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悪役令嬢は、嘘だけはつかない ~悪気はございませんの~  作者: 桜野結
第22章

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第99話 仰せのとおりに、お直しいたしました

 ヴェルニエ侯爵家の広間は、灯りで白く見えるほどであった。


 カルノー子爵夫人は、すぐに見つかった。いつもの奥方たちに囲まれて、窓際にいる。衣は、去年の夏の茶会で見た薄紫であった。


   ◇


「まあ、子爵夫人。今夜は、去年のお衣装ですのね」


 奥方のひとりが、扇の陰で言った。


「新しいのを、ジラールで誂えておいででしたでしょう」


 夫人は、待っていたようにため息をつく。


「それが、ひどいものでしたの」


   ◇


 夫人の声は、よく通った。


「何度申しても、言ったことと、まるで違うものを作りますのよ。袖は短すぎる、裾は引きずる。あの店は、腕が落ちましたわ」


 奥方たちが、顔を見合わせた。


「ジラールが」


「わたくし、来月の衣を頼んでおりますのに」


   ◇


 夫人の内側は、軽い。


  ――これで、あの店も終わり。払わずに済むわ。


 ヴィオレッタは、緑の衣の裾をさばいて、窓際へ歩いていった。


   ◇


 奥方たちが、道をあける。


 カルノー子爵夫人が、こちらを向いた。顔が、ぱっと明るくなる。


「公爵令嬢様。ちょうどよいところに」


  ――気難しいので名高い令嬢。この方が頷けば、あの店はおしまい。


「公爵令嬢様も、ジラールをお使いでしたわね。お気の毒に。腕が落ちて、お困りでしょう」


   ◇


「落ちておりませんわ」


 ヴィオレッタは、扇を開いた。


「この衣も、ジラールですもの。仮縫いで、脇が三針曲がっておりましたの。ひと晩で、まっすぐになりましたわ」


 奥方たちの目が、緑の衣の脇へ流れる。縫い目は、まっすぐに通っていた。


   ◇


 夫人の口もとが、わずかにこわばった。


「それは、公爵家のお仕事ですもの。わたくしのは、言ったことと違うものを」


   ◇


 ヴィオレッタは、扇の陰で、まわりの内側を拾う。


 奥方たちは、まだどちらにもつかずにいる。公爵家の令嬢と、茶会の女主人。どちらに頷けば得か、量っているところであった。


 その輪の外側に、ルソー伯爵夫人がいる。


  ――何も聞いていない。何も。


 あの雨の日と、同じ唱えごとである。その背に、娘が半分隠れていた。


  ――言ったわ。黄色、って。もっと長く、って。


   ◇


「言ったことと違う、と仰いますのね」


 ヴィオレッタは、夫人から目を外した。


「エミリー様。あの雨の日、長椅子にいらしたわね」


   ◇


 名を呼ばれた娘が、びくりとする。


 母親が腕を引く。けれども、公爵家の令嬢に名を呼ばれて、返事をしない伯爵家の娘はいない。


「は、はい。おりました」


「何か、お聞きになりまして」


   ◇


 エミリーは、母親の顔を見た。それから、カルノー子爵夫人の顔を見た。最後に、ヴィオレッタの顔を見る。


 ヴィオレッタは、何も言わなかった。答えを教えもしない。ただ、待っている。


  ――言っても、いいのかしら。


  ――だって、本当のことだもの。


「……子爵夫人は、肘までの袖をご覧になって、それでよろしい、と仰いました。それで、裾をもっと長く、と」


   ◇


 広間のその一角が、しんとした。


 娘は、しまったという顔をしている。けれども、口は止まらなかった。


「次の週も、まだ短いから、もっと長くと。それから、紐を黄色にと仰って」


   ◇


 ルソー伯爵夫人が、娘の腕を引いた。


 引きながら、自分も口をひらく。娘ひとりに言わせておけば、母親が黙っていた分だけ、あとで娘が笑われるのだ。


「……襟を去年の形に、と仰ったのは、わたくしも伺いましたわ。胸のリボンを二つに、とも」


「黄色の紐は、わたくしも」


 別の奥方が、扇を下ろした。ブランシュ男爵夫人である。


「あの深い青に、と思いましたもの。隣で、採寸しておりましたの」


   ◇


 奥方たちの頭の中に、一枚の衣ができあがっていく。


 肘までの袖。床を引きずる裾。深い青に、黄色の飾り紐。去年の襟。胸にリボンが二つ。


 誰かが、こらえきれずに小さく笑った。


   ◇


 カルノー子爵夫人の内側が、ばらばらに鳴っていた。


  ――言っていない、とは言えない。皆が聞いている。


  ――言った、と言えば。わたくしの好みが、あれだということに。


