コーリング・エンジェル(6)
サイ・シフォンのアイコンをクリックすると、目の前に一振りの長剣が現れた。
「おおお!?」
オレのテンションがますますヒートアップする。
「ふふふ。なかなかかっこいいだろう?」
なぜがミルフィが自慢げに腕を組む。
「お、おう」
悔しいが素直に認めざるを得なかった。西洋もののRPGに出てきそうな長剣だ。刀身は1メートルぐらいで、銀色に輝いている。持ち手のところはオレが着ている「ビギナーズ・ウェア」と同じ紺色で、金色の装飾が施されている。
オレは剣を構えると、上から下へ降りおろしてみた。ちょっと武器を持っただけで無敵になった気分だ。エビルでも何でもかかってこいや。
見よう見まねで剣を左右に振ってみる。ゲームの主人公たちもこうやって戦っているんだろうか? ゲームの世界の主人公たちに一歩近づけた気がする。
「なあなあ」
「ん?」
「こう、なんか必殺技みたいなのはないのか?」
せっかく格好いい武器をもらったのだから、それに見合った必殺技がほしい。オレはミルフィに聞いてみた。
ミルフィはやれやれ、といった感じで首を左右に振った。
「さっきから言っておるだろう。これは『チュートリアル・クエスト』だと。ゲームの基本的な動作に慣れることが、このクエストの目的だ」
「武器をもらったら、なんか必殺技使ってみたくなるのが人間の心理ってもんだぜ」
「この情弱が。わかった風な口を利くな!」
「じょ、情弱だからこそ、わかることもあるんだって」
オレはしつこく食い下がる。
「全然ゲームに慣れてない奴も、このゲームやるかもしれないんだろ? だったら、オレの言うことも参考にしたほうがいいんじゃねーのか。カッコいい必殺技が使えるってなったら、モチベーションも上がるって」
畳みかけるオレに、ミルフィは渋々頷いた。
「まあ、一理あるかもしれんな。今回のクローズドβテストには間に合わないが、今後のテストには実装できるよう開発陣に伝えておこう」
ミルフィは何やらメモらしき物を取り出した。
うーん。今は使えないのか。ちょっと残念だな。今後のテストとやらにオレが参加するかどうかは分からないが、他の奴が使えるようになるんだったら、オレの訴えも無駄にはならないはずだ。
「武器の準備はいいな。それでは『エビル』の出現場所に向かうぞ」
「おう!」
オレは勇ましい返事を返した。武器があれば百人力だ。どんな奴が現れようと、この剣で叩き斬ってやる。
オレとミルフィは、地図で赤丸が表示されていた場所に向かった。辺りはどんどん薄暗くなっている。
赤丸が示す先。そこにいたのは。
丸く切った段ボールと長方形に切った段ボールを組み合わせて作ったような……子供のおもちゃ??
「何だよ、あれ。あれが『エビル』っていうんじゃねーだろうな」
オレは疑いの目をミルフィに向けた。
「何を言う。あれもれっきとした『エビル』だ。名を『エビル・ビスケット』という」
「ビスケット!?」
オレは呆然としてしまった。段ボールのように薄っぺらく見えたのは、ビスケットだからか。それにしては大きくないか? オレの身長の半分ぐらいはあるぞ。
「んで……あれを倒せと?」
「そうだ。『エビル・ビスケット』を倒してチュートリアル・クエストは完了だ」
「はは……」
笑うしかなかった。どんな敵を倒すのだろうとわくわくしていたところに、ビスケットの出現。マックスだったオレのモチベーションは一気に下降した。
「おい。まさかやる気がなくなった、と言うのではあるまいな」
「当たり前だろ? どこの世界にお菓子を倒して喜ぶ男子がいるんだよ」
「『エビル』のモチーフをお菓子にしているのは、様々なプレイヤーに親しみを持ってもらうためだ。男子とて、例外ではない」
「んなこと言ったってよ。もうちょっと敵っぽいやつを倒し……」
ぐだぐだしている間に、エビル・ビスケットはオレたちの存在に気づいたらしい。ふわふわと宙に浮いているだけだったのが、こちらをくるりと振り返った。
「お、気づいたみたいだぞ」
「貴様がぐずぐずしているからだ。チュートリアル・クエストだから最下級エビルが出現するようになっているが、それでも初めてのプレイヤーにとっては苦戦するかもしれん。さっさとやれ!」
「えっらそーに……」
オレは引き続きぶつぶつ言いながら、サイ・シフォンを構えた。夕闇に剣の刀身が浮かび上がる。
エビル・ビスケットは両腕と思われる段ボール……ではない、長方形のビスケットを振り上げ、襲いかかってきた。
振り下ろされそうになっている腕を受け止めようと、オレは剣を頭の上あたりのところで横にし、刀身の峰の部分に左手を添えた。がん、と派手な音がしてエビル・ビスケットの腕が跳ね返された。エビル・ビスケットは思ったよりも力があるらしく、刀身に添えていたオレの左腕がびりびりと痺れた。
「おいおい、結構強いんじゃねーの?」
オレのガードに驚いたのか、エビル・ビスケットは上げていた両腕を下ろした。次の攻撃を考えているらしい。
「チュートリアル・クエストでは複雑な攻撃はしてこない設定になっている。今のうちに反撃しろ!」
「言われなくても分かってるぜ」
ミルフィに指示される前に、オレは敵に向かって動き出していた。上段に構えた剣を一気に振り下ろす。今度は相手がガードする番だった。剣を受け止めることに成功したものの、腕に相当するビスケットの真ん中のあたりにぴしり、とひびがが走る。そのままオレは力を込めた。
「このおおおお」
ひびがどんどん大きくなっていき、やがてばりんと音がして、腕のビスケットが割れ、半分ぐらいの大きさになった。
「やったか!?」
オレが気を緩めたのを見抜いたのか、エビル・ビスケットはもう片方の腕を振り回す。オレは胴体に当たりそうになる寸前でその攻撃を避けた。エビル・ビスケットは腕を振り回し続けている。こうなっては迂闊に近づけない。
「ほう。腕を振り回すことで敵を牽制しているのか。最下級エビルにしては、なかなかやるではないか」
「感心してる場合か」
暢気にエビルの攻撃を分析しているミルフィに向かって、オレはつっこんだ。
「おい、どうするんだよ。このままじゃ近づけないぞ」
「私を頼りにするな。少しは自分で考えろ」
「ナビゲーション・エンジェルを頼れないって、いったいどういうゲームなんだよ」
オレたちの会話を尻目に、エビル・ビスケットが腕を振り回しながらオレに突っ込んできた。
「あぶね」
腕がかすめそうになるところでオレは避けた。そのまま、エビル・ビスケットの動きを観察する。腕を振り回す、といっても片方の腕が半分欠けているためか、動きがアンバランスになっている。欠けていないほうの腕を振った後、欠けた腕を振り回すまでに、多少の隙ができているようだ。
(ここがチャンスだな)
オレは慎重に剣を構える。欠けている腕を振りきり、エビル・ビスケットの背中の半分ぐらいまでが見え、胴体ががら空きになった。
剣を構えたまま突進し、剣を右から左へ振り抜く。胴体に吸い込まれるようにして、剣が弧を描く。
予想だにしない一撃に、エビル・ビスケットはガードする暇もなかった。捻った状態の胴体をオレの一撃が横切り、まっぷたつにする。
ばりばりばり。さっきよりさらに派手な音がした。
「やったか!?」
強烈な光を放ち、エビル・ビスケットは姿を消した。代わりに、オレの頭の上にぽろぽろと何かが降ってきた。




