深夜の悪食
今日もすべてのタスクが終了し、時計の針が日付を少し跨いだ頃。
部屋の明かりを消したワンルームは、スマートフォンの放つブルーライトによって、まるで安っぽい近未来映画の実験室のような色に染まっている。
ベッドに横たわったまま、私の指は機械的に画面をスクロールし続けていた。
視線の先にあるのは、大手小説投稿サイトの総合ランキング。
そこに並ぶ文字の羅列を、私はこう呼んでいる。
――ジャンク小説、と。
それらはタイトルからして凄まじい。
『追放された何某』『実は世界最強だった云々』『~~今さらもう遅い』『転生してなんたら』『婚約破棄されてどうのこうの』。
もはやタイトルというよりは、三十文字で完結しているあらすじだ。
中身を開けば、待っているのは壊滅的な文章表現と、ご都合主義という言葉すら生ぬるい奇跡の連発。
主人公は呼吸をするように絶賛され、悪役はまるで「さあ、私を叩いてください」と言わんばかりの愚行を繰り返す。
文学的な価値? 皆無だ。
知的な刺激? ゼロだ。
これらを読むことは、私の人生において一ミリのプラスにもならない。
……それなのに、なぜ読むのをやめられないのだろう。
まさに脳を油漬けにするファストフード。
これは深夜にポテトチップスの袋を開けるようなものだ。
体に悪いことは分かっている。
我々は皆、オーガニックなサラダや心身を調える精進料理(=いわゆる名作文学や教養書)が体に良いことなんて、百も承知なのだ。
けれど、仕事で、人間関係で、生きているだけで摩耗した心は、そんな『じっくりと味わうもの』を拒絶する。
求めているのは、咀嚼の必要が一切なく、口に入れた瞬間に強烈な塩気と油分で脳の報酬系をダイレクトに殴りつけてくるような、安易なカタルシス。
Web小説における『テンプレ展開の逆転劇』『ストレスフリーなチート設定』『IQの低い世界で現代知識無双』。
これらは、まさに文字に姿を変えた塩分であり、脂質だ。
理不尽な上司に頭を下げた日の夜に読む、無能な王族をチート能力で一蹴する主人公の姿。
誰からも認められない焦燥感を抱える夜に読む、異世界の美少女たちから全肯定される主人公の言葉。
現実ではたいして役に立たない自分のリーマンスキルが、ナーロッパの世界ではなぜか先進的で革新的。
「そんなわけあるか」と冷ややかに笑う自分と、「これこれ、この味が欲しかったんだよ」とヨダレを垂らす自分が、脳内で同居している。
私は今、最高に知性の低い方法で、自分の傷ついたプライドを自慰的に癒やしている。
そんな自覚が、喉の奥に苦く残る。
一体、私は何を読んでいるのか。
恐ろしいのは、このジャンク小説たちが『無料』かつ『無限』に供給されるという点だ。
画面を更新すれば、次の作品が、また次の『お約束』が私を誘惑する。
作家たちもまた、読者がどのようなカタルシスを欲しているかを、理解している。
つまり『テンプレ』だ。
彼らは文学を紡いでいるのではない。
読者の脳内にドーパミンを分泌させるための文字の調合師なのだ。
ふと、客観的に今の自分を想像する。
薄暗い部屋の中、虚ろな目で画面を見つめ、指先だけを動かしている哀れな生物。
そこには、能動的に読書を楽しむ人間の姿はない。
ただ、ベルトコンベアから流れてくる家畜用の配合飼料を、口を開けて待っているだけの消費者がいた。
私は小説を『読んで』いない。
ただ、スカスカの承認欲求を満たすために、文字の形をしたジャンクを『食んで』いるのだ。
そして、そのジャンクを消費することで、自身の貴重な人生の時間という名の命が、逆にシステムに食い尽くされている。
「……よし、これで最後にしよう」
何度目か分からない決意を呟き、私はブラウザのタブを閉じた。
画面が消え、部屋が完全な闇に包まれる。
時計の針は二時を回っていた。
睡眠時間はもう残り五時間を切っている。
明日もまた、満員電車に揺られ、理不尽な現実に頭を下げ、何者にもなれない凡人としての日常を消費するのだ。
重い泥のような眠りに落ちる直前、私は思う。
きっと明日も、私は疲れ果ててこの部屋に帰ってくるだろう。
そして、分かっていながらも、再びあのスマートフォンの光を灯してしまうのだ。
現代社会という名の、まともな食事(人生)をさせてくれないディストピアで生き抜くために。
私はこれからも、健気に、そして惨めに、ジャンク小説を食み続ける。
※この作品はAIちゃんとの共同作品です。




