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Myth&Dark  作者: 志亜
Devils and Daemons
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第32話 邪竜騎士イフリート

 イフリートは、強い。単純に強い。これと搦め手や特殊能力などを使ってこない、強いから強いという強さだ。阿保みたいな言い回しだがそう形容する他ない。だがそれはボルクスと同じタイプの強さであった。


 モードレッドとの激闘から約半年、ボルクスは己の鍛錬を欠かさなかった。また、モードレッドのような強敵と出会った時、最後まで自分の足で立っていられるように、闘いの後に、自分の勝ちだと胸を張って言うために。


 イフリート相手に通じる闘い方はある。ボルクスが阿保みたいな言い回しを使った、モードレッドの邪道騎士としての闘い方である。結局モードレッドからはあの剣の使い方の正式名称を教えてもらえなかった。


 ボルクスは剣を持ってないが、身体中を迸る生命エネルギー、闘気で刃を形作り、代用する。


 足の先がさらに伸びるように闘気の刃が形成され、ボルクスの蹴りの動きに合わせて風を切り、イフリートの身体をも切り裂こうとする。


「グゥオッ!?」


 驚愕の表情と、まともに攻撃を受けたような声に、ボルクスは手ごたえを感じた。イフリートはそれまでの戦闘から、ボルクスの蹴りのリーチを正しく読んでいた。が、それが仇となり、邪道騎士の闘い方の餌食となった。ボルクスが素手であったため奇襲性もモードレッドのものより高かった。もともと近接戦の得意なやつほど引っかかりやすい、ボルクスが身をもって知ったことである。


 ボルクスの蹴りと闘気の刃が、イフリートの姿勢を崩した。そのままチャンスとばかりに、イフリートの身体を穴だらけにする勢いで、蹴りによる刺突を連続で浴びせていく。


 イフリートも身体を闘気で守っているが、ボルクスの攻撃も闘気によるもので、ダメージが身体に蓄積していく。


「面白え……!!」

 

 しかし、攻撃を受けている途中から、イフリートは強引に反撃してきた。


 イフリートが繰り出した攻撃も剣による刺突。それも一度や二度ではない、豪雨のような猛烈な連続突きである。ボルクスとイフリートは、そのまま連続攻撃の打ち合いにもつれ込んだ。


 両者のパワーもスピードも拮抗しているが、ボルクスにはこのまま打ち合いにを押し切り、勝ちまで一気に持っていく技があった。ボルクスが、その名前を口にする。


 雷霆拳。


 蹴りを横に吹く豪雨のように浴びせたまま、ボルクスが全身に雷を纏い、青白い稲光の塊と化した。

その状態になったボルクスの蹴りのスピード、パワーが、先ほどまでとは段違いに跳ね上がり、ボルクスの足の連打が、イフリートの剣の連打を飲み込むように加速する。


 イフリートが急激な攻撃の強化を認識し、驚いた瞬間には、全ての剣の刺突が、ボルクスの拳に威力においても、手数においても押し負け、既に剣は握っていた右腕ごと弾かれていた。


 目を大きく開いたイフリートの背後に、剣と右腕の膝から先が渇いた音を立てて落ちる。


 雷霆拳、ボルクスがモードレッドとの闘いの時、最後の最後の殴り合いで無意識に使っていた技である。青い雷を身にまとって、全身を活性化させ、身体能力を飛躍的に増加させる技だ。


 モードレッドとの闘いから今までの約半年の間、ボルクスは極限まで追い込まれ、自分でも勝手に編み出した技や、マナの雷への変化を、自分の意志で制御できるように鍛錬し、使いこなせるようになった。雷に性質変化させたマナと、生前から重点をおいて鍛え上げていた体術の複合技を一まとめに雷霆拳と名付けた。そしてモードレッドの足技も練習しておいた。


 イフリートの右腕は、ボルクスの入念な鍛錬と、邪道騎士の所以であるモードレッドの奇抜な闘い方、この二つが合わさってもぎ取った戦果である。

 

「投降してくれ、その状態じゃまともに闘えないだろ。悪いようにはしない」


 大きく後ずさったイフリートに、ボルクスが青白い雷のオーラを収め、息をついた。


「おいおい片腕斬り飛ばしたくらいで勝った気になってんじゃねえよ」


 ドクドクと断面から血が溢れ出るのをわかっていながら、イフリートは何も処置をしないどころか、そのまま闘うつもりであった。その口調は虚勢や強がりではなく、闘う前と全く変わっておらず、闘志の衰えは微塵も感じさせない。


