第五十五話 人質
第五十五話 人質
それから二週間はいろいろとあった。
まず、冒険者ギルドからの通達があった。
いつの間にか僕の冒険者のランクはAになっていたらしい。
おそらく領主が手を回したのだろうと何となくぼかして聞いてみると、どうやら冒険者登録をしたザナイの街を出た時点でCランク、タイズの事件でBランク、今回の件でAランクとものすごいスピード出世になっているようだ。
ギルド内では「最悪に愛された男」だとか「歩く災害予報」だとか冗談交じりに呼ばれているらしい。
確かに僕の行く先々にはトラブルは多い。
もはや付くべくして付いた二つ名だと僕は苦笑いを浮かべるしかなかった。
次に体の方だが、まだ完全に動かせるわけではない。
ただ骨はだいぶ回復してきていて、軽い運動程度をしても痛みがない程度には回復はしてきた。
そうなるとすれば赤い水晶の実験を、と考えたが、さすがにまだ許可はもらえず、だったらと隙を見て脱走を行うも失敗の回数が増えるばかりであった。
余談だが、脱走が失敗するたびにガネットは公園の木を輪切りにするために振り回され、今は「もう余計なことは言うまイ」と心を閉ざしてしまっている。
まったく見た目は変わっていないのだが、すっかりボロボロになってしまったガネットを見るに、数日は実験のための脱走は控えておいた方がいいのかもしれない。
それともう一つ、この休みの期間で僕には気になる事ができていた。
「リスタルちょっといいかな」
そういうわけで本日の僕は実験のための脱走をやめ、様子を見に来たリスタルを呼び止め、一つの確認をすることにした。
「どうしたの?」
「ああ、うん。ちょっと気になることがあって、確認したかったんだ」
僕に呼び止められたリスタルは備え付けの簡易的な椅子に座りこちらを見てくる。
僕は僕で、ベッドに腰掛け、彼女の様子をうかがう。
ガネットはベッドのわきに立てかけられ、僕の手がすぐ届くところにいてもらうことにした。
「一つ確認をしたいんだ。もしかしたらおかしなことをいうかもしれない。でも僕のケガが直った後、ダモンドを目指すために必ず確認しないといけないことなんだ」
「分かった」
「――君はリスタル、だよね」
そう、それは一つの懸念。
ここ数週間での会話で感じた些細な違和感。
怒られるか、何かあるかと思ったはリスタルは表情を変えず、僕を見つめてくる。
「……何かそう思う理由があるの?」
「理由は3つ。一つは僕はリスタルがラズワードを追い払うところを目撃していない」
「私が生きている。それは証拠にならない?」
「確かに、でもラズワードには他者に成りすます力がある」
「なるほど、ラルドが疑心暗鬼になるのも頷ける」
教会で再会したラズワードは変身能力を有していた。
タイズで行方をくらませることができたのも、おそらくこの能力のおかげだろう。
人類未踏の地へ、ダモンドへ行くために今僕の目の前にいる女性が誰なのか、改めて確認したい。
「二つ目は、カーネリアへの言葉だ。僕はディアンの剣を折っていない。向こうの力によって折れたといった方が正確だ。それはあの場にいたリスタルなら見ていたはず」
「それはカーネリアが勝手にそう解釈した」
リスタルは表情を動かさず淡々と言葉を返してくる。
それはいつもの彼女のようにも見えるし、いつもとは違う精巧な彫刻を見ているような気分にもさせられた。
「三つ目、クリスさんから聞いた僕との結婚をするというときの反応。僕は君と婚姻を結ぶといった。でも君はそれを止めた」
「それは、ラルドがダモンドへ行くことを邪魔しないため」
「……どうして相談をせずその場で決めたのさ。普段のリスタルならどこかで僕の意思を確認してくれる。でもこの二週間その話はなかった」
「それは――」
静寂が流れる。
何を考えているのか、伏せ気味なリスタルの顔からは読み取れない。
僕はリスタルの言葉を待たず、結論を話すことにした。
否定してくれることをただ信じて。
「あの式場に居てディアンの剣が折れたことを知りつつも、僕がディアンの剣を折っていないことを知らない人物。
それはあの式場の壇上に隠れていた牧師。いやそれに扮していたラズワードだけだよ」
「……」
リスタルは静かに顔を上げ、僕を見つめてきた。
否定はしてこない。
それだけで胸を穿たれた気持ちになる。
「もし間違えてるのなら怒るか、否定してほしい、リスタ――」
「あははははははは!」
目を見開いた彼女が見たこともない表情で笑った。
その表情はまるで、あのラズワードを彷彿とされるようで、僕は傍に立てかけておいたガネットを手に取る。
「なるほどぉ、やっぱりぃボロがでちゃっていたかぁ」
