第三十六話 対決ロードクロ
第三十六話 対決ロードクロ
月明かりのおかげで、視界は良好、風は微弱、時折巨人の匂いだろうかむせ返りそうな甘い香りが鼻に入ってくる。
「炎の矢よ」
挨拶がわりに僕は腕を突き出し、魔術の矢を巨人の顔目掛けて射出した。
夜の闇を照らしながら炎が飛び、着弾、炎は巨人の顔で弾けた。
大したダメージにはならないようだが、それでも不快だったのか巨人ロードクロはこちらに顔を向けてきた。
その顔は歪であった。
奴の顔には口だけしかなく、目や鼻といった顔の部位が欠落していた。
だが僕に向けられた視線は確かに感じる。
それは、僕を殺そうとする殺意であり、明確な怒りだ。
「もう一度、言う。リスタルを返してもらう」
この怪物が、言葉を理解するかは分からない。
だが、それでも僕は口にした。
僕が、僕の目的を見失わないために。
「アァーーーー!」
形容しがたい低い唸るような声を上げたロードクロは四つん這いの体勢から、腕を振り上げる。
『敵を知ることは大切、未知の敵なら先入観を捨てて、可能な限り情報を集めること』
リスタルの教えを思い出す。
まずは想像力を働かせて、予測と、敵の把握。
特に今回の敵は僕と比べて何十倍も大きい敵だ。
一瞬の油断が命取りになりかねない。
(まずは攻撃を回避する)
そう判断した僕はロードクロの手から逃れるように、奴の巨体から離れるように走りだした。
ドゴンと爆音が響き、次に大地が揺れた。
その衝撃に僕は足を取られたが、とっさに転がり、体勢を立て直す。
「ヴアァーーー!」
見れば少し離れた場所に、ロードクロは手を振り落としていた。
その着地点は陥没し、周囲の土を盛り上げている。
こんな攻撃、人間が食らったら一瞬でミンチになってしまうだろう。
腰には【強化自然治癒】の棒は吊るしているが、このスキルでは死んでしまえば意味はない。
恐怖で脚がすくんだ。
いや、違う。
僕は今が好機だと判断した自分の考えに恐ろしくなったんだ。
僕は己の判断のままに足を動かした。
「このぉぉぉ!」
地面の隆起を飛び越え、ロードクロの手の甲に着地する。
そのまま、一直線に奴の背中を目掛けて僕は走りだした。
「ヴィアァーー!」
駆け上がられることを嫌がり、僕が乗った腕を振り回すロードクロ。
当然僕は空中に投げ出されるが、高所からの着地はリスタルとの訓練で要領は掴んでいる。
僕は左手剣のスキル【怪力】を起動させ、着地の衝撃を散らすように受け身をとり、着地のダメージを最少限に収めた。
「ァァァァーー!」
僕の着地後、少し遅れて大地が揺れる。
ロードクロはバランスを崩し、その巨大な背中をこちらに向け、倒れ込んでいた。
(予想通りだ!)
最初の一撃、体勢を動かせばもっと僕のそばに攻撃を振り下ろせたはずだ。
だがロードクロはそれをしなかった。
考えられることは一つ、今のやつは体勢を変えられないのだ。
「お前はまだできていないんだな!」
そう、この巨人はまだ完成していない。
僕の無謀な挑戦は、奴に時間を与えなかったという意味が生まれていた。
僕は全力を持って横たわっているロードクロの背中へ駆け寄る。
巨大な壁のような背を前に、僕は【切れ味強化++】を起動した右手の剣を振り下ろした。
「――!」
だが僕の剣は、阻まれた。
ロードクロの背中から無数の腕が生え、斬られはしまいと僕の剣を受け止める。
「邪魔だああ!」
さらに左手の【怪力】を並列起動させる。
押し込まれる刃。
断末魔のような甲高い悲鳴が僕の耳をつんざく。
「リスタルを、返せ! この神もどきが!」
僕は剣を振り抜いた。
僕の剣を押さえていた15本の腕が宙を舞う。
さらにマルチスキルで左手の剣に【切れ味強化 ++】をスイッチさせ振り抜く。
「――!」
響く絶叫。
おそらくはまだ生きている人間もいるだろう。
だがーー。だけど! それでも僕は選んだ。
「選んだんだ! だから――」
僕は休むことなく攻撃を続け、ロードクロの背中に穴を開けていく。
白刃は確実にリスタルの方向へと、ロードクロの体内を切り開いていく。
視界はサイレントウォーカーのパーツだらけで、最悪だが、あと少し、もう少しでリスタルを見た前面の胸にたどり着く。
あともう二撃!
「これで、どうだ!」
体を回転させ二刀を同時に叩きつける。
サイレントウォーカーの部位ばかりだった僕の視界が開けた。
貫通したのだ。
そう気が付き、僕は周囲を見渡す。
リスタルの腕が、ぶらりと垂れていた。
「リスタル!」
とっさに、僕は彼女の腕を掴み、ロードクロの体内から彼女を引き抜いた。
腕に収めた彼女は屍人のように血の気がなく肌が白い。
だが、微かに息をしている。
まだ生きている。
「アァーー!」
叫び声をあげ、穴の開いた自らの胸に手を突き入れようとするロードクロ。
僕は間一髪てそれをよけ、リスタルを抱きかかえたまま、ロードクロから離れた。
その時だった。
チクリと腕に痛みが走った。
「あ……」
何があったのか、すぐに分かった。
リスタルが、僕の腕に噛み付いていた。




