第1話 白い巨塔の行列
その塔は、あまりにも静かだった。
空を貫くように伸びる白い巨塔。雲を越え、光の中に溶け込むその姿は、美しいというより――どこか不気味だった。
天界に住む者は、皆、永遠の命を持つ。
老いることも、病で死ぬこともない。
それは祝福のように語られるが、同時に――呪いでもあった。
どれほど苦しくても、終わることができない。
どれほど絶望しても、逃げ場がない。
だから、この塔が存在する。
白い巨塔。
唯一、“本当の死”に辿り着ける場所。
一番上から飛び降りれば、魂ごと消滅する。
永遠からの解放。
そのために、人は並ぶ。
今日も、列は長かった。
誰もが無言で、ただ順番を待っている。
泣く者もいなければ、叫ぶ者もいない。
すでに、感情すら摩耗しているのだろう。
塔の周囲には、“監視者”がいる。
白い布に包まれた、人の形をしたもの。
顔の代わりに、黒い目が一つだけある。
ヴェヒター。
そう呼ばれる存在。
列に並ぶ者たちが、勝手な行動を取らないよう見張っている。
ただ、それだけの役目。
だが、その“目”は、すべてを見ている。
逃げることはできない。
やめることも、できない。
並んだ時点で――終わりは決まっている。
その列に、一人の少女が加わった。
短い黒髪。
細い体。
年の頃は十五ほどに見える。
だが、どこか頼りない。
痩せた体つきと、幼さの残る面差しのせいで、実際よりも幼く見えた。
少女は、ふらりと列に並んだ。
自分がなぜここにいるのか、はっきりとはわからない。
ただ――
(ここに、いなきゃいけない気がする)
それだけだった。
前に進む。
一歩。
また一歩。
感情は、薄い。
怖いとも、悲しいとも思わない。
ただ、空っぽだった。
そのとき。
「――まだ、君の番じゃない」
低い声が、すぐそばで響いた。
少女の腕が、強く引かれる。
「……え?」
気づけば、列から外れていた。
視界に入ったのは、一人の男。
陽を溶かしたような金の髪。
高く澄んだ空のような、やわらかな青い瞳。
長いマントを羽織った、その姿はまるで軍人のようだった。
「来る場所を間違えている」
短く言い切る。
「……だれ?」
少女は、ぼんやりと問い返す。
男は、一瞬だけ言葉を止めた。
そして――
「通りすがりだ」
そう答えた。
嘘だった。
だが、今はそれでいい。
「……戻らないと」
少女が言う。
振り返る。
あの列へ。
「戻る必要はない」
男は強く言った。
その声には、明確な意志があった。
「君は、そこに並ぶべきじゃない」
「……でも」
「いいから来い」
手を引く。
迷いなく。
その瞬間。
空気が変わった。
ヴェヒターの“目”が、こちらを向く。
「……っ」
男は舌打ちし、低く呟いた。
「見つかったか」
次の瞬間。
空間が歪む。
光が揺らぐ。
隠ぺいの術。
視線をずらす魔法。
だが、完全ではない。
「急ぐぞ」
少女の手を強く握る。
走る。
列から、塔から、すべてから離れるように。
少女は、引かれるままに走った。
何もわからないまま。
ただ、その手だけが――
妙に、温かかった。
その出会いが。
世界を変えることになるとは。
まだ、誰も知らなかった。