「だが素晴らしいぞぉ! そんな技を持っているなんてなぁ! 何ら卑怯な策を用いず、この俺と一対一で真正面からここまで闘えるやつと、この時代にこんな形で出会えるとは思わなかったぞ!」


 イフリートが歓喜の表情を全面に押し出し、ボルクスの力を褒めたたえた。


「投降なんぞつまらんことを言うな! 俺はまだ闘える! よく見てろよぉ!」 


 イフリートが斬られた方の腕に力を込めるような挙動を取り、何かを絞り出すような声をする。


「かああああああ……!!」


 ズッ、と肉が肉をかき分けるような生々しい音がして、断面から新しい腕が、袖を通すかのように一瞬で生えてきた。トカゲのように再生したイフリートの腕を見て、ボルクスが口を開け、呆気にとられた。


「くくく……、流石にビビったようだな。俺が魔名で名乗った理由はこいつをまあまあ気に入ってるだぜ……! 四肢を斬り落としたぐらいじゃお前は俺に勝てんぞ」

 

 イフリートが新しく生えてた方の手を、握ったり開いたり、準備運動のようなことをしながら、あふれ出る闘志を刃物のようにボルクスに向ける。


 欠損した部位が再生可能だとしても、イフリートのマナは明らかに再生によって減っていた。ボルクスが腕を再生させる前後のイフリートのマナの減少具合を比べ、腕一本分でどれほどのマナを消費したか、大まかな見積もりをする。つまり無限に再生できるわけじゃない。


「細切れになっても同じことが言えるかな……」


 再生について冷静に分析し、未だにやる気十分なボルクスを見て、イフリートは湧き上がる嬉しさを心の内に抑えつつ、低く呟く。


「できるものなら……」


「やって見せろぉ!」と言い終わると共にイフリートは次の瞬間、なんと火の玉を吐き出した。自分の体を包み込むに十分な大きさの火の玉に、ボルクスは驚きつつも、手の平を突き出す。


 「はぁっ!」っという短い掛け声とともに、気合砲を飛ばし、目の前に来た火球を一瞬で霧散させる。身体の前方に感じていた熱は消え去ったが、前に出した腕に何かが素早く絡みつく。


 ツタのように絡みつくそれは鱗に覆われて艶があり、光を反射している。蛇の尻尾のようだが、それにしては太く、竜の尾であった。それは前方から伸びていて、イフリートの腰から生えている


 ボルクスは絡みつかれた腕から体ごと物凄い力で、釣られた魚のようにイフリートの方に引き寄せられた。ぶつかる瞬間に合わせてイフリートが殴りつけるように振るう。その腕は竜のような腕だった。肘から先が鱗に覆われ、指からは研ぎ澄まされたナイフのような鋭い鉤爪になっている。


 ボルクスはとっさに片腕を出してその竜の爪による攻撃を防御した。腕に四つの線を引く切り傷を残しながら、衝撃を殺しきれずに後ろに吹き飛ぶ。

 

 受け身をとり、立ち上がったボルクスの前には、竜の尾と竜の腕を持つイフリートが立っている。


「いいか教えてやる、魔霊は生前に有していた能力が使えなくなった代わりに、悪魔になったことによって新たに得た能力がある! 俺はそれを実戦レベルまで十分に鍛え上げてある……!! 俺が使える能力は再生だけじゃねえぞ……!!」


 静かに、かつ不気味に笑うイフリートは次の瞬間、気合のこもった声と共に、全身からマナを爆発するかのように高ぶらせ、変身した。イフリートのシルエットが人間の形からかけ離れていく


 片腕と尻尾以外も、イフリートの体全てに竜のような特徴が表れた。背中には翼が生え、頭からは二本の角が生えている。竜と人間と人間が合わさったたような竜人とでも呼ぶべき異形の人型となった


「俺は悪魔となった過程において、生前討伐した名のある邪竜と同一視されたようでな……故にこの姿になった。だが今の俺がどういう伝承になっていようが、ジャンヌのためにてめえを倒す」


 イフリートの姿は、自らの英雄としての伝説を取り戻すべく闘っているボルクスにとって、心の中で舌を巻くほかなかった。悪魔となったことを受け入れた価値観が、今の変貌を遂げたイフリートの姿形に結実したようであった。


 姿形が著しく変わったイフリートは、ボルクスの警戒をよそに、その身体の能力をすぐさま使うことなく、踵を返す。後ろに腕ごと落としていた剣に近づき、柄を擦るように踏みつけた。ギン、と剣が音を立てて、空中に跳ね上がり、イフリートがつかみ取った。


