぱり要訓練。
インベントリに収納物がどう納まっているのかが分からないのも良くない。水をそのまま収納すると、教科書や薬草辞典やスマ――あれが水没してしまう危険性もある。
「お、ひらめいたぜェ! ……よっと」
隣で一緒に唸っていた豊成がタオルをびしょびしょに濡らして、そのままインベントリに収納した。なるほど、こういう手段もあるか。
「お前のアレ、死んだな」
「アレ? アレって……アアァァァアア!!??」
愚かな……。
◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇ ◇◇◇◇
朝風呂が終わると、朝飯が始まってくる。
いい話と悪い話がある。いい話は、豊成の持ち物が無事だったことだ。悪い話は、豊成の持ち物が無事だったことだ。
脱衣所でインベントリを空にして確認した結果、インベントリの内部に濡れたものは見つからなかった。収納物体同士は不干渉なのか? なんにせよ、益のある検証になった。
食事はバイキング形式で、みんなトレイを持って好き好きに料理を盛り付けていた。厨房では人がひっきりなしに行き交い、次々と新しい料理が運び出されている。僕は音もなく食堂の隅へと移動した。
「お代官様、ほんのつまらぬ物ですが……」
「……おお、赤石屋。お主も悪よのう」
気づかれないよう背後を取って急に声をかけたのに、驚きを見せないどころかしっかりネタに乗っかってくるあたり、横沢さんはさすがだ。あ、豊成のやつバレてやんの。
「『錬金術入門?』 いいの? 講義のやつでしょ」
「豊成も貰ったからね、2人で1冊あればいい」
「助かる。こっちの世界、本がなさ過ぎて死にそうなんだよね」
書痴には辛い世界だろう、僕もネットがなくて死にそうだからよく分かる。
「ふんふん……ふーん……」
横沢さんがパラパラと冊子をめくる。初心者向けで図解の多い、兄弟子が夜なべをして写してくれた、折り畳まれた紙が挟まれている、出来立ての教科書。
「上手いこと女子に共有しといてもらえると助かるよ」
検証したインベントリのあれこれや男子の間に起こったイベント、それとおこがましいけどクラスメイトへのアドバイスなんかを書いておいた。みんなの役に立てばいいけど。
「了解。【司書】もいまいちよくわからないし、これくらいの仕事はしないとねえ」
昨晩は回復・補助系魔法の講義を受けたけど、上手く魔法を発動できなかったらしい。高いINTが持ち腐れだよ、と横沢さんは笑った。
「私も正解こっちだったかなあ、でも化学って苦手なんだよね」
「ここだけの話だけど……講義、滅茶苦茶面白かったよ」
「許さん、手打ちに致す」
お代官様、そんなご無体な。
「これ、ありがとね。写本したら返すから。あとは小屋敷君の解説メモがそろそろ出来るらしいから、それも人数分か」
横沢図書館には本棚は運び込まれているが、肝心の本がほとんど入ってないらしい。10周はするよ、横沢さんは冊子をインベントリに仕舞いながら言った。
「それはそうと、あの登場の仕方は止めたほうがいいと思うよ」
「大丈夫、相手は選んでるから」
「例えば?」
「住吉さん」
「ズルい! 私もやりたい!」
僕たちは住吉さんの悲鳴を背中で聞きながら朝食をとった。氷は直接入るんだよなあ、溶けかけのはどうだ?