にたりと、目の前の『何か』が愉快なのか満足気な笑みを浮かべる。
その悦に浸った表情は、彼女がリスタルではないと雄弁に物語っていた。
「ラルド、落ち着ケ」
「ああ……」
ガネットの言葉に僕はうなずく。大丈夫、取り乱したりはしない。
あまり考えたくなかったが、もしこうなった場合も想定はしている。
まず聞くべき言葉は決めている。
「どうしてリスタルの姿に。彼女はどうした」
「あはははは、大丈夫だよと言ってぇ、君はボクを信じるのかいぃ」
「……彼女の姿をしている理由次第だ」
僕は立ち上がり、リスタルの姿をしたラズワードを注視する。
息がまとまらない。剣を握る手が少し震えている。
ギリギリのところで彼女を攻撃しないでいるのは事前に想定した事態であることと、目の前のいるラズワードの姿がリスタルの姿であるところが大きい。
「理由、理由かァ……ボクがぁ君と取引がしたい。だからと言ったらどぉかな」
「取引……だと?」
「そう取引だよぉ。まずはリスタルだっけぇ? 彼女は無事さぁ。いやぁ今回ぃ、まさかスキルなしであそこまで追い詰めてくるとはねぇ。そこでやられる前に――おっと」
突然、リスタルの右腕が跳ね上がり、自身の首を抑えるように動き始める。
ラズワードは左手で右腕を抑え、動きを妨害する。
「全くねぇ、気を抜くとこの通りさぁ。君の質問の答えよう。ボクは彼女に擬態しているわけじゃぁない。彼女そのものに入り込んで支配しているのさぁ」
その言葉を信じるならば、目の前にいる『何か』はリスタルの本人の体ということになる。
ならばどうしてと、僕が言葉を探している間にリスタル自身を攻撃しようとした右手はだらりと力が抜けて元の位置にに戻った。
その様子を確認しラズワードはやれやれと肩をすくめ、言葉を続けた。
「彼女の意思がことごとくボクの邪魔してきて困っていてねぇ。そこでぇキミだよぉ」
にたりと遊び道具を見つけた悪魔の笑顔でこちらを見てくるラズワード。
返答次第ではリスタルはおろか僕も無事ではないだろう。
僕は慎重に言葉を選んだ。
「……僕と何を取引しようというんだ」
「んー、そうだね。ボクは彼女を支配する際、一緒に魔王のかけらを彼女に渡してしまったんだよねぇ」
「魔王のかけら?」
「そう、好きな人のかけら。僕はねぇ愛しの魔王をよみがえらせたいんだよぉ」
リスタルの姿のまま恍惚の表情を浮かべるラズワード。
僕は目に魔力素を集中し、リスタルを確認する。
ラズワードは支配と言った。おそらく【サイレントウォーカー】の時と同じようにスキルによる支配。
それを取り除けば、リスタルは解放できる。
「……!」
だが僕は自分が見た物に息を飲んだ。
リスタルの全身のいたるところにスキルを示す光が確認できる。
その数は100以上。一つ一つ取り除くにしてもほぼ確実にラズワードの妨害されるだろう。
その状態で全てをリスタルから取り除くのは不可能に近い。
だが、そこまでの手間をかけているということは体はリスタルの物だというラズワードの言葉の裏付けにもなる。
そして先ほどの抵抗のような動き。
リスタルの意思は確かに残っている。
「そこで取引さ。ねぇラルドぉ――ボクをダモンドに連れて行っておくれぇ」
左手を伸ばしてくるラズワードに僕はためらいを隠せないでいた。
ダモンドに行く? ラズワードの目的もダモンドにあるというのか。
「……どうして?」
「ダモンドには魔王を復活させる装置がある。ボクの目的はそれさ」
ひどいネタバレを食らった気分だった。
だけれど、それ以上に取引というからには話をきちんとまとめるべきだろうと、考えをめぐらす。
「ダモンドに行く。それでリスタルは解放するんだな」
「もちろんだとも、ボクは約束は守る方だからねぇ。違えやしないよぉ?」
後は僕が信じるか否か。
もしこの提案を断るとするならば、ラズワードをこの街に残してダモンドを目指すことになる。それはどう考えても危険だ。
それにリスタルを見捨てることは出来ない。
「ラルド、どうすル?」
ダモンドに魔王をよみがえらせる装置がある。
おとぎ話でしか聞くことの無い魔物の王。
そいつがよみがえるとすれば人類が太刀打ちできるものかどうか想像もつかない。
そういえば、ガネットの目的もダモンドだ。
ガネットは直接魔王とは関係がないはずにもかかわらず、だ。
(ああ……もしかすると、そうなのかもしれない)
それは一つのひらめきだった。
そしてそれは本来僕だけでは賭けてはいけない賭けだった。
「決まっている――その話を飲もうラズワード」
僕は僕に伸ばされたリスタルの左手をつかんだ。
冷たくなったその手はそれでもまだ彼女の熱を残している、僕の望みかもしれないがそんな気がした。




