第31話 ボルクスとイフリート
到着した広場はボルクスとモードレッドが想像していたほど広く、瓦礫が無数に散らばっていることと、中央に大きな岩と同じくらいデカい炎の塊があることを除けば、闘技場と同じくらいの広さがあった。
魔王襲来以前、いつもの日常的な風景ではこの広場は人の往来や出店などで賑わっているが、今はボルクスとモードレッド、ジャンヌとその三人の配下以外、人気は全くない。
広場に足を踏み入れた瞬間、肌に感じていた空気が突き刺すようなものに変わり、雰囲気が張り詰める。これから広場が激闘を繰り広げる戦場になるであろうことを、ボルクスとモードレッドは同時に予感した。それほどまでに、広場は禍々しい殺気と緊張感に満ち溢れている。
炎の前、ボルクスとモードレッドが入って来た道に真正面から向かい合うように、魔王と配下の悪魔が立ち、炎を光源として生まれた四つの影を真っ直ぐ二人に伸ばしている。
「あなた達の全てを否定したい……騎士として鍛え上げられた強さも、それに伴う誇りも、私の前で全て無意味なものにしたい」
四人の悪魔の頭目であるジャンヌの冷ややかな声が、蛇のように地面を這う。
「イフリート、ゼパル」
炎の前に立っていた四人の悪魔の内、名前を呼ばれた二人が前に出てくる。炎を背にしているせいで、黒いシルエットしか見えないが、二人とも天導騎士とは違い、ボルクスとモードレッドが見たことのない異国の騎士のような恰好をしている。ゼパルと呼ばれた方は槍を、イフリートの方は剣を握っている。
まごうことなき強者の風格をまとう二人に、ボルクスは上手く言い表せない同類に出会ったような感覚を胸の内に抱いた。同じく戦場に立つ者としての感覚なのか、しかし、モードレッドと初めて会った時にはなかった感覚だ。気にはなったが今それをはっきりとさせる方法はないとボルクスは思考を振り払う。
「同じ頭数で闘って、あなた達が真正面から言い訳のしようのない敗北を迎えれば、強さも誇りも打ち砕かれたことになるでしょう? あなた達が騎士として敗北して絶望と無力感に打ちひしがれるさまを私は見たい。この島を救いに来た救世主のような最上級騎士様が敗者になり、ラミエルが私たちの手に渡った瞬間、この島の人間どもの絶望も、より色濃くなるはずよ」
ジャンヌは声に悪意を存分に滲ませ、ボルクスとモードレッドを交互に見て、前に出た配下二人も見た。
「俺が二人ともやらせてくれよ、この島の奴らはどいつもこいつも張り合いが全くなかったからな。この二人なら結構楽しめそうだ。俺様の相手にはちょうどいいぜ」
長剣を肩に担いだイフリートがさらに前に出てきて、ボルクスとモードレッドを見て不敵に笑った。目を闘志でギラつかせ、今にも目の前の二人に襲い掛かりそうなほど血の気が多い。
「ふざけるなよイフリート、ジャンヌ様は同じ頭数でと言ったはずだぞ。勝手な真似をするな」
全体的に粗暴なイフリートを、対照的な雰囲気を纏うゼパルが咎めながら前に出てきて、ゼパルの横に並び立つ。
「ああ? 何言ってんだおめー、確かにそうは言われたけど、俺一人で闘って勝った方が、よりジャンヌの期待する無力感とか敗北感をこいつら二人に味合わせられるってもんだろ。何でもホイホイ言うこと聞いて思考停止してんじゃねえよ犬っころ」
「それで負ければ噴飯ものだな」
「おおん!?」
ボルクスとモードレッドをすっぽかして、イフリートが横にいるゼパルに凄んだ。殺気立った視線をゼパルは軽く受け流し、やれやれといった表情で、明後日の方向に目を逸らしている。
「相手は天導騎士団の最高戦力よイフリート、慢心してないで私の言う通りに二人で闘って。ゼパルは金髪の最上級騎士の方を、イフリートは青髪の方のボルクスっていう騎士を倒してちょうだい」
ジャンヌも呆れるような口調でイフリートを咎めた。仕えている主の忠告に、イフリートは納得したようなしていないような微妙な表情を浮かべ、やがて諦めたように息をついた。