「悪魔としての能力と俺が本来得意とする剣技が合わされば……こういうこともできる……」


 顔の前に剣の刃を持ってきたイフリートが口を大きく開ける。喉の奥から炎がこぼれていたので、火を噴いて剣に纏わせるのかとボルクスは思ったが、イフリートの行動はその予想をはるかに超えていた。


 イフリートは次の瞬間、剣身の鍔に近い根元の部分に、思い切り噛みついた。ギィン、と刃とイフリートの竜のように尖った歯が音を立ててぶつかる。目を剝くボルクスを満足そうな視線を送りながら、イフリートは口の両端を吊り上げて、歯で剣を研いだ。


 口から炎を吐きつつ剣身を噛んだまま、柄を横に引き、歯と刃を擦り合わせる。突き立てた鋭い歯が、剣身の根元から先端へ、剣の形に沿って滑るように移動する。それに従って刃自体が火花を立てつつ、マグマのように赤く熱く染まっていく。


 剣にも鍛冶にも何の知識も持たないボルクスでさえ、明らかに異常な剣の研ぎ方と一目見てわかった。が、異常と断じたにも関わらず、赤熱化した剣は以前よりも熱く鋭い一撃が放てるような、そんな気を帯びていた。切れ味が落ちないだろうかとも考えたが、そもそもマナは万能なので、どんなことが起こっても何らおかしなことはない、むしろ自分は不見識であると恥じるべきだ。相手もマナを闘いに扱う以上、それは自明の理である。


 イフリートが、剣を頭上に構える。剣から真っ直ぐ上に伸びるように、炎を纏った闘気の刃が形成される。その構えから迫りくる熱気と殺気がボルクスの肌をじりじりと焦がしていく。


「煉獄破斬……!」


 形成された闘気の刃の大きさに反して、振り下ろすのは驚くほど速かった。威力を警戒し、ボルクスは横に飛んで回避する。



 ボルクスが先ほどまでいた場所に、炎と闘気の長大な刃がけたたましい破壊音と共に、叩きつけれる。地面は岩盤が剣の威力でめくれ上がり、炎も地面を高温で熱し、溶かしている。闘気でガードしたとしても、ただではすまない。


 イフリートが翼を広げ、低空飛行するように、急激な速さでボルクスに迫り、未だ赤熱化している剣で怒涛の攻撃を仕掛けてきた。ボルクスは全ての剣を避けてはいるが、命中せずとも炎の熱が空気中を伝わり、肌や目にじわじわと渇きを与えていく。


「フハハハハ! どうしたどうしたぁ! 避けるだけかぁ! さっきの雷霆拳とやらをもう一度見せてみろぉ!」 


 攻撃を避けながらボルクスは冷静に、イフリートの英雄としての本当の名前を分析していた。生前は騎士、竜の討伐、そしてボルクスにわかりやすい弱点がないことを、羨ましいと発言していた。これらの要素から推察すると、当てはまりそうな英雄が……いる。弱点らしきものも攻める価値はある。


「ならお望み通り、もう一度見せてやる……」


 「雷霆拳!」とボルクスが言うと同時に、青白い雷を身にまとい、剣が当たる直前にイフリートの眼前から一瞬で姿を消した。


 イフリートは目でボルクスの姿を追ったが、視界のどこにもいなかった。しかし、うろたえずに耳を澄ますと、何かが風を切る音や、地面を蹴る音が聞こえてくる。今、ボルクスは雷霆拳による超スピードでイフリートの周りを動き回っている。


 ボルクスは速さで翻弄し、隙をつくつもりだ。次のボルクスの姿を見る時は、イフリートに攻撃を加える時だ。奇襲に対応するために意識を集中させ、神経や五感を研ぎ澄ませ、僅かな空気の流れの変化などを見落とさないようにする。前後左右に加えて上からも、どこから襲ってきても対処できるように、あえて剣の構えはとらない。足を肩幅と同じくらいに開き、脱力する。腰より下で保持している剣の柄を軽く握りしめながら、ただただ次の手に備え、待ち続ける。


 刹那、イフリートは剣の届く眼前に、ボルクスの気配を感じた。


「とったッ!」


 イフリートは突きを繰り出した。静から動へと一瞬で転じ、瞬きにも満たない速度で剣の切っ先でボルクスへ突き刺した。……確かにボルクスの体に攻撃は命中したが、手ごたえがまるでない。


「残像か!」


 その素早い突きが明確な隙がであったことを、イフリートが自覚した頃にはもう遅かった。ボルクスは既に背後に回り、拳をイフリートの背中に打ち込もうとしている。


「ジークフリートォ!!」


 ボルクスが悪魔となった騎士、イフリートの生前の名を叫び、その弱点である背中に向かって雷を纏った拳を突き出した。


 

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