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第五十四話 領主クリスとの対談

第五十四話 領主クリスとの対談


 それから一週間、僕はあきらめきれずに5度の脱走を試み、そのすべてが失敗していた。


 さすがのガネットも心が折れたのか、「なあ、ラルドぉ。おとなしく待とウ。なあに大丈夫、一、二か月なんてあっという間ダ」と年寄じみた発言をするようになっていた。


 どうやら前回、リスタルから受けたまな板千切りの刑が相当堪えているようだ。

 リスタルの技量的に問題ないだろうが、剣的に自分が切るべきでないものをザクザク切らされるのはよっぽどの恐怖なのだろう。

 刀身歪みそうだし。


 だが、僕の心はまだ折れていなかった。

 そもそも体が回復したら本格的にダモンドへと向かう予定なのだ。

 その時に赤い水晶は冒険を進めていくうえで使えるのか、使えないのか、せめてそこだけでもはっきりさせておきたい。


(ふっふっふ、ようやく準備が整った。昨日食べた肉ついていた骨をベッドの椅子で削って作った簡易ナイフ! これでロープを切る!)


 左手に隠していた簡易骨ナイフを指つまんで動かし、ロープを削る。

 切れ味は微妙ではあるが、泣き言は言っていられない。


 今日はリスタルたちは用事があるといって、夕方までは戻ってこない。


 さらに言えば僕が療養しているこの部屋は冒険者ギルドの施設なのでギルドの職員などは通りかかることはあるが、僕が用事で呼び出さない限りは彼らがこの部屋にくることもない。


 つまり拘束さえ解いてしまえば数時間ではあるが僕は自由だ。


 縄と格闘すること五分ほど。

 ぷちりとつながりを切り裂く手応えの後、ついに僕はロープを切り裂くことに成功した。


「切れた……! これならいけるぞ!」

「え、うソ!? ラルドいけるのカ!」


 自由になった左手を使い次は右手のロープを切り裂き、ついで両足を解放する。

 床に足を付け、体に力を入れベッドから立ち上がる。

 軽い痛みが体を襲うが、体から湧き出る歓喜がそれをごまかしていた。


「こ、これで自由。僕は自由だ!」

「ら、ラルド!早く、早く私のロープも解いてくれ!」

「分かった! ちょっと待ってて」


 そうしてガネットをロープから解放し、僕はひとしきり外出する支度を整える。

 あばらが痛み、脂汗がにじみ出てくるが、そんなことは関係ない。

 まずは外に出る。そして手ごろに人気のない広場を探して赤い水晶を試す。


(力むとまだ体が痛むなあ。あまり素早くは動けない、か)


 現状の自分の状況を再度把握し、ガネットを腰に下げ、ポーチに赤い水晶が入っていることを確認する。


 いざ外に、と僕は扉を開けた。


「え? ファイさん?」

「おや、ラルド殿、絶対安静と聞いておりましたが、元気そうで何よりです」


 扉の先にはファイともう一人、上等そうな服を着込んだ男性が立っていた。

 体格は中肉中背、腰に下げた剣は伝説の剣だろうか。なんとなく雰囲気に覚えがあるが、どこかで会った人だろうか。


 しかし参った。どうやら見舞いに来てくれたファイたちと偶然かち合ってしまったようだ。

 流石に合成魔術の実験をしますと断って彼らを振り切れる状況ではない。

 特にファイには訓練を付けてもらった恩もあるし、無下にしては失礼だ。


「本日は私の主クリス様が直接お話がしたいとのこと。ただいまお時間よろしいですかな?」


 主が直接ということは、ファイの隣に立っているこの男性がこの街の領主にしてリスタルの父親なのだろう。

 僕は一歩下がり彼らを部屋に迎え入れることにした。

 実験はまた今度にするしかないようだ。


「わかりました。どうぞそちらにかけてください」


 二人には簡単な作りの椅子を勧め、僕はベッドに腰掛ける。

 実験ができないと分かると途端に全身が痛みだし立っていることが辛くなってきたのだ。


「それで、その、要件とは?」

「まずは君にお礼が言いたい。ありがとう、君のおかげでこの街は救われたといっても過言ではない」


 開口一番、クリスはボクに対して頭を下げた。

 街を救った? いや、なんのことをいっているのだろうか。


「え、えーと、話が見えないのですが」


 しどろもどろとはこのことで本当に話が見えてこない。

 ディアンがリスタルと結婚する、それを阻止しようと僕は彼と戦った。


 ラズワードと遭遇したり、なんか伝説の剣の恐ろしい話を聞かされたり、サイレントウォーカー化された英雄モルガナと一騎打ちをしたりといろいろあったが要は僕はわがままを通したくて戦ったのだ。