「わーったよ、じゃあ俺は青髪の方をッ!!」
喋っている途中の残像を残すほどの勢いで、イフリートはボルクスに襲い掛かり、長剣をボルクスの体を盾に両断するように、真横に振りぬく。イフリートはそれまで殺気も闘志も、戦闘を始める素振りもまったく見せなかった、奇襲である。
しかし、奇襲は成功せず、斬撃はボルクスの闘気を込められた両腕でしっかりと防がれている。
「いいゴングだ……」
ボルクスは奇襲に卑怯だとか怒りを抱くまでもなく、むしろ歓迎するように低く呟いた。一太刀の斬撃の感触に、イフリートが強敵であることを察し、これから起こるであろう闘いに無意識に口元が緩んだ。
「へぇ~」
イフリートも奇襲を難なく防いだボルクス相手に同じことを感じ、口の両端を吊り上げた。剣を握る両腕にさらに力を込め、足腰の力も総動員にして一度は止められた剣を強引に振りぬき、ボルクスの体を両腕によるガードの上から弾き飛ばす。ボルクスの体は斬れていない、剣で押し出されただけだ。
吹っ飛ばされたボルクスを追いかけながら、イフリートは強敵に出会えたという事実に歓喜の表情を浮かべ、後ろを振り返らずにゼパルに大声を向ける。
「そっちが俺より早く終わっても手ぇ出すんじゃねえぞゼパル! こいつは俺の獲物だぁ!」
イフリートはゼパルの返事を待たず、一瞬で走り去った。ボルクスの吹っ飛んだ先は既に広場の端の方である。広場の中央に火があることを差し引いても、一対一を別々にやれそうなほど、広場は広かった。
「なんだお前、得物はどうした」
イフリートがボルクスに追いついた頃、ボルクスは既にやる気満々で拳闘の構えを取っていた。奇襲によるダメージは全くない。イフリートの問いにボルクスは言葉ではなく、行動で己の武器を示そうとする。
「むっ!」
ボルクスの想像以上に素早い踏み込みに、イフリートは短く驚きの声を上げたが、しっかりと動きを目で捉え反応した。
真正面から踏み込み、イフリートのみぞおちのど真ん中に、拳を叩き込む。踏み込む勢いを乗せて振りぬかれた拳は、ごつい手の平で受け止められた。
イフリートの手の感触が、受け止められた拳から伝わり、長年剣を握って闘っていることと、ある程度素手でも戦えることをボルクスに悟らせた。
一瞬の思考の隙をつき、イフリートが肩に担いでいた剣を振り下ろす。速いうえに重い。身を引いて交わし大剣の攻撃範囲から逃れる。攻撃後の隙をつこうとしたが、イフリートにそんなものはなく、攻めの姿勢を全く緩めていなかった。ボルクスに向かって瞬時に踏み込み、再び大剣の攻撃範囲に入れる。
数回、剣と拳がぶつかり合い、剣戟の音にも似たような、派手な音と火花が飛び散っては消える。激しい攻防の最中、ボルクスの拳がイフリートの顔面を捉えたが、イフリートは眉一つ動かさず、ボルクスの体を蹴り飛ばし、二人の距離が大きく空いた。仕切り直しである。
「この通り素手で闘うんだ俺は、それより心外だぞ、俺を外れ扱いしてくれちゃって」
ボルクスが首をゴキゴキ鳴らしながら、先ほどのイフリートの言動に対して愚痴った。
「ああ、すまんすまん。なるべく表には出さねえようにしていたが、やっぱがっかりしてたように見えたか。だが俺は闘うべき相手には最低限の礼儀は払うぞ。一応言っておくがな、あれは最上級騎士より実力の劣りそうに見えたお前と闘うことに対する落胆じゃなくて、俺一人で二人とも倒せねえことに対する落胆だ。そこんとこよろしく」
事実、イフリートはこの島で、格下の騎士や冒険者と闘ってばかりであったが、自らよりはるかに力量の劣る彼らに対して、侮蔑などの感情を表に出して見下すようなことは決してしなかった。
「さっきの奇襲も礼儀に入るのかい?」
「はっ、さっきの攻撃を防げねえようじゃ、奇襲なんぞしなくても闘いにすらなんねえよ。一方的な蹂躙になっちまう。俺はそんなの嫌だね」
ややぶっきらぼうに聞いたボルクスにイフリートは、軽く笑って答えた。
