6.一人目のデート相手:商人
初めてのデート、そして初めての待ち合わせ。エルミーヌは石畳の上で今までに感じたことのない胸の高鳴りを覚えていた。
彼女はこれから結婚相談所から紹介された男性と会う予定になっている。
時計台の近くで待ち合わせ、そのままデートに行く予定だ。
見知らぬ庶民の街並みに立つことも、初対面の相手と二人きりで会うことも、エルミーヌにとっては全てが初めての経験だった。
不安と興味が入り混じる複雑な感情に包まれながらも、エルミーヌは高揚していた。
ふと目をやると、少し先の建物のかげで、エルミーヌを見守る従者ファルマがいた。
(ふふ、変な格好ね。)
貴族であるエルミーヌは、本来であれば一人で外出ができる立場ではない。
普段は必ず数人の従者を引き連れて出かけるが、今回は平民のフリをする必要があるため、距離を取って護衛をしてもらうよう頼んだのだった。
従者は庶民の服装をしていたため、いつもとは違うその見慣れない姿に、エルミーヌはつい笑ってしまう。
エルミーヌも、今日は貴族であることがわからないよう、平民のような服装をしている。
普段のレースやフリルのふんだんに使われた質の良いドレスではなく、ブラウンの質素なワンピース――よく町娘が着ているようなもの――を身に着けてきた。
貴族であることがばれると身の危険があるため、庶民と会うときは必ず自分も庶民のフリをするよう、グレシアナに言われていたからだ。
この服選びも、グレシアナが相談にのってくれたものだ。
そして、襟元には黄色いリボンをつけている。
待ち合わせの目印として、黄色いリボンをつけるように言われているのだ。
「エルミーヌさんですか?」
不意にかけられた声に、エルミーヌは顔を上げる。
「はい、そうです」
少し緊張しながらも返事をすると、目の前の青年が名乗り出た。
「マルケセインです、今日はよろしくお願いします。緊張しますね」
青年は控えめに笑みを浮かべ、はにかんだ様子で挨拶をした。
この人が今日の紹介相手なのだろう。
青年は高い身長に、上質なシャツとスカーフを身に着けている。
その一つ一つがしっかりとした高級品であることは、目に見えてわかった。
足元の革靴も、ピカピカに磨かれている。
香辛料の商人をしていると聞いているが、仕事がうまくいっているのであろうことが、その身だしなみから伝わってきた。
(優しそうな方ね)
青年の穏やかな微笑みに、エルミーヌは少し安堵する。
「エルミーヌです、よろしくお願いいたします」
エルミーヌは礼儀正しくスカートのすそを持ち、軽く頭を下げた。
その様子を見て、マルケセインは少し驚いた顔をして、
「まるで貴族のようですね」と笑った。
エルミーヌはドキリとする。心の中で冷や汗をかいた。
(ああ、平民はこんな挨拶をしないのね……気を付けなければ)
エルミーヌは自分が貴族の礼儀作法しか知らないことを痛感する。何が庶民の普通なのかを改めて確認しなければならない。
エルミーヌはごまかすように、「さあ、向かいましょう」と声をかけた。
二人はまず、カフェへ向かうことになった。道中、軽くお互いのことを話しながら歩いていく。
「このへんで一番儲かるのは宝石じゃない。実は針なんですよ。服も革も全部針がなきゃ始まりませんから」
「まあ、そうなの?」
「なので宝石商も針は扱います。宝石のついでに頼まれてもすぐに渡せるようにね」
青年は自分の仕事に誇りを持っているらしく、商売についての話が多かった。
どんな商品を扱っているか、最近ではどんな有名人に会ったのか、業界の大物たちとの取引の話など、聞いているだけで彼の仕事熱心さが伝わってきた。
普段、エルミーヌが接する商人はただ屋敷に出入りするだけの存在だ。
じっくりと商売の裏話を聞く機会は少なかったため、とてもおもしろい。
エルミーヌは、青年の話を興味深く聞きながら、ふとこの街の様子に目を向けた。
下町をゆっくり歩くことなど、貴族としての生活ではまずあり得ない。
馬車が通れる道なら、店の前まで直に乗り付けてしまうし、屋敷には行商人が直接商品を持ってきてくれる。
庶民の活気に満ちた街の風景や、屋台の呼び込みの声がエルミーヌの耳に新鮮だった。
「ねえ、少しお店をみていってもいいかしら?」
エルミーヌは立ち並ぶ屋台に興味深々だった。
「そうですね。寄っていきましょうか。」




