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Myth&Dark  作者: 志亜
悪魔転生編
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第6話 回想

 夜。ボルクスが修行を終えて帰ると、リズが神妙な面持ちで今後の話を持ち掛けてきた。促されるままテーブルにつき、茶を啜ると、リズが重々しく話し始める。ボルクスにレアを助けてもらうことに対して、自分はまだ何も、ボルクスに返していない。リズはかなり真面目であるため、そのことを思うと、申し訳なさで精神が参ってしまう。



「……本当に見返りはいらないのですか?」

「いらない。俺はそれ目当てに闘うんじゃない」


 即答。事実、ボルクスは話に興味なさげに明後日の方向を見て、髪をいじっている。しかし、リズが神妙な面持ちで俯いているままなので、自分も態度を改める。


「これは生き様の話なんだ。俺は生まれた頃から強かったから、師匠にも何度も何度も言われたんだ。強く生まれた者は弱き者を守りなさい。弱き者に変わって悪や理不尽と闘い、彼らの尊厳を守りなさいって」

「俺もそれが当たり前で、正しいことだと思っていた。なぜだとかどうしてだとか考える前にそういう生き方が身に染み付いたんだ。今さら生き方は変えられない。だから、リズが負い目を感じることなんて何もないし、それにまだ俺はレアを助けてはいない」

「俺が闘う理由は処刑を阻止して、リズとレアからあなた強いのねってチヤホヤされたいだとか、気に食わない聖十字教のやつらに一泡吹かせてやりたいだとか、そういうんじゃない。俺は純粋にレアを守りたいし、何より師匠に教えられたことを守りたい」

「同じなんだよ、リズと俺は、お互いに守りたいものあるんだ。リズはレアを守りたいし、俺も師匠の教えを守りたい。リズにとってレアは大事な人だし、二人とは関係性が違うけど、師匠も俺の大事な人だ。俺たち兄弟に全てを教えてくれた。あの人がいなければ今の俺はとうていいない」


 リズの晴れない顔を見てボルクスは思案する。こういう時兄者ならどうするのだろうか? いや、この場合、兄者の存在自体が鍵となる。


「どうしても恩返しがしたいのなら、俺の話を聞いて、ずっと覚えていて欲しい」

「なぜですか?」

「俺が悪魔として伝えらているって聞いた時もだが、双子座の伝説が別人にすり替えられているのが正直一番ショックだった。俺は何のためにイダスとリゲルと闘った後、自ら死を選んで星になったと思う?」

「……わかりませんね」

 

 ボルクスが目に力強い光を宿す。いつのまにかリズを諭すような口調から自らの意志を示す力強い口調へと変わっていた。


「遺すためだ。ただそのためだけに俺は星になった。俺と兄者の名前と物語を後世の人々に知ってもらうために。あの兄弟のように仲良くなろうと倣ってもらいたかった。俺自身の物語は半神のくせに、たった一人の兄弟すらも守れぬ愚か者だとバカにされても良かった。ああはなるまいという教訓にさえなっていれば。とにかく俺は、俺のような失敗をする人間が二度と生まれないように、俺たちの物語を知った後世の人間が俺たちより『先』に進めるように……そういう意図で俺は父ゼウスの雷霆で死なせてもらった」

「しかし、今は複雑な気持ちだ。俺たちと入れ替わったカインとアベルにもそんな物語があったかもしれないから、一概に否定はできない。だが、俺たちの存在、物語を含めた太古の神々の神話全てが闇に葬られ、あまつさえ悪魔と化しているのは……どうしても許せん」

「だからリズ、覚えてくれ、記憶に刻んでくれ、俺が神話の当事者として話せる全てのことを。それが俺にとっては最大の恩返しだ」


「……わかりました。私も冒険者ですから未知の物語に対する関心は人一倍強いです。レアを助けた後は彼女にも伝えましょう。きっと喜ぶと思いますよ。双子座に関する文献を見つけた後、彼女は大はしゃぎしてましたから」


 今はまだ囚われている友人の思い出を掘り起こし、リズが笑う。ここ最近はレアを助けることばかりに意識が行ってしまって、楽しかった記憶には黒い霧のようなものがかかっていた。


 正直、これがちゃんとした恩返しになるのかはまだよく分からないが、ボルクスがケイローンの教えのために、レアを助けようとしているのと同じように、リズもレアのためにボルクスの真摯な言葉を聞き、彼に対する恩返しを、自分にできることを誠心誠意やりきろうと決意した。

  

 少しばかり、気分が軽くなったリズを見てボルクスが息をつき、茶を啜って気分を落ち着ける。思いのほか力が入って長く喋ってしまったため、リズの入れた茶が喉に染み渡る。美味い。


「さて、それではケイローン師匠の話から始めていきたいと思います」

「え? もう始めるんですか?」

 

 切り替えが早いのがボルクスの長所だ。何せ知ってることを全て話そうと思ってもリズにもボルクスにもやらなければならないことは数多くあるため一か月ではとうてい足りない。リズの困惑する言葉を聞きながらも、手だけでまあまあというジェスチャーをしつつ、昔話を孫に聞かせる年寄りのような口調で語る。