「彼の剣には確かに魔物の名を関するスキルがあった。あの剣を持ったディアンが街で暴れたらどうなっていたことか」

「……もしかしてクリスさんは相手の剣のスキルが見えるのですか?」

「この剣の効果でな。もちろん君の剣のスキルをいきなり覗こうとはしないよ。さすがに敵意のない相手にそれは失礼だからね」


 僕はホッと胸をなでおろす。

 ガネットであるスキル【オリジン】を覗かれて、質問攻めにされたら正直困るからだ。

 それなりに長くいるのに、いまだによくわからない部分があるスキルだし。


「それで、今日は君の処遇について話をまとめに来た」

「処遇ですか…?」

「そうだ。君には多大な恩がある。そこで私の娘リスタルと婚姻を結んでほしい」

「はい?」


 この親にしてこの子あり、過程をすっ飛ばしてくるこの男性を僕は改めてリスタルの父親だと理解した。


 リスタルと婚姻を結ぶ。

 確かにディアンと戦う前に、僕も同じことを言った。

 ただそれはあくまでディアンがリスタルと結婚することを阻止するための一手だ。

 ちゃんと体が回復したら話し合いができればと思っていたが、まさかこんなに早く話が出てくるとは。

 

「――と言ってもいいかと娘と相談したら、二度も勝手をするなと本気で怒られてね」


 あはははと砕けたように笑うクリス。

 何があったのかは聞かない方が良さそうだ。


「だが、領主としてはこの街を救った英雄に何もしないとは流石に風当たりが悪くなる」

「ちょっと待ってください。あの、英雄って、まさかーー」

「そう、君のことだ。動けない間勝手をして申し訳ないが、この街を救ったのは英雄ラルド、そういう風に話を動かしてもらったよ」


 ファイから事前に聞いていた話よりもさらに誇張された内容に僕は頭がクラクラした。

 嬉しくないわけではない。

 ただ、英雄になることを目指していたわけでもないので、嬉しさを掴みきれないというよりかは謎の重圧が肩に受けたような錯覚を感じる。


「心配なさるな。ラルド殿、あなたが立ち向かった敵はそれだけ強大なものだった。それに評判がついてきただけですぞ」


 ファイがそうフォローをもらうが、実感のない肩書きに対して、僕がそれでいいのだろうかと疑問がつきまとう。

 気楽に考えられる日が来るのだろうか。


「聞くところによると君は人類未踏の地へ踏み入り、ダモンドを目指しているそうじゃないか」

「はい」

「ならばこうしよう。君が人類未踏の地から戻ってきたとき、この街の一部の領主権限を君に譲ろう。この件はリスタルも了承済みだ。」

「は……い?」


 何を言ってらっしゃるこの人は?

 つまるところ、その、そういうことだろうか?


「僕がこの街の領主になれと」

「将来的にはだ。君がダモンドから戻ってきたからそれですぐに交代というわけではない」

「いや、そのですね――」


 それはそうだとしても大問題なのではないか。

 何とか断るべきだと判断し、クリスの提案を否定しようとするが、彼は弁を止めず話を続けた。


「この街には人類未踏の地以外の魅力が薄い。だから王国最高の冒険者で君がこの街を収めてくれれば街も活気づくだろう。

 それにそうなると君にもメリットはある。


「メリット?」

「ダモンドから帰ってきた君は王国内外から物理的にも、政治的にも狙われることになるだろう。もしそうなるならば防衛に優れたこの街は君の助けになるはずだ」


 果たして僕がダモンドについて帰ってくるかもまだわからないのに何を言っているのだろうか。


「それは確かに魅力的ではありますが、さすがに……」 

「ラルド殿、主人はあなたをいたく気に入り、ダモンドに行くという夢を個人的に支援したいと言いたいのです」

「あ、馬鹿、そういうのは、なしだと――!」


 慌てて否定するクリスを見て、おそらくファイの言ったことは真実なんだなと僕は悟った。

 領主という立場情いろいろ理由が必要なのだろう。


 僕は立ち上がりクリスに手を差し出した。


「そういうことならば、ぜひお願いします。領主権限の件は後々で」

「あ、ああ……。もうちょい面子を立ててほしかったが、それは私の事情か」

「……リスタルお嬢様も言っていたでしょうに。ラルド殿に絡め手は無用、素直に正面から話した方がいいと」


 クリスも立ち上がり、僕の手を握る。

 チクリと腕が痛んだが、だが得られたものは大きい。


 そう、肩の力を抜いた僕に突如強烈な痛み駆け上がってきた。


「だがやっぱり、リスタルはやらん」


 そこには親バカの顔をした一人の父親が立っていた。


「おそらく今回の一件で、お嬢様に対してより親心が湧いたのでしょう。どうか寛大な心で」

「い、いや……寛大もなにも、痛い! 痛いですって!」


 ギリギリと握る力が上がっていく。

 まあでも確かに、クリスは五年間も娘に会っていなかったのだ。


 僕にそんな親の心が理解できるかはわからない。

 だけど、きっと嬉しいのだろう。そう痛みと共に何となく伝わってきた。


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