「この島で俺たちに歯向かってきた全ての人間がそうだった。格上相手に数で勝るとはいえ、一度は果敢に立ち向かったことは賞賛に値するが……相手が悪すぎたな」
イフリートが全くもって手ごたえを感じなかった闘いを振り返り、最後に頭を振って、少しばかり自分の力を誇示した。ボルクスもイフリートの気持ちを理解できないわけではなく、納得したような様子でイフリートの奇襲を思い返した。
「なるほど、じゃあ最初の一撃はあんたなりの選別か、全く本気を出していない攻撃に反応すらできずに倒れるようであれば闘う価値すらないと。そして奇襲がまんまと成功すれば、仲間の獲物の最上級騎士を横取りして自分が闘おうとしてただろ。仲間には手を出すなと言ったくせにな」
「ぶっははははは!」
イフリートが豪快に、デカい声で体を揺らして笑った。
「全くもってその通りだ! 嬉しいなぁ! まさか俺の思惑をここまで正しく察してくれる同類と出会えるとはなぁ!」
豪快に笑いながら、イフリートが襲い掛かかってきた。同類に出会えたいう純粋な喜びを、胸の内から湧き上がる衝動を抑えきれずにボルクスにぶつけるように、剣を繰り出してくる。再び剣と拳の応酬に入る。激しく剣を振っている最中にも、イフリートはボルクスに息切れすらせずに余裕で話しかけてきた。
「しっかし、わからんなぁ。俺とゼパルの同類であるお前がなぜ今の聖十字教側についている? 女でもできたか?」
一瞬、ボルクスの頭にはリズとレアの顔がよぎったが、すぐに振り払った。今、ボルクスがこの島に来て闘っている理由は二人とは全く関係ないわけではないが、個人的な動機の方が大きい。
初めは質問の意図がよく分からなかったが、闘っている内に、敵をよく知っていく内に、イフリートの使う同類という言葉の意味を、ボルクスは誤解していたことを自覚した。
イフリートは自分と同じ力量を持つ、もしくは自分と同じように闘いに楽しさを見出す戦闘者という共通点を見出して、同類という言葉を使っているのだとボルクスは思ったが、何かが食い違っている。
ボルクスが誤解していたよりも同類の意味が深く、ボルクス、イフリートとゼパルの存在の根底に、三人の共通点を結びつけるように、同類という言葉をイフリートは使っているように思えてならなかった。
敵前にも関わらず思考にふけってしまい、闘いながら自分の質問に答えを返せる余裕がありながらも、答えを返さないボルクスに、イフリートが片眉を上げ、攻撃の手を止めた。相手の心にもやもやしたものがあっては、久方ぶりの実力が拮抗した闘いが台無しなってしまう。ボルクスもイフリートの意図を察し、いったん距離を離し、手を止めた。
「なんだ記憶がないのか? 二人でいる時はどっちかわかんなかったが……お前、元は聖十字教に悪魔化された大昔の人間かなんかだろ? 俺とゼパルもそうだぜ」
自分で疑問を解決するよりも早く聞かされたイフリートの答えに、ボルクスの頭の中を稲妻のような衝撃が走った。モードレッドと距離が離され、聞かれていないことが何よりも幸運だった。やはり、自分が悪魔となっていると思うと頭が鈍器で殴られたように痛くなった。
今イフリートが喋ったことはボルクスにとって誤魔化したり、とぼけてたりできるような類の情報ではない。しかも、この事実は知っているだけで聖十字教を根元から揺るがしかねない。
「なぜわかった?」
ボルクスが狼狽の色を敵に見せまいと、必死で取り繕った冷静さは、薄皮一枚の頼りないものであった。イフリートはてっきりボルクスも自分と同じ知識を持っていると思っていたが、なんだかボルクスを置いてけぼりにして闘いを続けるのは不憫だと感じ、親切にも教えだす。
「んー、なぜかと問われると答えるのが難しいが……俺たちには理屈や理論をすっ飛ばして、なんとなくわかるんだよ。大昔の時代に偉業を称えられ伝説になったが、今の時代では悪魔になってしまった英雄が目の前にいると、自分と同類だと本能的に直感するんだ。ゼパルを一目見た時もそうだった。俺たちは悪魔に堕ちた英霊、ジャンヌは魔霊と呼んでいた。お前も魔霊なんだろ?」
