第7話
今回は2ちゃんねる形式ではありません。
短いです。
「『というわけで、それぞれの鏡がある部屋に向かうためにも、私達はしばらくスレを離れますね。』……っと。よし、これでオーケーね」
すらりとした体にセーラー服を纏い、艶のある黒髪を肩あたりまで伸ばした少女ーー現在、掲示板では『T』と名乗っている幼馴染が、手元のスマートフォンにさくさくと文章を打ち込む。
『こ、これが未来の道具……! すごい、長生き(⁇)はするもんだね!』
そして、着物の上にフリルのついたエプロンをつけて、長い髪を三つ編みにした、可愛らしい少女の霊はーー自らが生きていた時代には存在しなかった文明の利器に目を輝かせ、幼馴染の周りをふわふわと飛び回る。
そんな様子をーーかのスレをたてた張本人であり、掲示板では『1』と呼ばれている少年が、眺めていた。
(とりあえず、脱出に有効そうな手段が見つかって良かった……。この方法で、本当に奥さんがかけた呪いの力が弱まって、逃げ出すことが出来れば良いのだけど)
自分一人では、ここまで辿り着くことは出来なかった。一人だったら今頃、あの化け物たちに殺されて、吊るされるか串刺しになるかしていただろう。
相談に乗ってくれた2ちゃんねるの住民たちにも、助けに来てくれた幼馴染にも、感謝の言葉しかない。特に幼馴染。今回に限らず、彼女はいつも、自分のことを気にかけてくれていた。しょっちゅう馬鹿と罵られるが、それでも、見捨てられたことは一度もない。
彼女はそういう人間なのだ。優しく、面倒見が良く、困っている人を放っておけない。もし、屋敷に狙われたのが自分以外の人間だったとしても、彼女は今と同じ行動を取っていただろう。
「やっぱり、お前はすごいなぁ」
「……何? 急にどうしたのよ」
つい声に出していたようだ。幼馴染がキョトンとした顔をこちらに向ける。
「だって、お前、怖かったんだろ?」
「!」
「スレに書いてたじゃないか。今朝の段階から、俺は、お前でも『怖い』と感じるような負のオーラにまとわりつかれていたって。それなら、敵の本拠地で、異世界に存在するこの洋館は、更に『恐ろしい』ものだったはずだ」
それなのに、来てくれた。世界線を超え、化け物と戦い、それでも、一言も弱音を吐かなかった。
「お前はいつも、自分の都合を考えずに、困っている人がいれば、分け隔てなく手を差し伸べるんだ。俺は、そんなお前が……その、何と言うか、スゴイと思う。……でも……やっぱり巻き込んで申し訳なかったし、えっと、心配だったりもして……」
(……だめだ。自分で話していて混乱してきた)
でも、本来、本当に伝えたいことは単純なものだ。だから少年は、こう言って締めくくった。
「改めてーー助けに来てくれて、ありがとう。尊敬してる」
深々と、頭を下げた。
「…………」
「…………」
すると、長い沈黙が訪れた。
「…………」
「…………」
「え、えっと……んん?」
少年が顔を上げると、幼馴染の少女はーーどういうわけか、その端麗な顔貌を、耳の先まで赤く染めていた。切れ長の目が熱を帯びて潤み、視線は定まらず、黒い瞳がぐるぐると動き回る。
一体どうしたのか、と少年が声をかけようとした、その瞬間。
「……っ、ば、ばば、ばっ……! ーーばっかじゃないの⁉︎」
「ーーええっ⁉︎ 何で⁉︎」
唐突に、理不尽に罵られた。
一方、二人の様子を静観していた女中姿の幽霊は、ニヨニヨという擬音語でもつきそうな笑みを浮かべた。
『そっか! 大好きな男の子からいっぱい褒められて、照れてるんだね!』
「ち、ちちち違うわよ! あんたはちょっと黙ってなさいっ! わ、私は、そんなんじゃなくて……!」
幼馴染の顔がますます赤くなった。手を前方に突き出し、宙をかき混ぜるようにぐるぐると動かしている。いよいよ何か問題が生じたのだろうかーーと少年が思っていたら、いきなり、その手に胸元を掴まれ、引き寄せられた。
「ええっ⁉︎ ちょ、おま、何して、」
「私が怒ってるのは、私が、『困っている人がいれば、分け隔てなく手を差し伸べる』ってーー誰も彼も、見境なく助けてるって思われてることよ!」
「そこに怒ってるの⁉︎ 褒めてるのに何故!」
「だ、だって、私は、あんただから、助けに来たのに……!」
『あのねあのね』
ここで、少女の霊が、少年に声をかけた。
『いっちーは、イザナギとイザナミの話、知ってる?』
「日本神話だっけ。でも、いきなり何で?」
『この話は、お嬢さまがあたしに教えてくれたんだ! イザナギっていう神様が、死んじゃったイザナミを、死後の世界まで迎えに行く話なんだよね?』
「う、うん」
『じゃあさ。どうしてイザナギは、暗くて恐ろしい死後の世界に行ってまでして、イザナミを取り戻そうとしたと思う?』
「それは……イザナミが、イザナギの妻だったから?」
『もーちょい掘り下げて』
「えっと。イザナミは、イザナギの奥さんで……イザナギにとって、大切な神だったから?」
『そう! きっと、他の誰よりも大切な存在だったんだよ』
『それと、同じ理由だよ』
幼馴染が、君を迎えに来たのも。
「…………!」
思わず、幼馴染の方を振り返る。幼馴染は、相変わらず顔を赤くしたまま、そっぽを向いていた。
「……お前にとって、俺って、大切な存在なの?」
「……悪い? べ、別に、あんたのことが好きとか、そういうものじゃないから! ただ、小さい頃から一緒にいたぶん愛着があって、だから少しは大切な存在だと思ってあげただけよ!」
「……ありがとう」
「何よ、私が勝手に大切だと思って助けただけで、感謝される筋合いは、」
「でも、ありがとう」
「〜〜〜〜っ!」
何故か、感謝の言葉を述べただけで、プルプルと震えている。それを見て、ちょっと可愛いなと思ってしまった。
幼馴染はしばし悶えて(?)いたが、やがて、気を取り直してこう叫んだ。
「あー、もうっ! この話はもうおしまい! さっさと他の鏡がある部屋に向かうわよ‼︎」
「うん。分かった」
『よーし、頑張るぞー!』
なんだか、最後ははぐらかされてしまったようだ。だが、今はそれで良い。いま優先すべきことは、この洋館から脱出することなのだから。
そうだ。
だから。
(ーー元はと言えば自分が巻き込んでしまったんだし、これからは、俺がこいつを守らなきゃ)
少年は、決意も新たに。
鏡の中に閉じ込められた、使用人たちの霊の救出に向かった。
◆
続く
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