 夫人の茶会で、次の季節の形が決まる。その夫人の好みが、黄色い紐と引きずる裾。


   ◇


 ヴィオレッタは、扇をゆっくりと閉じた。


「ジラールは、仰せのとおりに、お直しいたしましたのね」


 夫人は答えない。


「あの黄色の紐は、ニコルという針子が夜なべで縫いましたの。わたくし、作業場で拝見しましたわ。端から端まで、一針も曲がっておりませんでした」


   ◇


 奥方たちの目が、もう一度、緑の衣の脇へ流れた。


 三針の曲がりを言い当てる令嬢が、一針も曲がっていない、と言う。腕が落ちたかどうかの話は、それで終わりであった。


   ◇


「ですから、子爵夫人」


 ヴィオレッタは、にこりともせずに続けた。


「次のお茶会には、ぜひ、あのお衣装で。皆様、来季の形を伺いに参りますもの」


   ◇


 夫人の顔から、血の気が引いていく。


 着れば、あれが自分の好みということになる。着なければ、着られないものを店に作らせて、代を踏み倒そうとしたことになる。


 どちらにしても、同じことであった。


  ――この娘。


 夫人の内側が、はじめてヴィオレッタのほうを向いた。


  ――最初から、全部。


 ヴィオレッタは、もうそちらを見ていない。


   ◇


「バルトの靴も」


 広間の隅で、年配の奥方がぽつりと言った。


「踵が鳴る、と仰いましたわね。わたくし、あの靴を今も履いておりますけれど、一度も鳴ったことがございませんの」


 奥方たちの扇が、ひとつ、またひとつと止まっていく。


   ◇


 ヴィオレッタは、それ以上何も言わなかった。


 言う必要がない。奥方たちは、もう自分の店のことを考えている。自分の出入りの店で、あの夫人だけ払いが遅れていないか。あの夫人が首を振ったせいで、いい店をひとつ失っていないか。


   ◇


 カルノー子爵夫人は、その晩、最後の曲を待たずに帰っていった。


 誰も、引きとめない。窓際の奥方たちは、夫人がいなくなった場所を埋めるように、少しずつ寄り合った。


   ◇


 帰りの馬車では、マリアンヌが向かいの席に座っていた。


 控えの間で待つあいだに、もう話は聞いているらしい。侍女たちの控えの間は、広間より噂が速いのである。


「あの女が、最後の曲を待たずに帰ったそうでございますね」


「ええ」


「次のお茶会には、お嬢様もいらっしゃるのですか」


「招かれませんわ」


 ヴィオレッタは、窓の外の灯りを見ていた。


「わたくしも、ほかの方も」


   ◇


 マリアンヌは、膝の上で手を重ね直した。


「では、あの黄色の衣は」


「どこへも着ていかれないでしょうね。ずっと、衣装棚の奥ですわ」


「ニコルという子が、夜なべで縫いましたのに」


「縫い目は、まっすぐでしたもの。ジラールの仕事は、それで済んでおりますわ」


 マリアンヌの口もとが、少しだけゆるむ。ゆるめたまま、ヴィオレッタの袖に目を落とした。しわは、寄っていない。それでも侍女は、指で一度だけなでた。


   ◇


 三日後、ジラールが屋敷へ来た。


 ヴィオレッタの、冬の衣の採寸である。巻き尺を当てながら、店主は小さな声で言った。


「カルノー子爵家から、お代が届きました」


   ◇


「三着分、全部でございます。外套も、夏の衣も、あの黄色の衣も」


「そう」


「払わなければ、今度は、払わない家だと言われますから」


 店主の内側は、ずいぶん静かになっていた。巻き尺と、布の目のことしかない。


 ベルナールの話では、手袋屋にも靴屋の残りにも、同じ日に使いが来たという。子爵夫人の茶会の招きは、その月のうちに、ほとんど断りの返事で戻ってきたそうである。


   ◇


 仮縫いは、半月後であった。


 ニコルが、裾の前にしゃがんで待ち針を打っている。打ちながら、何度もこちらの顔をうかがっていた。


 ヴィオレッタは、鏡の中の衣を、肩から裾まで見下ろした。脇も、襟も、袖の長さも。


   ◇


「お嬢様。どこを、お直しいたしましょう」


 店主が、鉛筆を構えて訊いた。


「どこも」


 ヴィオレッタは、鏡から目を離した。


「このままで、結構ですわ」


   ◇


 店主の鉛筆が、止まった。


 ニコルが、待ち針を一本、床に落とす。王都でいちばん気難しい客の口から、その言葉を聞いた仕立屋は、この店がはじめてであった。



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( ゜∀゜)o彡°セコいオバサンを成敗 黄色のおリボン見たかったですわね ( ̄ー ̄)ニヤリ
( ゜∀゜)o彡 好きな食べ物って何だろう
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