ダメージと他厩舎の調教パートナー
「うーん」
俺の脚を触ってみなちゃんが頭を悩ませている。どうした?どっか悪い感覚は無いけど
「あまりにもダメージが無さすぎる。前とかちょっと腱が腫れたりしてたんだけど強くなったのかなー」
「いいことじゃん。リアンもようやく体出来てきたからな。でも本格化は古馬になってからだろうけど」
前の洗い場からねづさんが話しかけてきた。
「やっぱり根津さんクラスだと本格化する時期とかわかるんですねー」
「まあ20年も馬乗ってたらある程度は分かるよ。そろそろ俺も馬乗り引退だろうけど」
「そんな寂しいこと言わないでくださいよー」
「まあ最後にこんなにいい馬乗れてよかったよ」
ほんとだよ。感謝してくれよ。
「ドヤ顔しないのー」
とペチペチ顔を叩いてくる。
日常って感じがしてこういう時間も大切だよな。
「今週はリフレッシュ放牧して来週からガッツリしようねー」
そう言ってサンシャインパドックへと出される。
放り込まれたチモシーを口いっぱいに頬張りながら自由時間を満喫する。
寝転がったり、空を見たり。たまに通る馬を見ながら時間を潰す。
お昼前になりお迎えが来て体を洗われて厩舎へと入る。
飼葉を食べながらリフレッシュをしたなと実感できる。
「うん、これなら明日から調教再開できそうだねー」
正直走るのは面倒くさいからずっとこれでいいんだけどな。出来ることなら北海道でニートをしていた時期に戻りたい。
しかしそんな訳にもいかないので、翌朝叩き起されて調教へと向かう。
「よーし、今日はキャンターで軽く流す程度にしよっか。でもうちの馬とだと慣れてきて実戦に向かないから、加賀厩舎の馬を隣に置いてやるけどね」
なるほど、確かに慣れてきた面もあるから今日の調教パートナーは他の厩舎の馬にするのありだな。
今日俺に乗るのはねづさんか。
「まあ今日軽めだし、相手の馬も大人しいらしいからヒートアップしないだろ」
それならいいけどな。馬場の前で合流するようで馬場まで歩く。
馬場へ着くと、他の厩舎の芦毛に乗っているゆっきーが待っていた。
「お、リアンおはよう」
「スフォルツァート結構デカイなこう見ると。リアンと比べても見劣りしねえ馬体してるし、それが前まで惜敗続きとは思えないくらい成長してるな」
「まあ毎日調教付けさせてもらってますからね。この馬は誰よりも知ってる自信ありますよ」
「あれ今それなん連勝してんの?」
「先週で5連勝ですね。体質強くて沢山使えるので馬主孝行な馬ですよね」
6連勝ならそこそこいい所まで行ってるんだろうな。でもなんかゆっきー取られた気分でモヤッとするがまあいいだろう。
スフォルツァートって言うのかこの芦毛。にしても優しそうな顔してる馬だな。しかもずっとキラキラした目で見てくるし怖いわ。
角馬場でよく体を解してから本馬場での調教へ向かう。ずっと見てくるのはなんでだ?
「よーしキャンターだそうか。軽めね。」
「はい、スーは隣で良いですよね」
「大丈夫だろうけどパニくるといやだから1周様子見で3~4頭分くらい開けといて。良さそうだったら少し詰めてく」
「分かりました。じゃあとりあえず内側行きます」
キャンターを出すとスーと言われる芦毛は、ストライドが大きくゆったりとした走り方をする。
少しペースが上がるが息切れのしないペースだ。
口元のハミを意識しながら走る。
「お前マジでハミ受けいいよな。それでいい。グッド」
ねづさんからも高評価のようだ。
「なんか良さそうだしこっち少し寄ってきて」
「わかりました。行きます」
1周まわって少しずつ馬体を近くに寄せる。馬1頭分のスペースは空けたままキープする。
なんかこいつあんまり寄ってきてもプレッシャーがない。むしろ安心する。
このまま残り2周を走って今日の調教は終わりだ。
「なんかいい感じだし、しばらくパートナーでもいいかもな」
「そうですね、自厩舎の馬より慣れるの早そうですね」
「まあちょっと帰ったら相談してくるわ」
「わかりました、じゃあまた20分後に厩舎行けばいいんですよね?」
「いや、もう少しゆっくりでいいよ。飲み物飲んでこいよ」
「ありがとうございます」
そうしてゆっきーと別れて帰り道へと向かう。
「お前いい感じじゃん。これなら前より少しいい雰囲気でレースまで挑めるかもしれないや」
ベタ褒めでなんか照れるな。しばらくねづさん乗るんだろうしいい顔しとかないとな。
村上のじいちゃんが帰り道歩きながら話しかけてくる。
「結構いい感じじゃない?根津くん」
「いや正直もう少し寄ってきたところでヨレると思ってましたけど、なんも無いですね。精神面での成長もあるかなと思います。馬群は分からないですが、ジャパンカップもしかしたらって感じです」
「了解、ケアしっかり頼んでおいてくれ」
「わかりました」
しばらくスフォルツァートって落ち着く新しいパートナーもできたし、ジャパンカップか有馬記念までに克服できるといいな。
そう思いながら同じような翌日もメニューをこなしていく。




