1.強気な令嬢は婚約破棄される
『自分という個性を雑草のように摘み取って、立派な妻になりなさい。家柄を土台に、旦那様という花を美しく咲かせる。それがあなたの仕事よ。』母はそう言って、素晴らしい婚約者を用意した父を称え続けてきた。
けれど、その花が自ら根を抜いて別の土地へ逃げ出す可能性については、母ほどの庭師でも考えが及ばなかったらしい。
「エルミーヌ、本当にすまない」
私の花になるはずだった男は、苦し気な顔でうなだれた。
辛い顔をしたいのはこちらなのに。
見慣れていない応接室の景色ばかりに目がいって、今起きていることに集中できない。
壁に立てかけてある装飾の食器は、以前からこんな形だっただろうか。
目の前で起きていることから逃げるように、私はぼんやりと部屋の装飾に思いを馳せる。
背後で従者のファルマが息を呑む声が聞こえた。私より従者の方がまだ少し冷静なようだった。
「婚約を破棄してほしい」と吐き出したのは、幼少期からの婚約者であるアルフレードだった。
冗談だと思って笑っていた数秒前の自分が恥ずかしい。
目を合わせようとしないアルフレードの表情に、彼は本気なのだと気がついてしまった。
私は16歳の誕生日を迎え、あと半年もすれば式を挙げる予定だった。
「どうゆうことなの?」
何が起きたのか、わけがわからない。
「……他に好きな人ができたんだ」
真っ青な顔をしてうつむいたままのアルフレードとは、やはり目が合わない。
こんな時でも、美しい男だと思う。
親の決めた婚約者でも嫌ではなかった理由の一つは、彼の外見が、物語に出てくる王子様のようだったからだ。
「好きな人?」
今さら何を言っているのかわからない。私たちには、自分の意志など関係ないはずだ。
親の決めた規則に従い、結婚することで家名を繁栄させていく。誰を好きかなんて関係ない。
そう納得して、子供のころから何年も一緒に過ごしてきたじゃないか。
断るにしても、もっとタイミングがあったはずだ。
「……誰なの?」
「…………」
アルフレードが覚悟を決めたような顔でこちらを見つめる。
伝えられた名前は、聞き覚えのあるものだった。
**
3ヶ月後、婚約破棄の手続きはつつがなく完了していた。
アルフレードの親からも、丁重に謝罪があった。
エルミーヌの両親は混乱していたが、長く付き合いのあるアルフレードの両親から直接謝罪があれば、これ以上騒ぎ立てるわけにもいかないようだった。
アルフレードもその両親も、人徳のある穏やかな人達だ。
両親からは、むしろエルミーヌが何か粗相をしたのではないかと責めるような事さえ言われた。
言われなくとも、エルミーヌ自身こんな不幸な目に合うような罰当たりなことをしたのか、ここ数か月の行動を反芻し続けていた。
幸いにも父母を除けば、エルミーヌの心配したほど、婚約破棄の話を周囲に哀れまれたり、謗られたりはしなかった。
というのも、最近は貴族の間で婚約破棄が頻発している。
もともとは婚約破棄なんて、両家の面汚しであり、家名を落とし信頼を失う許されざる行為だった。
しかし、一度侯爵家で婚約破棄があってから、続々と各地の貴族間で婚約破棄が起き、今ではそう珍しくない事態となっている。
みんな理由は様々で、結婚前に不貞を疑われたり、一族が落ち目になったり、中にはまったくの言いがかりなこともある。
令嬢各位からすれば迷惑この上ない話だが、男性側から断られてしまえば、もうできることはないのだ。
婚約破棄のあと、屋敷の者たちはエルミーヌにやさしかった。
メイドも執事たちも、だれもエルミーヌのことをあざ笑うような様子はなく、心からエルミーヌを心配してくれていた。
「エルミーヌ様、お力になれることがあれば何でもおっしゃってくださいね」
「今はゆっくりとお休みになってくださいまし」
口々に声をかけてくれるメイドたちの気遣いが、今はとても身に染みた。
また、婚約破棄の噂をきいた友人たちが、心配して屋敷を訪れるようになった。
彼女たちはそれぞれ豪華な衣装をまとい、手土産を抱えて、次々とエルミーヌのもとへやってきた。
皆、彼女を励まし、悲しみを少しでも和らげようとしてくれていた。
「エルミーヌ、本当にひどいことになったわね。でも、あなたはもっといい人を見つけられるわ」
「ええ、アルフレードなんて、あなたに釣り合っていないもの。前から、なよなよしていて気に食わなかったの!」
友人たちは励ましの言葉をかけてくれる。
以前は「気品にあふれたお似合いの二人」なんて言ってくれていたのだから、本心ではないことは明らかだ。
それでも、過激な言葉でまくしたてる友人を見ていると、少し気がまぎれるようだった。
「大丈夫よ、もう気にしていないもの。夜会で着飾る楽しみが増えたというものよ」
エルミーヌは気丈を装ったが、もちろん心の奥底にはまだ深い喪失感が残っていた。
まだ婚約破棄から3ヶ月しか経っていないのだ。笑みを作って応じるものの、心の中ではずっと婚約破棄のショックから抜け出せずにいた。
「まさか新しい婚約者がルミエラなんてね。宝石商あがりの男爵家令嬢を選ぶなんて、見る目がないわ。」
「しかもあの娘、態度がとても悪いらしいじゃない?父親にも暴言を吐いているのだとか。」
友人たちは口々にまくし立てた。
アルフレードの新しい婚約相手は、ルミエラだった。
彼女はアルフレードの屋敷によく出入りしていた宝石商の娘だ。
その宝石商は業績向上により貴族として爵位を得た。その後も宝石の売買は続けているようで、アルフレードと話しているところもよく見かけた。
しかしまさか宝石商の娘に婚約者を奪われることになるとは。
エルミーヌはいまだに信じられない気持ちでいっぱいだった。
確かにルミエラは美しいが、もっと社交界で目立つような令嬢はいくらでもいる。
アルフレードはそんな彼女たちの誰にも興味を示していなかったのに。
彼は全く浮気などする様子もなかった。
どれほど美しい令嬢が近くを通っても見向きもせず、ただエルミーヌに向かって微笑んでいた。
そこもアルフレードを信頼し、愛していた理由だったのだ。
幸いなのは、婚約破棄の話を聞いた友人が連日訪れてくれることだ。
暇でいるとロクなことを考えない。
エルミーヌは婚約破棄以来、自分の何が悪かったのか思い返しては、心当たりに気がついて青くなったり、アルフレードの自分勝手さに怒りが湧いて赤くなったりしている。
ずっと落ち着かない気持ちになってしまう。
そうやって友人に励まされたり、また落ち込んだりを繰り返す日々がしばらく続いた。
ある日、いつもの通り訪れた友人たちがエルミーヌを元気付けようといろいろな話をする中、エルミーヌは珍しい噂話を耳にする。
「ところで、聞いたかしら?以前婚約破棄にあったユルハーシュ夫人が、結婚相談所を利用していたという噂。」
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