コーリング・エンジェル(7)
「何だこれ?」
天から降り注ぐ雨粒を受け取るように、オレは手のひらを上に向けた。手の中に収まったのは、一口大の小さなビスケットだった。
「エビル・ビスケットを倒したら、ビスケットが手に入りました……」
「最下級エビルだからな。大した量ではないだろう」
ミルフィがふわふわと近づいてきた。
「これ、食べられるのか??」
「食べられんこともないが、もっと有効な使い道がある。大切に持っておけよ」
意味深な微笑みを浮かべるミルフィ。
「しかし、想定外の動きにもよくついてこれたな。天晴れだ」
ミルフィの手放しの誉め言葉だった。
「まーな。あんなの目じゃねえぜ」
オレの鼻もついつい高くなる。
「では次のエビルはもっと強い奴を寄越すように……」
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。いきなりハードル上げるんじゃねえよ」
調子に乗りそうなミルフィをオレは慌てて引き留めた。
「ふむ。これでチュートリアル・クエストは完了だ。大儀であった」
ミルフィは腰に手をやり胸を張ると、偉そうに言葉を締めくくった。
「これからも『コーリング・エンジェル』のクローズドβテストは続くからな。心しておくように」
「へいへい……って、おい。大事なこと聞くの忘れてたぞ」
「おお、なんだ」
そうだ。スマホと言えばこれだよ。
「これ、電話とかメールとか使えるのか」
「この端末は『コーリング・エンジェル』専用の端末ではあるが、そのような基本機能も一通り備えておるぞ」
「じゃ、じゃあメールアドレスとかもついてんのか」
オレは逸る心を抑えて質問を続けた。もし、メルアドが使えれば水都に……。
「ふうむ。メールのやり取りをしたい女子でもおるのか」
「ちっ、違うわ!!」
ずばり核心をついてくるミルフィ。オレは真っ先に否定した。認めたくはないが、顔が真っ赤になっているに違いない。
「貴様も隅におけんな。おい」
にやにや笑いながら肘でオレをつつく。表現というか、言葉遣いがいちいち古くさい。
「だーかーら、違うっていってるだろ!」
「言われて怒るということは、図星、ということだ」
「……」
オレは否定できなくなってしまった。ぶすっとしていると、ミルフィが話を続ける。
「プリセットされているメールアドレスがあるからな。よーく聞けよ。一度しか言わないからな」
「ええええええ、準備させてくれよ」
こんな空中ではメモを取る道具も暇もない。
☆付箋文☆ 2013/02/17 23:59
オレは少ない脳味噌に全神経を集中させた。
ミルフィが朗々とメールアドレスを読み上げる。
「meido-kko.moe-love……」
「えーと、meid……なんだって!?」
オレの耳が確かならば。読み上げられたアルファベットをつなげると。
「メイドっ娘、萌えラブ……」
「そうだ。この世界ではそのようなメールアドレスが流行しているというではないか」
相変わらず胸を張り、偉そうな態度を全面に押し出すミルフィ。
「んな訳あるかあ! 第一、そんなこっぱずかしいメルアド、人に教えられないだろ! 一体誰がつけたんだ」
「プリセットされているメルアドだと言っておろうが」
ミルフィはため息をついた。
「じゃじゃじゃあ、メルアドを変更する方法はないのか?」
「なくはないが……」
少し考え込んだミルフィだったが、しばらくして何か思いついたように、意地悪く微笑みを浮かべた。
「さっき『エビル・ビスケット』を倒したときにビスケットが落ちてきただろう」
「ああ、これだろ」
オレはさっきかき集めたビスケットを取り出して、ミルフィに見せた。
「これは『コーリング・エンジェル』内の通貨としても取り扱われる。単位は『スゥィーツ』だ」
「スゥィーツ……」
お菓子だけに、と突っ込みたくなったが。
「これを集めると、ゲーム内アイテムと交換できる仕組みになっている。先程の『有効な使い道』とはこのことだ」
「なるほど」
RPGでも敵を倒してお金を集め、より強い武器や防具を買うのが定番だ。なぜモンスターがお金を持ち歩いているんだろうと幼いオレは疑問に思ったことがあった。しかし、お菓子のモンスターを倒してお菓子を落とすのなら納得がいく。
「その交換アイテムの中に『メールアドレス変更チケット』があったような気がするのだが……」
「なんだってー!?」
オレはミルフィの肩を掴み、がくがくと揺さぶった。
「そのアイテムを使えば、本当に、本当に、好きなメルアドに変更できるんだな? な、な?」
「お、落ち着け」
ミルフィは目を白黒させながらオレを必死に止めようとした。
「あるにはある。しかし、交換レート……つまり、値段がとてつもなく高いのだ」
「高いって、いくらだよ」
値段の話になると急にびくびくしてしまう。普段の貧乏生活のなせる技だな。
「さっき『エビル・ビスケット』を倒して得た報酬が40スゥィーツだ」
「ずいぶん少ないんだな」
最低級エビルと言っていたし、まあそんなもんだろう。
「じゃあ、『メールアドレス交換チケット』はいったいいくらなんだ」
高いって言ったって、所詮ゲームだ。せいぜい1万とか、それぐらいだろう。
「1000万スゥィーツだ」
「いっ?」
「1000万スゥィーツだ」
ミルフィが無慈悲に繰り返す。1万の千倍……えーと??
「エビル・ビスケットを25万体倒せば、まあ貯めることはできるな」
「……」
途方もなさすぎて想像がつかない。
オレは空中で膝をつくという高度な技術をついに会得した。
「クローズドβテストはまだまだ続くからな。せいぜい精進するがよい」
ミルフィがオレの肩をぽんぽんと叩く。
「……本当に」
「何か言ったか」
「本当に、1000万スゥィーツ貯めれば、『メールアドレス交換チケット』が手にはいるんだな」
「まさか、本気なのか、貴様」
てっきり、オレの心の翼が折れたと思いこんでいたらしい。ミルフィは意外そうな顔をしていた。
「あいにく、オレは諦めが悪いことで有名なんでな」
オレ調査、ではあるが。
「面白い、やってやろうじゃねえか」
オレはがばっと立ち上がった。
「1000万スゥィーツ貯めて、そのこっぱずかしいメールアドレスをカッコいいアドレスに変えてやる」
ミルフィに向かってびしりと指を突き刺す。
「テスト参加者がこれほどやる気を出してくれるとは、『ナビゲーション・エンジェル』冥利につきるというものだ」
不適な笑みを浮かべるミルフィ。
「ばったばった倒してやるからな。覚悟しろよ!」
「ふむ。その意気だ」
ミルフィは満足そうに頷いた。
カッコいいアドレスを手に入れて、水都とメールのやり取りをするんだ。オレは新たなる目標を胸に、スマホを握りしめた。
拾ったスマホを起動してからあっと言う間の展開だった。この数時間で念願のメルアドゲットに近づけるとは。思いがけない幸運だった。……ミルフィの存在は少し厄介ではあるが、これから世話になるだろうし、あまり邪険にもできない。上手くやっていこう。
そんなことを考えながら、オレの脳裏を一つの疑問がよぎった。
こんなゲームを作る人間っていうのは、一体どんなやつなんだろう、と。