イフリートの言うことが事実なら、ボルクスが倒したアタランテとアキレウスも魔霊である。そして、魔霊という分類であっても、悪魔とそう変わらないのか、聞くたびに頭痛がするのは変わらない。
アタランテとアキレウスの首と首からが転がっている光景を思い起こす。あの状況でボルクスがとれた選択肢はあれしかなかった。意思も命も感じさせなかったかつての仲間が、これ以上その手を汚すことをすぐにでも止めたかった。もしくは既に手を汚していたかもしれない。
今思えば顔見知りで会ったアタランテはともかく、面識のないアキレウスが一発でアキレウスだとわかったのも本能的な直感かもしれない。その時は、直感よりも、かつての仲間が悪魔となり、兵器のように扱われていることに対する衝撃や義憤などが頭の多くを占めた。
「魔霊か……、いや……確かに今思えば、そういう感覚を抱いたのは……あんたと……ゼパルってやつだけだったかもしれない。ジャンヌとあと一人、レラージェにはこの感覚がなかった」
「だろ? 俺たちは聖十字教にに等しく貶められ、悪魔になった者同士なんだ。だがなんでお前は天導騎士の格好なんざして、聖十字教側に立っている? そこがどうしてもわからん。女か?」
ボルクスにとって動機は複数あるが、言葉にすれば目的はシンプルだ。
「俺は聖皇になる」
イフリートは、一瞬目を丸くし後、ニヤリと笑った。それはボルクスを目的を見下げた嘲笑などではなく、純粋な興味からくる笑みであった。
「面白え男だ。理由は?」
「色々あるが……一番の個人的な理由は、やっぱ悪魔じゃなくて、元の英雄として、俺は語り継がれたいんだ。後世の人間が俺の物語から何かを受け取って、糧とするような、そんな存在になりたくて俺は最後に死を選んだ」
「わからんでもないが、そういう動機なら、俺たちの勢力についてもできることだ。聖十字教の信仰を粉々に破壊し、大昔の多神教を復興させる。お前らが聖書の中で悪魔の名を与え、忌み嫌っていた存在は元々は俺たちの信仰していた神だったという事実を、教徒どもに叩きつけてやればいい。ジャンヌもその辺は詳しいし、そういう意向があれば汲んでくれる。かつての仲間の意志と尊厳も、何一つとして考慮しない連中に、俺たちも荒々しい手段を遠慮する必要はない。そっちの方が早いだろ?」
イフリートが今度は自分の考えたやり方が、ボルクスの回りくどいやり方より手っ取り早い妙案だと自慢に思い、笑った。
「それじゃ駄目だ」とボルクスが首を振る。
「聖十字教は確かにそういうドス黒い側面もあるが、末端の信徒たちにとっては間違いなく精神的な支柱になっている。聖十字教の破壊は精神基盤の破壊で、この国の崩壊につながる。だから、俺は聖皇になって内側から変えることにした」
「なるほどそいつは殊勝な理由だ。いやマジで、俺は今心の底から納得してるし、なんなら尊敬するぜ。剣を収める理由にはならねえがな」
イフリートが胸の内に抱いた感慨を示すように、手の平で胸をぽんぽんと叩く。
「名前は確か……ボルクス、だったな?」
イフリートが声に出したボルクスの名には、覚えておくべき名前だという敬意が込められていた。
「ああ、俺の名はボルクス。大神ゼウスの血を引く子にして、アルゴナウタイが一員」
ゼウスの名前に反応して、イフリートが目の色を変えて笑った。
「ハッハー! いきなりゼウスとは大物の名前が出てきたな。だが俺は別の神話大系出身だから、お前のとこの神話だとゼウス神とヘラクレスくらいしか知らんぞ、大体ゼウス神の子供多すぎて全員の名前覚えきれんわ」
「そりゃ正しい反応だな。当事者の俺も全ての兄弟を把握してないし」
「ボルクスってのは真名の方だろう。魔霊同士の闘いで教えても大丈夫なのか?」
