泥底に沈む『本物の小説』
私は知っている。
このジャンクだらけの広大な海、その光も届かないような一番深い底の底。
ごく稀に『それ』が沈んでいることを。
数万作もの、使い捨てられるテンプレのジャンク小説。
だが稀にある作者自身が本当に表現したい情熱。
化け物じみた文才が書く本物の魂。
AIに決して到達することのできない生の領域。
敬意と畏怖を込めて、私はそれをこう呼ぶ。
――『本物の小説』と。
それは、読み始めればすぐに部屋の空気を変える。
それまで寝転がって惰性で画面をスクロールしていた私が、弾かれたようにベッドの上に起き直り、スマートフォンの画面を両手で握りしめる。
背筋にゾクゾクとした震えが走り、世界のすべてが消え去って、文字の刃が私の心臓をまっすぐに突き刺す。
そこにあるのは、圧倒的な構成力。息を呑むような美しい比喩。狂おしいほどにリアルなキャラクターたちの命の脈動。
作者の魂の、叫びのような熱量が、液晶画面を超えて私の脳内へダイレクトに流れ込んでくる。
「ああ、美味い。上手すぎる……!」
脳内を奔流となって駆け巡る、純度100%の本物の脳汁。
これだ。
私は、私たちは、これを味わうために、これまで何十万、何百万文字もの泥水をすすり続けてきたのだ。
この奇跡のような一作に出会うためなら、9割以上の時間をドブに捨てることなど、安いコストに過ぎなかったのだと確信させてくれる。
しかし、その至高のステーキ(神作)を喉奥に飲み干した後に待っているのは、これまで経験したどんな読後よりも深刻な、絶望的なまでのロスだ。
あまりにも美味な物語を読んだ翌日、世界は信じられないほど灰色に退色する。
続きが気になって仕事が手につかない。
あの世界から帰ってきたくない。
あの作品が更新されない絶望、あるいは完結してしまった喪失感によって、私の心にはぽっかりと、底の知れない暗い穴が空いてしまう。
そして、その穴を埋めるために。
私はまたその日の夜、スマートフォンの光を灯すのだ。
あの極上のステーキの味を、脳が、遺伝子が、痛いほどに覚えているから。
けれど神作なんてそう簡単には転がっていない。
だからこそ、その穴を一時的に塞ぐために、私は再び『追放』や『チート』や『内政無双』といった、手近なテンプレのジャンクで埋めることとなる。
なんという、美しくも残酷な永久機関。
時計の針が六時半を指していた。
どうやら気づけば、今日は一睡もしていなかったらしい。
私は重い身体を引きずってベッドから立ち上がり、シャワーの冷水で強制的に脳を覚醒させる。
スーツに身を包み、鏡の前に立つ。
そこに映るのは、ただの何者でもない疲れ切った凡人だ。
私は今日から始まる現実という名の砂漠へと、再び足を踏み出す。
分かっている。
今日という1日の中で、私はまた理不尽に削られ、誰の記憶にも残らない仕事をし、孤独と焦燥感に苛まれるだろう。
けれど、もう恐怖はない。
私には、あの暗い泥の海の底に、まだ見ぬ奇跡が眠っていることを知っているから。
どんなに現実が厳しくとも、あの青白いブルーライトの向こう側には、私の自意識を全肯定し、私の魂を震わせてくれる文字たちが、無限に広がっているのだから。
今夜も、疲れ果ててあの薄暗いワンルームに帰ってくるだろう。
そして、分かっていながらも、再びあのスマートフォンの光を灯すのだ。
私はこれからも、健気に、そして惨めに、ジャンク小説を食み続ける。
※この作品はAIちゃんとの共同作品です。