「これは師匠が何度も話してくれた例の教えで、俺の英雄としての核といっても過言ではありません」








 思い出すのは預けられた初日、マナと闘気の概念を学ぶ前に教えられた。ボルクスにとって、英雄とし生きる上での最重要概念。ケイローンの他の多くの弟子も同じようにまずはこの心構えを叩きこまれる。


「なぜ半神が強く生まれるのかわかりますか?」

「そりゃ半分神だからじゃないんですか」


 ボルクスがさもありなんといった感じで答え、首を傾げる。しかし、答えは違うようでケイローンの反応も薄い。カストルと顔を見合わせると、いいから話の続きを聞けという身振りが返ってきた。

 

「いえ、半神といっても無条件に強く生まれるのではありません。エンデュミオンという人物とて例のごとく父親が大神ゼウスでしたが、彼には他の半神の英雄のような力はありませんでした」

「半神とは神に近い力を持って生まれた人間です。そのような存在が生まれる理由はその力をもってして弱き人々を守ることが正しい役目だからです」

「でも神々は常に正しいとは限らないじゃないですか? 僕らの存在を全否定することになりますけど、父上はオリュンポスの神々の頂点に立っているのにも関わらず、生まれ持った力と下半身で好き放題していますよね? 僕らの異母兄弟は何人いるのか分からないですし」

  

 今度はカストルが質問を投げかける。カストルとしては師匠の言うことの矛盾をつくようで、ばつが悪そうにしていたが、それでも師匠の知識でこの疑問を解決して欲しかった。


「いいですか、神々を人間の物差しで測るのはおやめなさい。神々は正しいとか正しくないとか、そういうのには固執しませんが、間違いを犯すことはあります。半神が神と同じように生きれば神々も含む多くの者を敵に回し、その身の破滅を招きます。神々が間違いを犯してもなお、信仰が揺るがないのは、圧倒的な強者だからです。神々の生き方は神々にのみ許されるのです。特に大神ゼウスは偉大な神ですが、悪い部分も多々あります。それらは戒めとして学び、良い部分は模範として学びましょう」


 そんなカストルの緊張をほぐす様に、ケイローンは至極冷静に淡々と疑問に答えた。抱いていた疑問がすっきりと解決し、カストルが明るい顔をケイローンに見せる。


「カストルも、今はまだ発展途上ですが、いずれボルクスにはない力を身に着けるでしょう。その時も私が言ったことを忘れてはいけませんよ」

「ボルクスも分かりましたか?」


 一応真剣に聞いてはいたものの、ボルクスにとって、物差しのあたりから話の内容が難しくなってしまった。表情は真顔だが、口が阿呆のように半開きになっている。ケイローンがどうやってボルクスにもわかるように伝えたものかと考えている内に、カストルが慣れた様子でボルクスに内容をかみ砕いて話す。難しい話をわかりやすく弟に伝えるのは兄としていつもの役目なのだ。


「要するにだよボルクス、生まれ持った力を持って自分勝手に生きることは神々が神々だから、許されることであって、ボルクスのような半神が同じ生き方をしようして、誰かを傷つけたり、何かを壊したりするのは絶対ダメだし、したとしても酷い死に方をするよ。特に父上あたりがすごく怒るだろうね」


 聞いている内に半開きになった口を閉じ、頷く。これだけでもやってはいけないことと、やらなければならないことは伝わったはすだ。


「分かった」

 

 返事を聞いてカストルも満足げに頷くと、再びケイローンに首を傾げて聞く。

 

「そういえば先生。そのような生き方をした半神に前例はあるのでしょうか? それをダメな例として知っておけば、僕たちもより深く先生の言ったことを理解できると思います」

「カストルは賢いですね。オリュンポスの神々ですらあまりその者の名を口に出そうとはしたがらないのですが、教えましょう。アロアダイのことを」


 ケイローンが咳払いを滔滔と話し始める、これは自分たちにとっては重要な話になるはずだと、カストルもボルクスも直感していた。無意識し姿勢が前屈みになり、一言も聞き漏らさまいと、集中する。


「アロアダイとは双子の人物を指す名称です。あなたたちとに同じですね。兄はオートス、弟はエピアルテスという名前です。彼らは生まれた時から恐ろしく強かったにも関わらず、成長するにつれてさらにその力を増していきました。そしてある日、彼らは傲慢にも自分たちの力をオリュンポスの神々より優れていると思い、闘いを仕掛けました。神々にとってかわり、世界を支配しようとしたのです。彼らは真正面から堂々と、何の策もなしにたった二人でオリュンポスの神々に挑みました。にも関わらず、何ら怯むことはなく五年間も闘い続けました。そして、ゼウスとポセイドン以外のオリュンポスの神々を打ち倒しました」


 まさか、絶対的な存在であるオリュンポスの神々に挑もうとするものがいたとは、それもたった二人だったとは、たった二人でオリュンポスの神々をほとんど倒してしまうとは。アロアダイの物語は自分たちの想像の範疇を遥かに超えていた。ボルクスだけでなく、カストルも口が開いたままになり、目を丸くする。驚嘆という感情が二人の顔面全てに現れ出る。