そういえばアキレウスは英雄としての本当の名前、真名を知っておけば、事前に踵が弱点であると見抜けることができる。とはいっても、太古の神々は全て悪魔化されたので女神ステュクスの不死の加護がどこまであるのかわからない。実際、ボルクスはアキレウスの首を手刀ではねて殺したからだ。むしろ生前より弱点は増えているかもしれない。
しかし、たとえ闘う相手が誰であっても、事前に相手の情報を知れるということは大きな利点になる。元々が高名な英雄であれば、逸話や伝承から闘い方などがわかり、事前に対策を立てられる。とはいってももうイフリートとは相対してしまっているので、対策は闘いながら考えなければならない。
「敵に知られて勝敗を左右されるような、わかりやすい弱点は俺にない」
「羨ましいことだぜ。悪いが俺の真名は教えられん。魔名の方で名乗らせてもらうぞ」
イフリートにってボルクスは、魔霊として二度目の生を送り、敵として出会えた初めての強者である。騎士としての礼儀を払って然るべき相手だ。
「俺の名はイフリート、今は魔王ジャンヌに仕える騎士だ」
ボルクスにとってもイフリートは、少し闘っただけでモードレッドに比肩しうる強者だと体で理解できた。だからこそ気になることがあった。
「イフリート、同じ魔霊として問うぞ、今の悪魔となっている自分の存在をどう思う? 本来後の世に語り継がれるだった、英雄としての伝説を取り戻したいとは思わないのか?」
「別に」
考える素振りすらなく即答するイフリートにボルクスは絶句した。出身の神話大系が違うとここまで、価値観が違うものなのかと頭に衝撃が走った。
「お前はどうやら自分の死後、英雄としての後世にその存在や、その生を物語として伝えられることに何か思い入れがあるようだが……俺は違う」
イフリートがボルクスの目的を理解しつつも、首を振った。
「確かに俺も英雄として、もてはやされたこともあるが、所詮英雄なんて言葉は他者からの賞賛ありきの呼称だ。俺が俺を定義する言葉は英雄ではない、騎士だ」
ボルクスの全身を目で捉えた後、持っている剣をちらりと見た。一瞬だけ刀身に移る自分の顔と目と合わせ、再びボルクスの方を見た。
「俺は英雄になりたくて生きたわけじゃない、後世に語り継がれるために剣を握ったんじゃない。俺は俺の心の赴くままに闘ったんだ。だから今の俺が悪魔として存在が歪められたのにも、特に思うところはない」
剣を地面に刺し、生前のことを思い出し、今のボルクスと自分とを比べる。
「生前も今も、俺のやることは変わらん、俺は、俺の信念に従って生きるのみよ。英雄として羨望の目を向けられようが、悪魔として聖十字教の信徒どもに忌み嫌われようが……どうでもいい」
「ジャンヌの下についているのは、お前の信念とは相反しないのか?」
今のイフリートはジャンヌの名前を出されると弱い。自分の信念を鑑みても、従わねばならない理由がある。
「ジャンヌにはな、命をかけて闘うに値する恩義がある。だからこの闘い、お前と如何に理解しあえる仲になっても引きはしない」
複雑そうな表情を浮かべた後、闘志を顔に滲ませながら薄く笑った。この顔にはボルクスも既視感がある。イフリートの初手の奇襲を受け止めた時、こんな感じで笑っていた。つまりは強敵と出会えたことに対する歓喜の笑みだ。
「それに俺はァ! 強敵との出会いとぉ! 死力を尽くした闘いが大好きだぁ! だからさっさと再開しようぜえ!」
案の定、イフリートはお喋りに痺れを切らし、迸る闘志のままに襲い掛かって来た。
「俺もだよぉ!」
ボルクスも同じように歓喜の表情と、闘志をもって応え、イフリートに向かって走り出した。
そのまま二人は激突し、間に誰も入れないような近接戦を始めた。
聖皇になるという目的はある。だがその過程において、このような出会いと激闘に楽しさを見出すことに、ボルクスは最早、何の矛盾も後ろめたさも感じなかった。自分の欲求を何も誤魔化さずに、とことん忠実に従えば、マナはそれに応える。それがボルクスの神話体系における神の力の精髄であった。