 カストルは途中からハッと自分が驚嘆のあまり放心していたことに気づくと、慎重に言葉を紡いで問いを投げかける。


「先生はその時……どうしていましたか?」


 ケイローンの顔が苦々しい者に変わる。こんな表情をさせるほどに強いのだと、カストルはアロアダイに恐怖し冷や汗をかいた。そして、生まれる時代が違ったことに神々に心の中で感謝した。


「ええ、勿論、私も参加しましたよ。最終的に私の策で彼らが自滅するような形で決着をつけました。それからですね、私が生まれつき強い力を持った半神の教育係になったのは」


 ケイローンは当事者であった、アロアダイの話は簡略化したものの、他人に話すとなってはケイローンでさ精神的な疲労がかかる。カストルがなんとなく察して心配そうな顔をしていたため、ケイローンは自分も奮い立たせ、カストルを安心させるつもりで力強く胸を叩く。


「ですから、もう大丈夫ですよ! 半神といってもアロアダイのようなのはそうそう生まれませんし、何より生まれてもこの私がいます! 彼らのような存在を二度と生まないために私は未来の英雄を教え導くという役目につきました!」


 渾身のキメ顔をつくり、両腕で力こぶをつくる動作をする。カストルも得心がいったようで尊敬のこもった眼差しでケイローンを見ていた。しかしボルクスは視線を落とし何かを考えこんでいた。


「俺もそれくらい強くなれますか?」

「え?」


 不意の質問、想定すらしていなかったその内容にカストルだけでなく、ケイローンも目を白黒させ、素っ頓狂に聞き返した。


「ボルクス、自分が何を聞いているのかわかっているのか?」


 カストルが咎めるような目つきでボルクスを見る。カストルとケイローン、両方の顔を見て困ったような、しかし力強い言葉を吐く。


「兄者、師匠、アロアダイの話はちゃんと聞いてました。やってはいけはいけないことはわかっているつもりです。俺は別に、父上たちに変わって世界を自分の物にしたいとか、そういうことはまったく考えていません。それはわかってください。それでも……俺はアロアダイのように強くなれますか?」


 そこにあるのは野望でも大志でもない。善悪を抜きにした純粋な強さへの欲求。それをなんとか誤解させぬように、ボルクスは二人に伝えようとしていたが、怒られそうだとも思ったので元気がなく下を向いてシュンとしている。

 

 それを見たケイローンが努めて優しく、励ますように、下半身の馬の部分を地面に座らせ、ボルクスに視線を近づける。


「神々の中でもオリュンポスに属さない悪いのはたまに人間にちょっかいを出すって聞いたことあるから俺、そんなのからも家族を守れるように強くなりたかったから」


 ケイローンがボルクスの両手を取り、顔を覗き込む。


「ボルクス、あなたが力の使い方をよくわかっているのなら私は何も言いません。だから怒ってなんかいませんよ。守りたいもののために強くなりたいと思うのはいいことです。強くなりたいのなら、目標を立てなさい。階段を一つ一つのぼるように、最初からアロアダイの領域を目指すのでなく、私が今まで教えた者の中で最も強かった弟子。ヘラクレスを目指すといいでしょう」

「ヘラクレスはどれくらい強かったのですか?」

 

 顔を上げたボルクスは既に元気を取り戻していた。ケイローンがボルクスの頭を撫でながら立ち上がる。それを見たカストルはボルクスにかけた己の言葉を恥じた。誤解をしていたのだ。後でちゃんと謝ろうと心に決めた。


「それは修行中にでもおいおい話しましょう。今日は初日ですがあなたがたに教えなければならないことは他にたくさんあります」

「「はい!」」

  










「――っていうのが大体初日あったこと」


 ジジイのような口調は途中から失せ、身振り手振りも使って熱を込めて話し続けた。特に自分が喋る部分はわざわざ当時の自分に寄せていた。リズもボルクスの話に興味津々で頷いたり、感心したりといいた反応を返していた。


 話が終わって一息ついた後、リズがクスリと笑い声を漏らす。


「ボルクスさんにもそんな時期があったんですね」

「まあな、あの頃はおれもガキだったからなぁ。まぁでもああいうのがあって今の俺があるわけだし、師匠と兄者には今も感謝の気持ちでいっぱいだ」


 リズが窓の外を見た。そこから見える景色一面は黒く染まっている。時間を忘れて話をしているうちにすっかり夜も更けていた。


「もうこんな時間ですね。この家にいる時は客室を自由にお使いください。ベッドもそこにあります」

「おう、ありがとうな。おやすみリズ。ゆっくり休めよ」

「はい、お気遣いありがとうございます。おやすみなさいませ」


 ボルクスが召喚されてから約二日。ボルクスにとってもリズにとっても色々なことがあったが、ひとまず、一段落ついた。明日はリズにどんな話を聞かせようか自分の記憶を掘り起こしながら、ボルクスは五秒で寝た。






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